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2004/08/23
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カテゴリ:雑記
こんヴぁんわ。
いろいろありで日記はしばらくのご無沙汰でした。
その間も来て下さっていた方、すいませんね。
いろいろとモチベーションが下がったり、多忙だったりで。
おかげでいろいろと見つめなおす時間が出来ました。


何事にも絶対はない。
これは私の常々の行動の根底にあるもののひとつだが、そうもいかないときもある。
進みたい自分、進めない自分…
今という時間をいくつもつなぎ合わせてゆくと、先が見えてくるのだろうか。


この15日はエヴァンスの75回目の誕生日だった。
もし・・・もしが許されるならば、今の彼の演奏を聴きたかった。
もう、とうにピークを過ぎ去った演奏であっただろう。
彼自身が一番嫌った部類の演奏であったかもしれない。
それでも、聴いてみたかった。
自らのためだけに弾く、彼の姿を。
かつてのテクニックを失った表現者としての姿がそこにはあるのかもしれないが。
それでも・・・


今月はいろいろCDを買い込んだ。
ロック系ではRUSHの新譜を。JAZZではブルーノートが安かったので10枚ほど。
あとはケイコ・リーのDVDがあったのでそれも。
エルヴィンの追悼盤、パド・パウエル、デックス、ペッパー…
数えてみたら30枚ほど。
俗に言う『大人買い』かな?


亞さん
からいただいた本『1リットルの涙』
ようやく読めた。
亞さんに感謝感謝!

この前の日記にも書いたが、自分が彼女の年の頃に、ここまでいろいろ考えていただろうか・・・
10代の頃は自分の可能性が無限にあると錯覚していた。
『私は何のために生きているんだろうか』
この言葉、彼女が長くは生きられないことを自覚しての言葉だったのだろうか。
今の自分に問われても、自分自身納得がいく答えは出せない。


この本は『脊髄小脳変性症』という病に冒された木藤亜也さんの日記だ。
映画化も決定しているそうだ。
この9月に彼女の地元、名古屋で先行ロードショーのあと10月から全国で。
単館上映ではなくロードショーと。
最初からアンサーが与えられてるものではなく、自分で答えを出さなくてはならないものはなかなかヒットするというレベルまでは行かないかもしれないが、
たまには何か”SOMETHING”を考えてもいいのではないだろうか。
いや、考えないと人間どんどんアフォになる。


話を本に戻そう。
15歳、中学3年生で病気を発病した亜也さんは、16歳のときに自らの病気のことを知る。
運動神経を支配する小脳の細胞が何者かによって働きが悪くなってくる病気で、100年位前に始めて見つかった病気だということを。
彼女や母親の潮香さんたちは、その今できることを受け入れてがんばってゆく。
今まで出来たことが出来なくなると事を受け入れるのは、言葉で言うほど簡単なことではないだろう。
重いものが持てないなら、やめるのではなく、いる部分だけもって学校に行こう。
通学が苦ならば、今度は母親が。

お母さんも、出来ないことを受け入れて、そのできる範囲でできることを精一杯やるようにと決して過保護ではなく、彼女を見守ってゆく。
長くなるが、一部抜粋

____________________________________________________________________________________________________________________________

先天的に目や体の不自由な人と違って、過去におやれたことがどうしても頭から離れない。どうして出来ないかと悩みも大きいし、感情が先だってしまう。
だから、いつも精神との戦いから始まる。はたから見ていると機械的にラジオ体操しているような訓練も、実は精神との戦い、鍛錬だよ。
亜也、結果はどうあろうと、今を悔いなく生きてこそ将来があるんじゃないかと思うよ。
亜也はよく泣いているよく泣いている。そしてそんな亜也を見ているとかわいそうでならない。
でも、現実、今置かれている立場をきちんと理解して、これからの亜也の人生を充実させていかないと。足を地面につけた生き方が、永久にできなくなるよ。
お母さんや弟妹は、あなたがどうしてもできないことには、惜しみなく手を貸してあげる。でも、意見を言ったり、けんかをする時は、ポンポン言うでしょ。
あれは亜也が人間的には何も違ってはいない普通の子であり姉であると思っているからなのよ。
だから、精神を強くする愛の言葉と受けとめるのよ。
他人にグサッとするようなことを言われても、耐えていけるように、これも訓練なんだよ。

____________________________________________________________________________________________________________________________

残酷なことかもしれないが、受け入れなければいけないことを、お母さんはちゃんと伝え、亜也さんはきちんと受けとめている。
これ以上のことは誰にも出来ない。『Nobody Does It Better』
自分の血を分けた母だからこそいえる言葉だ。

そして亜也さんは精一杯、"ベストをつくした"といえるようにがんばる。
健常者と対等に勝負できるものを見つけようとして。

物語なら、ここでハッピーエンドの大団円に向かって進んでゆくのだが、現実は…
彼女は可能性をひとつずつ閉じてゆく辛い作業に挑まなくてはならない。
なんと悲しいことよ。
現実の残酷さに、なんともいえない虚脱感のようなものを感じさえもする。
考えないと生きて行けないからと考えようとするも、その可能性すら閉じられてゆく。

"自分で考えて”養護学校行きを決めたかったと。
周りの何気ない言葉からも考えることを見つける彼女の感覚はすばらしい。
障害を抱えたから発達したのではなく、それまでの彼女の生きてきた道がそれをさせたのだろう。

そして自分の病気にはまだ治療法はないという残酷な現実を受け入れる。
こう、言葉だけで書くと簡単な1文で終わってしまうが、最後の可能性を閉じる言葉だ。
それでも彼女はあきらめない。
自分にできることは何かを考え、そして精一杯生きてゆく。


『お母さん、もう歩けない。ものにつかまっても、立つことができなくなりました』


そして、20歳で彼女の日記は突如終わる。

この本の題ともなった彼女の言葉

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私は生れ変わりました。
身障者であっても知能は健常者と同じであると思っていました。
着実に1段づつ上った階段を、踏みはずして下まで転げ落ちた、そんな感じです。
先生も友達もみな健康です。悲しいけどこの差はどうしようもありません。
私は東高を去ります。(注:彼女が1年間だけ通った高校。その後養護学校に転校)
わたしは身障者という重い荷物を、ひとりでしょって生きていきます。
こう決断を下すのに、少なくとも一リットルの涙が必要だったし、これからは、もっともっといると思います。

__________________________________________________________________________________________



人は何か外的なきっかけがあれば変われるものだと思う。
変わることはなかなか難しいことだが。
この、亜也さんの日記から何を得るか。
答えはその読んだ人の数だけあると思う。






バラの つぼみは早く摘め時は過ぎゆく

今日 咲き誇る花も明日は枯れる

“今を生きろ” 我々は死ぬ運命なのだ

今を生きろ 若者たちよ 

すばらしい人生をつかむのだ


Seize the day











Last updated  2004/08/24 12:37:27 AM
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