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テーマ:普通の日記(12755)
カテゴリ:ニュース
「自閉症の兄がいたから、今の私がいる」。 ヘラルボニーの中塚美佑、 "きょうだい児"として歩んできた道を明かす 自閉症のある兄とともに過ごした子ども時代から、 傷つきながらも育まれた優しさと観察力——それらすべてが、 いまの中塚美佑をかたちづくっている。 ヘラルボニーのビジュアルディレクターとして働く彼女が、 初めて語る“きょうだい児”としての日常と、 自分自身の成り立ちの話。 中塚美佑:1997年、神奈川県横浜市生まれ。 大学で福祉を学んだ後、 アパレルブランドでの販売・SNS運用を経て、 2020年ヘラルボニーに入社。 現在は同ブランドでビジュアルディレクターを務める。 兄と過ごした幼少期 ──中塚さんのお兄さんは、どんな方ですか? とても真面目で穏やか。 3歳のころに重度の自閉症と診断され、 幼い頃は療育センターに通っていました。 その後は小学校・中学校・高校と進み、 中度の診断を経て、 現在は広汎性発達障害と診断されています。 いまはかんしゃくもなく、 私よりも社会に適応しているような感じがします。 何にでも好奇心があって、電車で一人で遠出もします。 昔は偏食で白いご飯と牛乳しか口にしなかったのに、 母の努力の末、今では好き嫌いゼロで、 家事もほぼできてしまう。 見た目もかわいらしくて、 人に嫌われるようなことはしない人。 診断された精神年齢は小学6年生なので弟のようですが、 私にとっては尊敬する存在です。 ──お兄さんとの日常の中で、心に残っている幼少期の思い出はありますか? 兄はひとつ年上で、保育園も小学校も一緒。 "リョウリョウの妹"という肩書きで過ごしていました。 ただ中学で初めて離れて、 兄は隣の区にある個別学級に進みました。 私は兄を隠したいとは一度も思ったことがなくて。 たまに兄が交流級というかたちで私の学校に来ると、 友達や先輩に紹介していました。 兄は私の感情にすごく敏感で、 私がイライラすると兄もイライラしはじめるし、 私がうれしいと、兄もうれしそうにニコニコして 「美佑ちゃん!」 と指を差してきたりするんです。 きょうだい児として紡ぐ未来 ──サポートと共生のバランスについて、どう感じていますか? 兄のように言語での表現が難しい人に対しては、本人が何を伝えようとしているのか、表面的な言動の奥にある気持ちを知ろうとする努力を、周囲がどれだけ意識できるか。それができると、かなり状況は変わってくると思います。 私自身、兄と接する中で「理解しようとしてもできないこと」がたくさんありますが、 "きっとこうだと思う"と丁寧に言葉にすることで、 人を知る幅も広がります。 それを楽しむというのが大事なんだろうなと。 ──それは、優しい社会をつくる鍵でもありますね。 興味を持って、思考を巡らせること、それに尽きると思います。 目の前の人や状況に対して、すぐに判断せず、 どうしてこの言動が出たのかを考えてみる。 それは兄との関係にも通じるし、 日々の暮らしや仕事でも活きています。 その感覚を誰かと共有できたとき、 「優しい社会」に一歩近づける気がしています。 ──これからしていきたいことはありますか。 私がまだ学生のときに、弊社の代表が「きょうだい」についてハッピーに語り合う飲み会を企画してくれて、2回目の開催時にインスタでつながった一歳下の女性を誘って参加しました。 彼女は後日、「この日をきっかけに重度の自閉症の兄のことを、初めてパートナーに打ち明けた」と話してくれて ……それを聞いた瞬間、胸がいっぱいになって、涙が出てきたんです。そうした“語りの場”に「カタルボニー」という名前をつけてくださった方がいて。 カジュアルな語りを通して、きょうだいや家族の見えづらい葛藤に光があたるような、そんな場を育てていきたいと思っています。 BAZAAR 過去があるから今がある。 無駄な経験などないのでしょうね。☄ お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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