ゴシック小説ファンでなくても『フランケンシュタイン』を知らない人はいないだろう。映画化も何度となくされている。正確な題名は『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス (Frankenstein: or The Modern Prometheus)』という。作者はメアリー・シェリー(1797年-1851: イギリス)。『フランケンシュタイン』が執筆されるにいたった経緯は、これもあまりにも有名なので述べる必要もないが、これから少し書こうとしていることに深く関係しているので、念のため触れておく。
1816年5月、メアリー・シェリーは後に結婚することになる詩人のパーシー・シェリーと駆け落ちした。向かった先はバイロン卿とその友人が滞在していたスイスのレマン湖畔のディオダティ荘だった。長雨が降り続いていた。外に出ることもできず、辛気くさい日々。ある夜、バイロン卿が提案した。「みんなでそれぞれに一篇ずつ怪奇譚(a ghost story) を書こうじゃないか」。
このときの着想をさらに膨らませて、2年後の1818年3月、メアリー・シェリーは『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』を匿名で出版した。ゴシック怪奇小説の名著の誕生であった。
さて、昨年2012年9月、ロンドンの稀覯本古書店ピーター・ハーリントンが、その『フランケンシュタイン』の初版本を、特別顧客の内覧会で初公開した。扉に「バイロン卿へ 著者より(To Lord Byron from Author)」と、ペンによる手書きの献辞が記されている。つまり、著者メアリー・シェリーが、この小説を書くきっかけを与えてくれたバイロン卿に贈呈した本。バイロン卿が所持していた『フランケンシュタイン』初版本である。
この本を発見したのはピーター・ハーリントンの若い研究員サミー・ジェイで、彼はこれが偽の献辞ではないかという疑念を一方に抱きながら研究をした結果、「To Lord Byron」の「T」の筆法が明らかにメアリー本人のものであることが判明した。匿名で出版したのであったから、署名が「著者より」となっているのもうなづける(普通は名前を書くところだ)。
かくして世界に一冊しかないバイロン卿が所持していた『フランケンシュタイン』初版本は、一躍稀覯書中の稀覯書の仲間入り。内覧会でピーター・ハーリントンが付けた価格は、なんと、350.000ポンド(約5千2百85万円)。
じつはこの話、私はピーター・ハリントンのwebサイトのヴィデオで知った。研究者によるこの本の解説と内覧会の様子を撮った2本のヴィデオである。ロンドンの有名な稀覯本古書店がどのように顧客にデモストレーションしているかが分かり、その点もおもしろい。興味のあるかたはご覧ください。
この古書店は、愛書家や古書蒐集家に対するいわば教育的な講義ヴィデオもアップしていて、上記2本のほか。現在、「華麗なるギャツビーのダスト・ジャケット(日本ではカヴァーと言っているが、英語でカヴァーほ本体表紙のこと)」、「ジェーン・オースティンの初版本」、「ジェイムズ・ボンドをコレクションする」、「どのように初版を識別するか」、「チャールズ・ディッケンズの初版本のフォーマット」、を見ることができる。私は、一昨日、一昨々日と、チャールズ・ディッケンズの『イングランド史』の一部分をこのブログで紹介したばかりだ。ディッケンズの著書の初版本がなぜさまざまなフォーマットであるかが、このヴィデオでわかる。これもまたおもしろい。是非一覧を。
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Videos - Peter Harrington Rare Books
ついでに、ハーバード大学の稀覯本室の写真をご覧ください。
The Rare Book Room of Harvard from the web site of "History of the Book at Harvard"