実際、安倍晋三という首相は、国民をナメているのか。
国民の心の自由まで奪うような危険きわまりない「共謀罪」なる法案の必要性を説くのに、「この法律をつくらなければ東京オリンピックが開けない」などと言う。
国民の心の自由こそが重要で、政府が国民を監視し、また国民がお互いに監視しあうことになる社会が、今後100年の禍根となること必定だというのに、それとオリンピック開催とを天秤にかけて、オリンピックが開けなくなるゾと説明する、この頭! ただただ憲法改悪をめざし、戦争への道を開かんがために、なりふりかまわない振舞だ。
私は、安倍晋三の祖父岸信介に中学生のときに会いに行ったちょっとしたエピソードをもっている。その岸信介は大東亜戦争時の内閣だった。戦後、岸が首相に選出されたとき戦犯を首相にするのかと騒然となった。岸は、民主主義を弁明しておさまった。しかし、彼の本心はやはり戦後民主主義の否定であり、憲法改正を終生の悲願としていたふしがある。
中学生の私が、この「怪物」といわれた首相に会いに行ったのは、彼が安保法案強行採決のために国会に警察を入れたからだ。私は権力悪の体現者とはどんな相貌をしているものか、対面して見ておきたかったのだった。
安倍晋三首相が祖父岸信介の遺髪を継いで、自分こそが平和憲法を破棄して戦争可能な日本とする願望をもっているとは、巷間に言われつづけている。
私は思い出すのだ。かのナポレオン三世を。
ナポレオン三世は皇帝ナポレオン・ボナパルトの甥であるが、彼は伯父の栄光に憧れていた。伯父がロシア侵攻に失敗するまで次々にヨーロッパ戦線で勝利をおさめたことに、自分もそれにあやかりたいと考えていた。
ときあたかも、メキシコが財政難におちいり、フランスに負債があったメキシコは利子支払いの減額を通告して来た。アメリカ合衆国は内戦(南北戦争)でその目は内側に向いていた。ナポレオン三世は好機到来とばかりに、イギリスとスペインにはたらきかけ、連合軍がメキシコに出兵した。一気にメキシコを征服しようと企てたのである。5年間の泥沼の戦闘は大失敗に終わった。
しかし無能な権力者というものは、結局みずからの破滅まで行かないと分からないのだ。権力の「魔」が狂気を生むのか、それともバカは死ななきゃ分からないということか。ナポレオン三世はクリミヤ戦争など、次々に戦争を仕掛け、そして無惨な失敗を繰り返していたのである。
こんな男を皇帝としたばかりに、フランス国民の悲惨さも自業自得というべきなのかもしれない。
安倍晋三首相の行く末も同じようなものだろう。日本国が近い将来どのようになろうとも、歴史はこの男を処断するであろう。彼の心を「忖度」するに、憲法改正者としての栄光を歴史に刻みたいのであろう。しかし、国民が自由を奪われ、不幸になって、国が永続成立するはずがないのだ。
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Apr 20, 2017 08:17:38 AM
コメント(0)
|
コメントを書く
もっと見る