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テーマ:ミニカー大好き(3436)
カテゴリ:IMSA / WTSCC / SCCA
ここのところ連続してアメリカのスポーツカーレース(IMSA)におけるトヨタとマツダについて取り上げた。となれば、当時スポーツプロトタイプの開発に一番熱心だった日産も出さにゃあアカンやろ、とゆーわけで。
![]() スパーク1/43 日産 GTP ZX-T “1988年IMSAウェストパームビーチ3h 優勝” #83 ジェフ・ブラバム / ジョン・モートン 1988年のレース界といえば、世間一般的にはちょうど第二次F1ブームの2年目にあたり、特に「にわか」がマクラーレンホンダの16戦15勝の快進撃に酔っていた時だが、遥か彼方アメリカのIMSAで戦っていた日産車が12戦9勝の快進撃でドライバーチャンピオンを獲ったことは、新聞でもニュースでも全く取り上げられず知る人ぞ知るの情報だった。 日産ってグループAでもCカーでも国内だけが強い内弁慶ってイメージだからな。本来ならもっと騒がれてもよかったと思うが、すっかりエフワン・ホンダの影に隠れちゃって残念な感じ。 国内Cカーがマーチ製シャシーを使ったのに対して、ZX-Tはローラシャシー(T810)を起源に持つ。参戦を開始した85年からローラT810そのものに日産V6エンジン(VG30)を載せてたけれど、88年からはローラをベースにアメリカのエレクトラモーティブ(後のNPTI:ニッサン・パフォーマンス・テクノロジー)が完全新規で製作したのが88年型であり、それゆえローラシャシー車との区別のためZX-T88とも呼ばれる。 のちに日産Cカーの定番リバリーとなる青ベースのトリコロールも国内よりZX-Tが先。そもそも日産がトリコロールなのは前身ダットサンのコーポレートカラーだったからで、ニッサンとゆーよりダットサンと言ったほうが通りがよかったアメリカ向けの戦略だったのかもね。 ドライバーズ・チャンピオンのジェフ・ブラバムは、ご存知3度のF1ワールドチャンピオンで唯一自分の名を冠したチームとマシンでチャンピオンを獲ったサー・ジャック・ブラバムの長男。シリーズ何戦かを欠場したんでチャンピオンになりそこなったジョン・モートンは、シェルビーを抜けたピート・ブロックが創立した伝説のBRE(ブロック・レーシング・エンタープライゼス)に所属し、それこそトリコロールカラーのダットサン510を駆って大活躍した伝説の大御所ドライバーだ。 ![]() 同じ88年に日欧で戦ったマーチシャシーベースのR88Cと。 89年以降の国内開発ベースがローラシャシーに変更されるのもZX-Tの戦績が評価されたからだろうね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2022.04.25 20:14:12
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