出産前夜いよいよ翌日が出産という夜。最後の最後でマグネゾールの速度をまた速くされ、 また体が熱くなっていきました。 心臓がどきどきして落ち着きませんでした。 ベットを起こした状態でずっと我慢していたら、 少し辛さが和らいできたように思えました。 そして、テレビを付けてみました。 ********** テレビ朝日の「テレビのチカラ」がやっていました。 心臓病の由美ちゃんの話でした。 日本で心臓移植手術を受けられない。 助かる方法は渡米して手術を受けることだけ。 そのアメリカでの手術費用、約9000万円を番組の募金で集めて、 いよいよ渡米するところでした。 由美ちゃんの主治医の先生が出ていました。 その先生とは会ったことがありました。 ********** 何年か前、アメリカのフィラデルフィアへ行ったときのこと、 帰りの飛行機で隣り合わせた外科医の先生でした。 飛行機の中、その先生とずっと喋っていました。 その中で先生が言った言葉を思い出しました。 「アメリカに比べれは日本の医療は遅れているね」 と、考え深げに言ったことでした。 私はその時、他人事のように聞いていました。 でもその時になってその言葉の重みを感じていました。 ************* 「胎児治療」は海外では普通に行われているのだ。 日本に住んでいるために、うちの子には今まで何の治療も受けられず、 肺が潰れたままの状態で産まれてこなければならない。 「私もアメリカに行きたかった」 由美ちゃんを見ていたら羨ましい気持ちになりました。 ********** その番組を見て泣いていたら、お腹に力が入ってしまいました。 「いけない!」と思って直ぐにテレビを消しました。 張りの間隔が10分おきになってしまいました。 *************** 10時近く、担当看護師さんが、激励に来てくれました。 その看護師さんは一生懸命に私の精神面をサポートしてきてくれた人でした。 時間があればいつも私のところへ来て、話をしてくれました。 それまでの2ヶ月を二人でしみじみと振り返って、 「~さん、段々母親らしい顔になっていったよ。よく今まで頑張ったね。」 と言ってくれました。 私は頑張れたかどうかは分かないと思ったけれど、 言われて何だか清々しい気持ちになっていました。 病院に対しての不平不満も消え、 子供の生死に対する不安も無くなっていました。 子供は普通に元気に産まれて来る気さえしていました。 「初めは不安でいっぱいだったけど、今はただ純粋に、明日子供に会えるのが楽しみです。」 と、言いました。早く子供に会いたい気持ちで一杯でした。 *************** 旦那からメールが来て 「ビデオテープ買っておいたよ」 と書いてありました。 旦那が楽しみにしていてくれるのが嬉しくなりました。 私も素直な気持ちになって返事しました。 「今まで私の我がまま聞いてきてくれてありがとう。毎日お見舞いにくるの大変だったでしょ。 明日から親子3人、仲良くやっていこうね」 ジャンル別一覧
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