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地獄のナルシサス

2018.10.24
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カテゴリ:ユダヤ民族
13世紀前半、ヨーロッパの相当な部分がタタール人に蹂躙され、キリスト教ヨーロッパが脅威を感じた時、これがとりわけドイツでユダヤ人迫害のきっかけとなったそうです。
タタール人はイスラエルの失われた10支族の子孫だろう。だからユダヤ人がキリスト教のヨーロッパを蹂躙しようとしている。ユダヤ人は彼らの10支族の兄弟と同盟を結んでちょうど彼らがイエスを殺したのと同じようにキリスト教徒を殺そうとしているのだ。という説が広まった。
あるいはユダヤ人ポグロムの扇動者たちによってこの説が故意に言いふらされた。ポグロムを正当化するために。

当時はキリスト教徒の住民の間でも失われた十支族の噂や伝説が広まっていた。

昔ドイツ人がユダヤ教に入りたがり改宗したけどそのドイツ人がキリスト教批判やりだし怒ったドイツ人がそのドイツ人を殺しただけでなくユダヤ人まで殺しだした。

ユダヤ偏見は古代のペルシャにも存在してた。
BC722年のアッシリア捕囚BC586年のバビロン捕囚で捕囚地に連れ去られたユダヤ人が他民族の神を拝まなかったことへの反発があった。
キリスト教成立後、ユダヤ差別はいよいよ深刻になり十字軍異端審問、ペスト禍の時さまざまなデマの犠牲となり拷問にかけられタルムードを焼かれ国を追われ殺された。このころからユダヤ人はゲットーに入れられた。

ユダヤ人は少人数の寄る辺なき寄留民だったしスケープゴートにして財産奪うのにうってつけだった。
狼男はユダヤ人である、、ヘンデルとグレーテルの魔女はユダヤ人であると決めつけた。ペスト菌をばら撒いたのはユダヤ人だとか蒙古襲来のときモンゴルを手招きしたのはユダヤのしわざだとか言い出しユダヤ人は毎度殺された。
https://search.yahoo.co.jp/image/search?ei=UTF-8&rkf=4&p=Judensau&f...豚の乳をのむユダヤ人の像がキリスト教会に掲げられユダヤ人への恐怖を煽った。

ウクライナの反ユダヤ主義ははげしくユダヤ人とウクライナ人は何世紀も一緒に暮らしたが少数派のユダヤ人が上流階級占めたため緊張関係が起こった。ウクライナはロシアやポーランド、ドイツから支配されてきた。
支配民族はすべてこの緊張関係を利用した。

ウクライナ人が反抗してウクライナ国家を要求すると権力者はウクライナ人を巧みに操って彼らの攻撃を他の目標に向かわせた。
ユダヤ人ポグロムに向かわせた。結局ユダヤ人迫害に終わってしまい
ウクライナ人の独立はうやむやで終わらせてしまうのだった。
20世紀になるとユダヤ人の苦難は絶頂に達した。政治的人種差別反セム主義が定着した。

第一次大戦で敗れベルサイユ条約の過酷な条件に苦しむドイツは
不況をユダヤの陰謀だと説きアーリア人種の純血を唱えて国家主義精神に訴えたヒトラーの台頭を許した。
ユダヤ人問題の最終的解決。ナチスはユダヤ民族を根絶するためエーゲ海の島々の1つ1つを回り東欧の星の数ほどあったユダヤ村を1つ1つ叩き壊しシナゴーグにユダヤ人を押し込んで火を放った。

帝政ロシアは民衆の不満が皇帝貴族に向かうのを恐れ、不満の矛先をユダヤ人に向けさせ何百年もポグロムさせてた。ユダヤ人は逃げるか改宗させられるか殺された。
ロシア秘密警察がユダヤ人虐殺を糊塗するためにロシア正教牧師セルゲイ・ニルスに書かせた陰謀論「シオン長老のプロトコル」を全世界にばらまきヒトラーも愛読しユダヤ人弾圧に利用した。
この本が戦前日本でも出版され反ユダヤ思想がばらまかれた。

しかし戦後再度100種類に近い反ユダヤ出版物が不死鳥のようによみがえり日本の出版会を席巻した。
円高不況に悩む日本で反ユダヤ本が何十万部も売れていると聞き
ユダヤ人の間でまたしてもヒトラーの記憶がよみがえった。ユダヤ人たちはおびえた。
エリ・ヴィーゼルが広島を訪れた時
「高潔な日本人よ。あなたがたの手は今まで反ユダヤ主義の血で汚されていなかったのに、なぜ今になって?」憂慮の一文を書いた。
オイルショック以来の日本はアラブに媚びまくり、反ユダヤ主義に拍車をかけた。
アラブの悪口など決して言わずひたすらユダヤを馬鹿にした。
過去十数年に及ぶ日米経済摩擦は、日本をスケープゴートに選んだが
大国アメリカは怖くて叩けず日本は欲求不満のスケープゴートとしてユダヤを選んだ。
これが日本での反ユダヤ本の氾濫になった。

1100年~1300年ころ盛んに行われた儀式殺人告発はしばしばユダヤ人虐殺を招いた。
キリスト教徒の中に妄想があっておかしな迷信をふれまいた。

「ユダヤ人は男でも生理があって定期的に血を失うので血液不足になる。
血液不足を補うためにキリスト教徒の血を呑みたがる。」

キリスト教徒の子供が変死を遂げるたびにユダヤ人の仕業と決めつけ
幼児の聖人を祭りあげ教会は有名になろうとした。

ユダヤ人はキリストの受難を冒涜する儀式を行う。キリスト教徒の幼子をさらってきて磔にし殺害をする。といういわれなき虚偽の告発であった。
ユダヤ人によって殺害されたとみなされた子供は聖人に祭り上げられ遺体は教会に祀られ巡礼地になった。

中世は医療が未発達だったから病人は御利益のある聖人にしばしばすがった。
奇跡をもたらす聖遺物があると聞くとそれを祭る教会に巡礼者が殺到した。
そのため教会同士で聖遺物(聖者の遺体や遺品)の奪い合いが起こり盗人までした。

こういう事件が1165年イギリスで発生しノリッジ修道院の殉教の少年聖者ウイリアムが生まれた。同じような事件が英国から
西欧へ東欧へと飛び火していった。

1928年ニュヨーク州の田舎町で幼女失踪事件が起きた。翌日がユダヤ教徒にとってヨムキプールという贖罪の日であったために反ユダヤ勢力の中に「ユダヤ人がキリスト教徒の血が欲しいためにバーバラを連れ去った」とふれ歩く者が出てきた。

警察がゴールドバーグと言うカトリックの孤児院で育ったユダヤ人に反ユダヤ的偏見に満ちた尋問を行った。
「ユダヤ人は母国において儀式の時キリスト教徒の生き血を使用するのは本当か」
ゴールドバーグはカトリックの知識しかなくて
「ヨーロッパのことは知りませんがアメリカではそういう習慣はありません。」と言ってしまった。この曖昧な返事のために事態は悪くなった。次に


ブレングラスと言うリトワニア出身のユダヤ人が尋問を受けたが彼は即座に否定した。

「世界でもっとも文明の進んだ合衆国の公職者がそのような質問をなさるとは。心外です。人間の血どころか動物の血さえ儀式にささげることはユダヤ教の律法によってかたく禁止されているのです。」
ブレングラスは不正確なことは一切語らず儀式殺人をきっぱり否定した。
このような洞察力のある賢人のユダヤ人が危機から救ってくれたのである。

↓聖ウイリアム殉教図15世紀前半の板絵






最終更新日  2018.10.24 23:43:13
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