225561 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

いねねの趣味三昧(昆虫撮影・野鳥撮影・古寺巡り・読書・木工・など)

PR

プロフィール


いねね

カレンダー

カテゴリ

お気に入りブログ

私はAPDだ、と気付い… New! 猫のえりさん

庭の鳥;蜜柑メジロ… New! 大分金太郎さん

ヒガラ New! モルフォ蝶さん

2019年の薔薇☆長年咲… New! きらら ♪さん

スマートシティ大垣… New! 大垣市さん

キーワードサーチ

▼キーワード検索

コメント新着

 いねね@ Re[1]:ウォーキングの途中で見かけた野鳥:タヒバリです(12/03) 碁右衛門さんへ 毎朝、3kmほどのウォー…
 いねね@ Re[1]:ウォーキングの途中で見かけた景色_寒い様子(11/21) Hirokochanさんへ 異常気象なのか?、日本…
 Hirokochan@ Re:ウォーキングの途中で見かけた景色_寒い様子(11/21) 四季のある国は、情緒というものが自然に…
 いねね@ Re:トマトの色_完熟は?(08/21) 無農薬で季節の野菜づくりに励んでいます…

バックナンバー

全17件 (17件中 1-10件目)

1 2 >

玄奘_三蔵法師と西遊記

2011年07月24日
XML
求法の旅は、ハミ(哈密:当時唐代の伊吾)に到着してから
続きが進みません・・・

理由は、玄奘三蔵さんに関連したことを調べていて、あちら
こちらへ脱線して、なかなか前に進まないからです。

唐代の歴史を紐解くために、中国の歴史の勉強を始めようと
講談社の「中国の歴史:全12巻」の第1巻から読んでいます。
※第8巻まで購入済

「中国の歴史」は以下の12巻が出版されています。
第1巻:神話から歴史へ・・・神話時代 夏王朝
第2巻:都市国家から中華へ・・・殷周 春秋戦国
第3巻:ファーストエンペラーの遺産・・・秦漢帝国
第4巻:三国志の世界・・・後漢 三国時代
第5巻:中華の崩壊と拡大・・・魏晋南北朝
第6巻:絢爛たる世界帝国・・・隋唐時代
第7巻:中国思想と宗教の奔流・・・宋朝
第8巻:疾駆する草原の征服者・・・遼 夏西 金 元
第9巻:海と帝国・・・明清時代
第10巻:ラストエンペラーと近代中国・・・清末 中華民国
第11巻:巨龍の胎動・・・毛沢東とトウ小平
第12巻:日本にとって中国とは

と云うことで、続きはしばらくお休みし、
「中国の歴史」で学んだことを書き込んでいく予定です。






最終更新日  2011年07月24日 21時21分17秒
コメント(0) | コメントを書く


2011年06月21日
前回の続きを・・・

西遊記は、孫悟空が五行山の石箱にとじこめられていたのを、
三蔵法師が封印のお札を剥がして、孫悟空を自由にしました。

助けてもらった条件は三蔵法師の求法の旅に弟子として同行する
ことに・・・

途中、6人の追剥に襲われます。
この連中は六賊
(仏教語では、眼・耳・鼻・舌・身・意の六根のこと)で
名前は、
・眼にはいるもの看て喜ぶ  眼看喜(がんかんき)
・耳で聴けばすぐ怒りだす  耳聴怒(じちょうど)
・鼻で嗅ぎうっとり愛でる  鼻嗅愛(びきゅうあい)
・舌で嘗めずりごくり思う  舌嘗思(ぜつしょうし)
・意で見つめやがて欲する  意見欲(いけんよく)
・身は凡ての本だが憂ある  身本憂(しんぼんゆう)です。

この条件を満たすことは・・・男女の営みに当てはまるのです。
張明澄の著書、密教秘伝「西遊記」では、この六賊に囲まれて、
三蔵はブルブル震えるばかりです。しかし孫悟空はぜんぜん
恐れずまったく平気です。
つまり、経典学者は、絶えず性衝動に怯えているのです。

ここで六人の盗賊が言いたいことは
・経典学者は性欲や性衝動の怯えや不安がある
・行実践者は性欲や性衝動の怯えや不安がない
ということとなっています。

・・・「西遊記」は密教の秘伝書だった! 
なるほど・・・納得度がアップしました。

さて、いよいよ伊吾(哈密:ハミ)に到着です。






最終更新日  2011年06月21日 21時08分04秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年05月29日
前回の続きを・・・その前に・・・

昨日28日(土)に奈良の薬師寺へ行ってきました。

いま日記に書いている玄奘三蔵のご頂骨が納められているお寺ということで
一度行ってお参りしたいと思っていましたが、やっと実現しました。

薬師寺は法相宗の本山です。
そして法相宗は玄奘三蔵がインド(天竺)からもたらした唯識仏教なのです。

薬師寺の敷地内、玄奘三蔵求法の精神を描いた平山郁夫画伯の壁画をお祀り
した大唐西域壁画殿があります。

その壁画は、
(1) 明けゆく長安大雁塔
(2) 嘉峪関を行く
(3) 高昌故城
(4) 西方浄土須弥山
(5) バーミアン石窟
(6) デカン高原の夕べ
(7) ナーランダの月
の七場面です。

じっと観ていると心が壁画に吸い込まれて、自分がその場面に居るような
気がしました。・・・・感激!!

では、続きを・・・・

◇お札に書いてあった金文字は、
「?・嘛・?・叭・迷・吽(オーン・マー・ニ・パド・メー・フーン)」です。
 この呪文の意味は「蓮華の宝珠よ、幸いあれ」だそうで、観世音菩薩の慈悲を
 表現した真言です。
 この真言はチベットのラマ教徒にとってはとりわけ重要なものです。

 このお札は大聖(悟空)の看守が見張っていましたが、三蔵法師が来たところで
 厄難が明け封じ札が取れたのです。

今日は薬師寺のことを書いたので「求法の旅」はちょっとで終わります。
続きは次回に・・・・






最終更新日  2013年06月22日 22時45分40秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年05月25日
前回の続きを・・・

◇「お師匠さまが来たぞー!」というばかでかい声。
 「あれはきっと、山のふもとの石箱のなかにいる大ザルです」
  伯欽がいうところによると、この大ザルは・・・
 「この山は、むかしは五行山と呼んでいたのですが、わが大唐が西方を
征伐して国を定めてからは、両界山と改めたのです。
さきごろ古老からきいたことですが、王莽が漢を簒奪したとき
(後九~二五)、天からこの山が降ってきて、その下に一匹のサルを
押さえ込んだのだそうです」

・上記の文は中野美代子訳の西遊記に記されているものですが・・・
  岩波少年文庫の西遊記(伊藤貴麿訳)には、以下の様に記されています。

 「この山はもと、五行山といいましたが、大唐の天子さまが西の国を征伐
  されたとき、両界山とあらためられたのです。なんでも五百年まえ、
  漢の王莽が天下を横取りしたとき、この山は天からふってきて、
  一匹の不死身のサルをおさえつけたのだということです」
  
  さらにこの王莽について注釈が・・・
  ※中国では、上に暴君やにせ君子が立っているときには、
   あやしい天変地異がおこるといわれている。
   この王莽は天下をうばった有名なにせ聖人であるから、
   こんなとき作者が、悟空のような妖仙をあばれさせたということは、
   おもしろいことである。・・・と・・・

 ・作者は呉承恩ですが前漢と後漢の間に、たった17年だけで終わった
  「新」の王莽を出して来たのは興味深いですね。
  中国の歴史の中で王莽は本当に悪い奴だったのですね。

◇さて、ここで三蔵法師は悟空を石箱から助けだすために五行山のてっぺんの
 四角い大きな石塊に貼られているお札を、お祈りをして剥がしました。
 
 お札に書いてあった金文字は、
 「?・嘛・?・叭・迷・吽(おん・まー・に・ぱど・めー・ふーん)」です。

 このお札については次回で・・・






最終更新日  2011年05月25日 22時33分34秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年05月12日
前回の続きを・・・

◇縄で縛られ捕えられていた三蔵法師は金星(太白金星)に助けられます。
 ・金星(太白金星)は三蔵法師を救うために、明星天子(虚空菩薩仏)に姿を変えて
現われたのです。

◇一人となった三蔵法師は馬をひいて先に進みますが、行く手には吠える虎が二頭
うしろにはとぐろを巻いた数匹の大蛇、左右にもなにやら凶暴な猛獣やら怪獣やら
・・・・・二つ目の災難となります。

三蔵法師がもはやこれまでと覚悟をきめたところへ、猟師の劉伯欽が現れ助けられます。

・三蔵法師は、劉伯欽の家で二晩泊めてもらいます。劉伯欽の家にはおふくろさんと
奥さんが、他に下人が3・4人います。
おふくろさんが三蔵法師に読経を頼みます。
 
 ・三蔵法師が誦した真言やお経は
(1) 口業を浄める真言
(2) 身心を浄める神呪
(3) 度亡経
(4) 薦亡疏を書く
(5) 金剛経
(6) 観音経
(7) 法華経
(8) 弥陀経
(9) 孔雀経
(10)?蒭洗業の故事を語る
(11)紙馬と薦亡疏を焼く
以上で仏事はすべて終わりました。

・三蔵法師の仏事のお蔭で亡くなったおふくろさんのだんなさんは極楽へ行くこと
 が出来たのです。めでたしめだたしでした・・・・

◇翌日、劉伯欽に送ってもらい両界山の中腹まで来たところ、山のふもとから、まるで
 雷鳴のような叫び声が聞こえてきます。「お師匠さんが来たぞ! おれのお師匠さんが
 きたぞー!」・・・・この叫び声こそ孫悟空でありました。

 ・両界山の場所は、劉伯欽の説明によると、東半分はわが大唐の管轄下、西半分は
韃靼の領土となる国ざかいのようです。三蔵法師が西域を通った年代が史実の
貞観元年の場合、当時の大唐は敦煌の近くにあった玉門関が国ざかいでした。
また小説の三蔵法師は貞観十三年九月に長安を出発しています。その年の十二月に
大唐の太宗は高昌に軍を送り翌年の貞観十四年に高昌を滅ぼします。小説の年代の
場合は丁度高昌が唐に滅ぼされる年の前の年になるのですが・・・

さて、孫悟空の叫び声が聞こえた所で本日は終わります。






最終更新日  2011年05月12日 21時20分24秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年05月10日
前回の続きを・・・

◇ところで、この三蔵という長老さまは、せっかちなおかた。起きるのが、
いくらなんでも早すぎました。もともと秋が深くなると、鶏の鳴くのも
早いのです。なんと、まだ四更(午前二時)ではありませんか。
 ・「更:コウ」は夜の時間帯を表す古い言い方です。
     一更:イッコウ   20時~22時
     二更:ニコウ    22時~ 0時
     三更:サンコウ    0時~ 2時 (真夜中)
     四更:シコウ     2時~ 4時
     五更:ゴコウ     4時~ 6時 (明け方)
  ・・・のようになります。
 ・従って、三蔵法師は四更に出発したなら午前二時から四時の間となります。
  午前二時に特定はできないと思います。

◇四更の暗がりを歩いていて穴に落ち、そこで最初の災難に会います。
 穴の中で魔王(虎将軍)らに捕えられ、連れの二人は食べられてしまいます。
 ・何故か? 三蔵法師と馬は助かります・・・・
 ・張明澄先生が書かれた 密教秘伝「西遊記」を古書店で見つけました・・・
  その本では「西遊記」は1000年の弾圧に耐えた南華密教の秘伝書だった
  とするものです。
  この本の中で最初の災難は「仏門に入る三蔵法師が経典を読みはじめの頃に
  真っ先に落ち込む落とし穴、つまずき、挫折のこと」となっています。

・・・・次回は二つ目の災難と、孫悟空の登場です。






最終更新日  2011年05月10日 20時06分33秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年04月12日
今回は、小説「西遊記」の中での長安から伊吾までの出来事を
検証してみます。

◇長安を出て一両日は馬を停めずに法雲寺に着き、この寺に
 一泊しました。
 ・法雲寺は、玄奘三蔵のインドへの道筋に実在するのか?
   山西長治県に唐代に創建の同名の寺院が現存していますが
   長安から西の方角ではなく反対の東の方に450kmほど
   の所にありますから×です。
   他に山東省斉寧県嘉祥のもあるようですがここも方角が
   違います。
   文中に「住職や長老やらが五百人ほどの僧を、ずらりと
   二列にならべ、」と書かれていますからかなり大きな寺院
   と思います。作り話でしょうか?

◇一行あるくこと数日にして、鞏州に着きました。
 ・鞏州は現在の甘粛省隴西県です。長安から西へ410km
  ほどの距離にある街です。
  ここで一泊し、あくる朝に出発しています。

◇三日ほど行きますと、河州衛に着きました。ここが大唐の
 国ざかいのまちです。このまちの福原寺に一泊して、翌日
 国境を超えたのでした。
 ・河州衛の「河州」は蘭州の西南80kmにある現在の臨夏
  回族自治州の昔の名前です。
  「衛」は中国語でwei(ウエイ):守る。防衛する意です。
  明代では、軍隊の駐屯する場所の意であったようです。
  甘粛省は歴史的に他国との領土争奪の最前線でしたので
  「国ざかいのまち」となったのではと考えます。
 ・史実の玄奘も蘭州で一泊していますから場所的には
  合致します。

実は、この河州衛について、いろいろ調べていましたが、やっと
自分の考えが纏まってほっとしました。

つづきは、次回へ






最終更新日  2011年04月12日 21時49分12秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年03月26日
<大地震について>
東北関東大震災の被災地では復興に向けての力が湧きあがっています。
しかし、メディアから得られる各種情報では色々な問題が山積されて
いることが窺えます。これからインフラの復帰が出来れば住宅や新しい
街造りに着手・・・国としての方向付けが肝要と思います。
今回得た教訓を生かした対策も望みます。
・自然災害に強い街・・・巨大津波の対策は?
・原子力発電が、これからも継続利用する発電方法か?
・想定外の自然災害の対策は・・・?
など・・・海外の国々も同じように今回の震災を教訓として観ています。


さて、玄奘三蔵は貞観三年八月に長安を出立します。
「大慈恩寺三蔵法師伝」に記載された内容で伊吾(哈密:ハミ)までの
道のりを整理してみますと・・・

前田耕作先生の岩波新書「玄奘三蔵・シルクロードを行く」の中では
玄奘三蔵「大唐西域記」の1里440m(リヒトホーフェン説)を
採用しています。とすると長安から瓜州まで3400里との記載もあり
これをkmに換算すると1496kmになります。
中国の地図で玄奘が辿った街と街の距離を調べると凡そ以下のように
なりました。合計で1490kmでほぼ合致しました。

・長安→秦州(天水) 300km_秦州の僧;孝達に同行
    秦州に1泊
・秦州(天水)→蘭州 250km_蘭州の人に同行
    蘭州に1泊
・蘭州→涼州(武威) 240km_官馬を送って帰る人に同行
    涼州に約1ヵ月滞在
・涼州(武威)→甘州(張掖) 230km_涼州から瓜州は恵琳と道整と
・甘州(張掖)→粛州(酒泉) 200km_  昼は寝て、夜間に歩いた
・粛州(酒泉)→瓜州  270km_       
    瓜州に1ヵ月滞在し、莫賀延磧を超えるための支度_
    (馬と馬子の調達など)
・瓜州→伊吾(哈密) 330km_
     赤馬と馬子に胡人(ソグド人)の石槃陀(せきばんだ)
    を雇って出発したが石槃陀は途中で引き返した。
    玄奘ひとり赤馬の案内で「九死に一生」をえて
    伊吾に辿りついた。貞観三年の暮れに着いたとあり
    長安から伊吾まで途中滞在も含め、約4カ月間を
    要したことになります。

では、つぎまで・・・






最終更新日  2011年03月27日 00時00分30秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年03月21日
続き・・・

それでは小説の「西遊記」では、いつ長安を出発したのでしょうか?
どうしたことか、史実と大きく異なるのです。

中野美代子先生訳の「西遊記」では第13回で玄奘三蔵が、
太宗に見送られ長安の城門を出立いたします。
その日付は貞観十三年九月望月(十五日)の三日まえとなっています。

その他の「西遊記」の訳書を調べてみますと・・・

・太田辰夫・鳥居久晴訳  第13回  貞観十三年九月十二日
・伊藤貴麿訳      上巻11回  貞観十三年九月十二日

どの訳書も、長安の出発日は同じ貞観十三年九月十二日となります。

なぜ、史実と小説「西遊記」で十年の差があるのでしょうか・・・?

この点に着目して中野美代子先生が
「西遊記-トリック・ワールド探訪-」の中で考察されていますので
興味を持たれた方は一度読んでみてください。

いずれにしても、小説「西遊記」は太宗の貞観が二十三年で
終わりますが、玄奘三蔵が取経を終えて帰国するのが貞観二十七年
となって完璧に史実と合致しないのです。

・・・・まぁ小説ですからと済まされない裏があるようです。

では、また・・・






最終更新日  2011年03月21日 20時30分39秒
コメント(0) | コメントを書く
2011年03月20日
東北関東大震災で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。
大変な状況ですが復興に向け頑張ってください。

「いねね」の中国平湖の友達が震災のテレビ報道を観て、
心配して電話をくれました「無事ですか?」と・・・・

お陰さまで住んでいる所は静岡以西で被害は有りませんでした。
今後、日本全体が少なからず影響を受けると思います。
世界中の暖かい支援を頂き、日本人全員で復興へ向け頑張って
行きましょう。


さて、玄奘三蔵の求法の旅について、史実と小説の西遊記の
比較を進めていますが・・旅立ちの所で止まってしまってます。

これから、長安を出発して伊吾(哈密:ハミ)までの出来事を
調べていきます。

今日は、長安を出発した年月について調べてみました。

玄奘自身が書いた「大唐西域記」に書いてあれば確実なんですが
そこには長安の出発日は書いてありません。
太宗の要求で書いた国外各国の情報誌ですから、国内ことは日記
には書かれてないのです。

出発日は、説がふたつあってどちらかはっきりしてないようです。
そこでいろいろな方々が書かれた本・文献などを調べると・・・
以下のようになりました。

説1  貞観元年(西暦627年)八月
・ 前嶋信次 「玄奘三蔵 史実西遊記」
・ 前田耕作 「玄奘三蔵、シルクロードを行く」
・ 三友量順 「玄奘」

説2  貞観三年(西暦629年)八月
・ 慧立/彦?:長澤和俊訳 「大唐大慈恩寺三蔵法師伝」
・ 中野美代子 「西遊記--トリック・ワールド探訪--」
・ 陳舜臣   「西域余聞」

「大唐大慈恩寺三蔵法師伝」に書かれている貞観三年八月が優位かな?

では、また・・・






最終更新日  2011年03月20日 22時34分25秒
コメント(0) | コメントを書く

全17件 (17件中 1-10件目)

1 2 >


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.