マンハッタンのマディソン街でバスに乗り、セントラル・パークの北はずれを左に曲って、ウェスト・エンド・アヴェニューをさらに北上したハドソン河をのぞむ丘のうえに、その美術館はある。メトロポリタン美術館付属クロイスターズ中世美術館である。バスに乗るときは「クロイスターズ」、あるいは「クロイスターズ・チャーチ」と確認すればいい。私の大好きな美術館だ。
この美術館の主なコレクションは、ヨーロッパ中世後期のロマネスク様式とゴシック様式の美術品である。しかしクロイスターズをもっとも特徴あるものにしているのは、美術館の建物自体が、フランス中部やポワトゥやバーガンディ地方、あるいはスペイン等にかつてあった中世の教会の建築部材を丁寧に再構築したものだということだ。美術館として機能させるための現代的な諸設備は一切目にふれないようになっている。
展示物も宝物室だけはガラス・ケースに納めているが、それ以外はまるで12世紀頃の修道院にいるかのように飾りつけている。
明るい日射しの窓辺に菩提樹材のどっしりとした書き物机。その上には質素な燭台が置かれ蝋燭が立っている。よくみるとその蝋燭は火をともされたことを示す蝋涙がたれているのである。壁際のキャビネットの上には金メッキした銅製のおおきな鉢が並び、暖炉には薪がつまれ、そばには使い込んで黒光りする鍋がおいてある。家具も鍋もみな大切な展示品なのだ。
チャペルの石の祭壇の上に十字架がまつられ、その背後の天井下には聖母子のフレスコ画、また側壁にはおおきな木製の磔刑像が掛けられ、堂内のあちらこちらに大燭台が置かれ、そこにも蝋涙を流すたくさんの蝋燭がたっている。
まるでいままでそこにいた修道僧たちが、ふと何処かに行ったような、日常的だけれど荘重な雰囲気がある。
前置きが長くなった。私がこの美術館が好きなもうひとつの理由はその庭のすばらしさだ。
三つの中庭がある。これらもまた可能な限り中世のスタイルを再現し、その当時栽培されていた植物を植えている。美術館(博物館)として美術品を並べれば事足れりといのではない。現代の私たちからは遥か彼方に去ってしまった〈中世〉を、如何にしたら実感させられるか、その追求の仕方が徹底しているのである。美術館で植物を育てる、しかも中世の教会建築の中でそれをやるというのは、特別な人員と管理が必要であろう。それを労を惜しまずやってのける。そこに私は讃嘆をおしまないのだ。
三つの庭がすべて中庭というのには理由がある。修道僧たちが修道院を離れることなく、言い換えれば、俗世間から隔離されて修道院にとじこもったままで自然を楽しむためである。
クロイスターズの三つの庭はそれぞれ名前がつけられていて、庭の性格も異なる。個々に見てゆこう。
【カクサの中庭:The Cuxa Cloister Garth Garden】
屋根付き回廊にかこまれているこの中庭は、日射しの温かい教会の南側にある。十字路の中心に噴水がある典型的なスタイル。ここでは中世種と現代種の両方の植物が、効果的に植え込まれている。冬になると回廊はガラスで閉ざされ、そこにローズマリーやジャスミンやシトラス、アロエや月桂樹やアカンサスの鉢がおかれていっぱいになる。水仙やヒヤシンスやクロッカスやマドンナ・リリーの球根は、開花を強制し、その後、屋内の聖ギルヘム柱廊と名付けられた石畳の場所に移される。そこには中央に噴水があり、その周囲に小庭としてアレンジされる。この屋内の聖ギルヘム・ガーデンは、クリスマスからイースターまでのものである。
【ボニフォント・ハーブ庭園:The Bonnefont Cloister Herb Garden】
この庭園は中世に栽培された250種以上を植えている。この庭のデザインは中世修道院の典型的なスタイルである。植物は歴史的考証によって選択された。高く持ち上げた苗床、編み枝の柵、中央の泉水、それが中世の庭園の特徴である。修道院はしばしば果樹園にかこまれていたので、それを表わすために南の壁の外側に果樹を植えている。アロエやレモン、あるいは月桂樹は、装飾付きの鉢で育てられているが、ニューヨークの冬の気候でも育成が難しいというわけではない。それらは中世後期を通じて北ヨーロッパではごく普通の園芸植物だった。しかしクロイスターズではその期間は屋内に移動している。
【トライ庭園:The Trie Cloister Garden】
この庭のテーマはおもしろい。美術館所蔵の『一角獣狩り』というタペスリーに描かれている植物を栽培しているのだ。それらは、ナツメヤシやザクロやオレンジ以外は、すべて中世時代に北方ヨーロッパで普通に見られた植物であるという。トライ庭園は、7枚のタペスリーから成るシリーズの第2番目、『泉のそばの一角獣』に描かれた植物を、可能な限り再現しようと試みている。タペスリーのデザイナーは同一画面に春と夏の植物を一緒に描き、あまつさえ秋に咲く花や果実も描いている。また現実の庭園栽培にはあきらかに不可能なものもある。しかしそれでもなお、描かれた植物は中世には良く知られたものであり、中世庭園にも存在したものである。トライ庭園は、『一角獣タペスリー』のなかの花々に命をあたえている後期ゴシックの幻想を反映しているのである。
画像は『一角獣タペスリー』の部分。
上の2点の写真は私が撮影した。こんな雰囲気は、日本の美術館には無いでしょう?
屋内といってもドアで閉ざされていないので、植物の香りが回廊にほのかに漂っている。石の壁にぽっかり開いた窓からハドソン河の川風が直に流れ込んでくる。どうやって美術品を保護しているのだろうと不思議なほどだ。実際、世界的に重要な美術品があるのだ。『一角獣』のタペスリーもそうだが、ベリー公爵の持物だった『9人の英雄たち』というタペスリーのシリーズもある。同じくベリー公のためにリンブルク兄弟が制作した彩飾写本『美麗時祷書』。ロベール・キャンピンの三幅対祭壇画『受胎告知』もある。あるいは、かつて文藝春秋から刊行された『謎の十字架』という本があり、そんじょそこらのミステリー小説など足許にも寄せつけない面白さだが、それは〈謎の十字架〉がこの美術館に購入されるまでの経緯をつづったものだ。その謎の十字架が宝物室にある。
ニューヨークへ旅行されたら、ぜひクロイスターズ美術館をおたずねください。中世の庭に坐って、ぼんやりハドソン河をながめて一日すごすのもいいですよ。