[1]前半『RaiN』
間の席には二人の荷物がそれぞれ置かれている。 二人で四人分使用しても出席している学生が11人と始めから少ないので机の数は充分余っていた。 黒板を前にして左、窓側の机の1番後ろに春とサツキは陣取っていた。 春は授業中にも関わらずその頭を腕で覆い、机に頬を付けて寝ていた。一応ノートはあるが筆記用具は出ていない。
しかしそのノートには迷路をなぞったようないびつな線が「...の消費電」という文字から続いていた。 顔は教壇に向いていたが目は完全に閉じられていた。その教室内で覚醒している人口は1/12。 講師だけだった。 正午になり、講師は板書と課題のプリントを残し教室を後にした。 機を見計らうかのように学生9人が目覚め始め、そのほとんどがプリントを手に食堂やコンビニを目差し出ていく。
白紙のノートを鞄にしまい、机に座り、足を椅子に乗せて春は急かす。
授業終了時間が12:10であるから残された時間はもはや5分も無い。 「弁当も売り切れるだろーがー」
「そうと決まれば出発だー!」
急いで板書を書き終え、エレベーターに乗り込んだ春とサツキだったが、駄目元で立ち寄った七階の食堂は完全に満席。さらには地下の売店も入る前から込み合っているのが目に見えていて弁当は売り切れ必至だった。 売れ残りのパンを長い列に並び数分かけて買うのは遠慮したかった。
単に外出と雨天が重なることに一喜一憂する奴だと判断したのだろう。
太陽も陰り、遠くの空に厚い雲が見えた。 傘を持っていない春は少しウザったく思い、調度見えた地下道の入口から駅の下を行くことにした。
駅構内に入らなくても駅の反対に行く方法をサツキは知っていたが目的地が分からないので一応黙って付いていくことにした。
春の後に少し遅れてサツキが階段を昇り切って姿を見せた。
そして、堰を切ったように目の前に水煙が舞い、シンジュクは土砂降りの雨に見舞われた。
春は信じていなかったが移動を封じられた怒りの矛先を雨男に向けた。
「あー」
「お前の犠牲は無駄にはしないぞ……」 そう言って春は傘をさして雨の中に出た。 雨が傘を打つ音で耳が塞がれる。 振り向くとサツキがせっせとレインコートを着込むのが見えた。コンビニでビニール傘を買ってこようという考えを捨てながら春は言葉をかけた。
白というよりも灰色の生地に青の刺繍の入ったレインコートは雲の切れ間に覗く青空を思わせるデザインだった。 フードを被り、膝までコートに覆われたサツキは一見して不審者だった。
「うるさいな……仕方ないだろ! 雨で視界が悪くて道が分かんなくなったんだよ! ……それに5年くらい前の記憶だし……」
春は店の入口で傘を畳みながら、コートを脱いでいるサツキに振り向きながら理不尽な結論を述べた。 しかし、春はサツキの向こう、自動ドアの更に先の異変に気づいた。 「??」
「止んだみたいだね。やっぱり通り雨だったのかも...ぃやーうどんかーラーメンよりうどんの気分だったんだよねー」
それは春には結論付けられなかったが、雨男が雨の降った後に目的に達しようとしていることは確かだと感じた。
「出ろ!晴れたんならラーメン屋を見つけられるかもしれない。」
「降って来た。」
「やっぱりうどんでいいです。」 春は屈服し、自動ドアに引き返した。 「天ぷら♪ 天ぷら~♪」 サツキの機嫌はうなぎ登りだが、その財布の中身は彼の好物の海老天には遠く及ばない。
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