なぜ私立学校は独裁化するのか
武蔵野東学園の事案から考える
”だれも助けてくれない”法制度の穴
都内の私立学校で、
一人の女子生徒が突然退学処分を受けた。
女子生徒が通っていたのは、
学校法人武蔵野東学園が運営する
私立武蔵野東高等専修学校(東京都武蔵野市)。
第一報が報じられたのは、2月4日の毎日新聞朝刊で、
学園の理事長から不当に謝罪文を強要されたとして、
理事長を刑事告訴した3年生の女子生徒が
「学校の秩序を乱した」
などとして退学処分を言い渡されたという内容だった。
女子生徒は既に大学に合格していたものの、
退学処分によって進学できなくなる恐れがあったため、
女子生徒は退学処分の取り消しを求めた。
報道がなされたその日のうちに、
両者は東京地裁立川支部の勧告を受けて和解、
処分は取り消された。
ここで二つの疑問が浮かんでくる。
そもそも、
このような理由で学校は生徒を退学処分にできるのか、
そして、
なぜ生徒は理事長を刑事告訴するまでに至ったのか。
実はこの謎の背景には、
「私立学校の独裁化」
を許してしまう複雑な法制度の問題が潜んでいる。
しかし、このような問題は、
当事者にでもならない限り、まず知ることはない。
そこで本記事では、
私立学校で人権侵害事案が起きたときに、
行政はどこまで対応できるのか、
なぜこのような法制度になっていて、
今後何が必要なのかについて詳しく解説していく。
生徒が理事長を刑事告訴…学校で何が起きていたのか
学校法人武蔵野東学園は、
幼稚園から高等専修学校(高専)までを運営し、
自閉症児と健常児が同じ空間で学ぶ
混合教育(インクルーシブ教育)を理念とする
独自の取り組みで人気を博してきた。 ところが、
複数の関係者によると、2024年1月10日、
高専で行われた「校則見直し会議」の場で、
松村謙三理事長(当時:副理事長)に意見を述べた女子生徒が
「俺は恥をかかされている!」
などと恫喝される出来事があった。
そもそも、この「校則見直し会議」は、
前年に施行されたこども基本法に伴い、
生徒への意見聴取を目的として実施されたものであり、
希望した複数の生徒が参加していた。
校則全廃の必要性を説いた松村氏に
「武蔵野東学園のような
混合教育を実践している学校では、
必要な校則もある」
と複数の生徒が反論したのに対して、
松村氏は話を逸らすなどしたため、女子生徒が
「まずは意見を聞くべきだと思います」
と制止したところ、松村氏は
「俺は恥をかかされた!」
と声を荒げたり、他の生徒に対して
「それはあなたの勝手な考え」
などと述べたりしたという。
会議の翌日、
女子生徒は学校から保護者とともに呼び出され、
「松村副理事長(当時)が大変傷ついておられる」
という理由から、
松村氏への「謝罪文」の提出を要求された。
提出しなかった場合には退学になる旨も示唆されたといい、
女子生徒は直筆の謝罪文を提出せざるを得なかった。
保護者・生徒と学園の激しさを増す分断
会議の際は副理事長だった松村氏も
昨年2月に理事長へ就任。
松村氏はこの一件のほかにも、
保護者会で威圧するような言動をとって、
保護者の一人が過呼吸を起こし
救急搬送されるという事態を招いたり、
混合教育に関する
学園独自の様々な取り組みの廃止を断行したりしている。
これらの事態を受け、同校の複数の保護者が
「武蔵野東学園を守る会」を結成、
松村氏の退任を求める署名活動を行った。
しかし、昨年12月には、
SNS上で学園や松村氏に関する
投稿を行っていた関係者とみられる人物が、
学園から6600万円あまりの慰謝料・損害賠償請求
を起こされる事態にまで至っているといい、
生徒・保護者と学園とのあいだの分断は
今もなお激しさを増している。
こうした事態ののちに起きたのが今回の退学処分だった。
謝罪文を提出させられた女子生徒は、
松村氏を強要罪で武蔵野警察署に刑事告訴。
報道などによると、昨年8月、
松村氏は東京地検立川支部に書類送検された。
関係者によると、これを受けて学校側は今年1月15日、
「学校の秩序を乱し、その他生徒としての本分に反した」
などの理由から女子生徒に退学処分を言い渡し、
女子生徒側はそれを不当としていた。
第一報が報じられた4日のうちに、
東京地裁立川支部の和解勧告を受けて、処分は取り消された。
保護者の一人は、
「創設者の理念を無視した松村氏の言動は許せない」
と怒りを露わにしている一方で、
取材に応じた学園の事務局は
「お問い合わせの退学処分については、
既に話し合いによって
当該生徒が復学するに至っております」
とし、それ以上の回答はなかった。
私立学校は教育委員会の管轄外!
誰も助けてくれない”法制度の穴
武蔵野東学園での一件が
ここまで「泥沼化」してしまった背景には、
私立学校特有の「法制度の穴」が要因にある。
公教育を担う学校は大きく分けて
国立学校(国立大学附属○○高校など)、
公立学校(市立小学校、県立高校など)、
私立学校(学校法人○○学園○○中学・高等学校など)
の3種類に分けることができ、
国立は文部科学省、公立は各自治体の教育委員会、
私立は各都道府県の私学部や
総務部学事振興課といった名称の部署が
管轄することになっている。
補足すると、都道府県が管轄するのは
私立幼稚園から高校・高等専修学校までであり、
私立大学や高等専門学校は文部科学省の管轄になる。
公立の場合は、児童生徒への懲戒、
校務分掌の人事や校則の制定等、
校内の事柄は校長に権限があるものの、
校長・教員に関する採用・異動・懲戒といった人事は
教育委員会が担当しており、
少なくとも制度上においては、
校長が「暴走」しないような仕組みづくりがなされている。
更に、教育委員会のなかに
学校内で発生した問題について相談できる窓口が
設置されていることも多く、
実際に東京都には東京都教育相談センターの
「学校問題解決サポートセンター」
という窓口が学校だけでは解決が
困難な問題についての相談を請け負っている。
仮に、こうした教育委員会の対応によって
解決しなかった場合においても、
自治体の議員や首長などに相談することで
解決した事例も多く聞く。
一方で、教育委員会の管轄外となる
私立の場合はそうスムーズにはいかないのが実情だ。
ここで少し、学校に関する法律を参照してみよう。
学校教育法第14条において、
「(前略)大学及び高等専門学校以外の
私立学校については
都道府県知事は、当該学校が、
設備、授業その他の事項について、
法令の規定又は(中略)
都道府県知事の定める規程に違反したときは、
その変更を命ずることができる。」
と定められているが、
私立学校法という別の法律において
「私立学校(中略)には、
学校教育法第十四条の規定は、
適用しない。」(第5条)
と打ち消されている。
つまり、都道府県の担当部署は、
私立学校が規程に違反するような運営を行っていても、
改善命令を下すことができないのである。
一応、私立学校審議会という外部諮問機関を通して
閉鎖命令などを下すことはできるようになっているが、
あまり現実的ではない。 そのため、現状、
都道府県の担当部署が行使できる唯一の方法は、
行政手続法という全く別の法律に基づいて、
自治体が民間事業者の任意の協力のもとで
指導・助言・勧告する行政指導のみとなっている。
私立学校で起きた問題の解決は難しい
では、実際に私立学校で問題が発生した際は、どうすれば良いのか。
武蔵野東学園など都内の私立学校を管轄する
都の生活文化スポーツ局私学部に公式見解を取材した。
「個別の事案については答えられない」
としたうえで、
「今も電話やメールなどでたくさんのご相談をいただいている。
まずは学校との話し合いを進めているが、
難しいケースの場合は我々で丁寧に聞き取り、
行政指導という形で学校へ報告や
事実確認・助言・勧告などを行っている。
いじめ案件の場合においても、私立学校へは
「いじめ防止基本方針」を作らせており、
仮にいじめが発生した場合は、
我々に報告をすることになっている。
我々は学校が基本方針に則った
対応をしているかどうか、
確認していくことになる」
と回答した。
ただし、前に述べたように、
行政指導は任意の協力によるものであり、
決して強制力は持たない。
武蔵野東学園の場合でも、
複数の保護者が以前から私学部に相談していたが、
状況が改善することはなかった。
更に、この問題は
学園のある武蔵野市の市議会でも取り上げられた。
自民党から共産党まで、政治的立場を超えた複数の議員が
「市の子どもの権利条例を適用するなどの対応ができないか」
などの質問を行ったが、
条例に強制力がないことなどから、
結果的に解決に繋げることはできなかった。
筆者は、「School Liberty Network」というNPO法人で、
全国から校則問題などの学校に関する相談を受けている。
そのなかでも圧倒的に多いのが私立学校での問題だ。
いじめに対して正しい対応をとらなかったり、
脅しを伴う指導があったり、
事前の広報とは異なる教育が行われていたりと、
その内容は様々だが、
いずれも都道府県の担当部署では解決せず、
泣き寝入りのような状態となっていたところで
私たちの窓口に相談してくださったケースが多い。
私立学校における問題の一部は、
筆者が以前執筆したこちらの記事でも紹介しているので、
ぜひご覧いただきたい。
『「性交渉をしたら退学」「校則のない学校のはずが…」
学校で横行する理不尽の数々』
私立学校の独裁化に歯止めをかける方法とは
このように、私立学校で何らかの問題が発生した場合、
学校側がきちんと対応しなかった際の
正規の解決手段はもはや存在しない。
つまり、都道府県の行政指導に
校長や理事長が聞く耳を持たなければ、
これ以上誰も彼らの暴走を止めることはできず、
治外法権とも言える独裁的な運営であっても、
そのまま放置されてしまうのだ。
そのため、民事訴訟や刑事告訴などの
法的な手段をとるしかないのだが、
それは当事者にとって
あまりにもリスクや負担が大きな方法である。
では、どうすれば良いのだろうか。
解決手段の一つとして提起できるのは
「国内人権機関」の設置である。
日本ではあまり馴染みのない言葉だが、
既に世界120か国で設置されている、
政府から独立した人権救済機関のことを指す。
学校の問題はもちろん、
入管施設や刑務所などでの虐待、
会社内のハラスメントなど、
あらゆる人権侵害に対し、
調査・仲裁・勧告・公表を行う機関である。
日本ではこれまで再三にわたり議論が進められ、
国連からも設置を求める勧告を受けてきたが、
これまでに実現はしていない。
私立学校での人権侵害が救済されない状況が続くなか、
実効力をもって介入できる政府から独立した機関の設置を
急ぐ必要があるだろう。
私立学校法の第1条には
「この法律は、私立学校の特性にかんがみ、
その自主性を重んじ、公共性を高めることによって、
私立学校の健全な発達を図ることを目的とする」
と書かれている。
元来、私立学校法は、先の大戦の反省から、
国の暴走に教育が巻き込まれないように
という崇高な理念に基づいて定められた。
その結果、独自に建学の精神を定め、
今でも国の方針から距離を置いて、
魅力的な教育を実践している私立学校が多く存在している。
私立学校には行政から毎年多額の助成金が投入されている。
更に近年、
私立学校無償化の議論も活発に行われるようになってきた。
私たちの税金が投入される私立学校で、
人権侵害や独裁的な運営がなされていても、
助成金減額の罰則などもなく、
公的機関からの勧告も全く効果をなさない
という現行の法制度で良いのか、
より多くの人に考えてほしい課題である。
現代ビジネス
次々と色々と取り上げられていますが、
当たり障りなく、ですね。☄