退院8月14日体が楽になっていきました。 自分自身の体が回復していくにつれ、心も健康になっていく気がしました。 旦那に車椅子で外に連れていってもらえました。 もう点滴も付けていなかったし、安静にしている必要はもうないので、 何処でも自由に行けました。 病院の隣の公園まで押してもらいました。 木々の葉が生い茂っていて、蝉がミンミンとひっきりなし鳴いている声を聞き、心地良く感じました。 「夏になっていたのだな」 燦々と差す夏の太陽の光が新鮮でした。 太陽の光を浴びられることがどんなに有難いものかと感じました。 疲れていた心が癒されていくようでした。 ************* 8月17日 私の希望で一日早く退院させて貰うことになりました。 出る前に私だけ、NICUに入らせてもらいました。 最後に子供がどんなところで亡くなっていったのか、知りたかったのです。 旦那は入りたくない、と言って拒否しました。 旦那はNICUで子供の最後を看取り、本当に辛い思いをしたのだと思います。 ************ 黄色いエプロンを着て、マスクと帽子をかぶり、消毒し、中に入りました。 機械の付いた大きな保育器が10台ほどあり、 その重々しい雰囲気の部屋に圧倒されました。 元気な赤ちゃんの入る新生児室とは全く違いました。 私は一番手前の保育器を覗き込みました。 そこには手足の細い、小さな小さな赤ちゃんがいました。 衝撃的でした。 手足が細く、体が小さく、一瞬、 これが人間の子なの? と思ってしまうほどでした。 おそらく、数百グラムしかない子なのでしょう。 私はそれまでNICUで生き続けている子を持つ親が 羨ましくてしょうがなかったし、 今でも羨ましい気持ちには変わりありません。 でも、生死をさ迷う我が子を見守り続けるのも、 私が考えているよりずっと辛いものかもしれない、と 思わされました。 ************* 旦那と二人、荷物をまとめ、いよいよ病院を引き上げるときが来ました。 主治医の先生とお世話になった看護師さん4人が、 ホールまで見送りに来てくれました。 私は精一杯の笑顔を作り、お礼を言って、さよならの挨拶をしました。 皆、素敵な笑顔で見送ってくれました。 *************** 病院を後にすると、 「全てが終わった」 という気持ちになりました。 「医者なんて、命を助けてくれたら神様だけど、 助けてくれなかったらただの人だよな」 旦那が言いました。 あの病院は辛い思い出の方が多い。 でも子供と最後の時間を過ごした場所でもあります。 退院して暫くの間は、立ち直れずにいましたが、 病院での子供との思い出はそんな私の一番の心の支えでした。 ジャンル別一覧
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