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人生朝露

ブルース・リーと東洋の思想  その2。

李小龍(Bruce lee 1940~1973)。
ブルース・リー/李小龍(1940~1973)のつづき。

参照:ブルース・リーと東洋の思想。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5180/

今日も『燃えよドラゴン/Enter the Dragon(1973)』から。
“Fighting without fighting”。
Parsons: What's your style?(お前の流派は何だ?)
Lee: My style? You can call it the art of fighting without fighting.(流派?そうだな、“fighting without fighting”とでも呼んでくれ。)
Parsons: The art of fighting without fighting? Show me some of it.(“fighting without fighting”?ちょっと見せてみろよ。)
Lee: Later.(後でな)
Lee: Don't you think we need more room?(ここじゃ狭すぎると思わないか?)
Parsons: Where else?(どこでやるんだ?)
Lee: That island, on the beach. We can take this boat.(あそこに島がある。この小舟で砂浜まで行こう。)

参照:The Art Of Fighting Without Fighting
http://www.youtube.com/watch?v=o_Ycw0d_Uow

実はこのシーンは日本のお話をベースにしています。

塚原卜伝「無手勝流」。
≪剣豪・塚原卜伝(つかはらぼくでん)が渡し船に乗っていたときのこと。乗り合わせた者の中に自らの武芸を鼻にかけている武者がいた。武者は卜伝の姿を一瞥してかなりの使い手だと思い、勝負を挑んできた。卜伝はのらりくらりと挑発をかわしていたが、武者は引き下がらない。そこで卜伝は「あいにくこの舟では手狭じゃ。あの中洲はどうだろう」という。武者はそれに応じ、舟は中洲にたどり着いた。焦る武者が中洲の岸に飛び降りた途端。、卜伝は竿を突いて舟を出させた。「卑怯者、勝負せよ!」と声を荒げる武者に向かって卜伝は言った「戦わずして勝つ。これがわしの無手勝流(むてかつりゅう)じゃ。」≫

参照:Wikipedia 塚原卜伝
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%9A%E5%8E%9F%E5%8D%9C%E4%BC%9D

「五百年来無双の英雄」とも呼ばれる塚原卜伝の「無手勝流」の逸話です。(Wikipediaでは『甲陽軍鑑』が出典としていますが、私が読んだ限り、品四十あたりに塚原卜伝についての記述はあるものの、このお話は載っていません。落語の「岸柳島」にもよく似ているので、江戸の頃に落語や講談で人口に膾炙したお話だと思われます。)

参照:志ん生 岸柳島
http://www.youtube.com/watch?v=2hWzyVyyKv8

「戦わずして勝つ」と読むと、孫子の兵法を元にしたお話に読めます。

孫子(Sunzi  B.C.544-496)。
『孫子曰「凡用兵之法、全國為上、破國次之。全旅為上、破旅次之。全卒為上、破卒次之。全伍為上、破伍次之。是故百戰百勝、非善之善者也。不戰而屈人之兵、善之善者也。」(『孫子兵法』謀攻篇)』
→孫子いわく「凡そ兵を用いる法において、国を全うするを上とし、国を破ることを次とする。軍を全うするのを上とし、軍を破ることを次とする。兵卒を全うすることを上とし、兵卒を破ることを次とする。隊を全うすることを上とし、隊を破ることを次とする。これ故百戦百勝するは、善ならざる善であり、戦わずして相手の兵を屈せしめることは善の善(最上の勝利)と言える。」」

これと、エシディシも知っている「兵は詭道なり!」。
「兵は詭道なり!」
『兵者、詭道也。故能而示之不能、用而示之不用、近而示之遠、遠而示之近。利而誘之、亂而取之、實而備之、強而避之、怒而撓之、卑而驕之、佚而勞之、親而離之。攻其無備、出其不意、此兵家之勝、不可先傳也。』(『孫子兵法』始計篇)
→兵とは詭道(騙しあい)である。ゆえに、できることをできないように見せかけ、使えることを使えないように見せかけ、近くのものは遠くに、遠くのものは近くにあるようにする。利によって誘い、混乱によって奪い、実によって備え、強いよって避け、相手を怒らせては乱し、へりくだっては増長させ、簡単そうに見せかけて相手を疲弊させ、親しげに見せかけて相手を離反させる。相手の備えのない場所を攻め、その不意を突く。兵家の勝利の秘訣ではあるが、これはまず最初に伝授すべきものではない。

『孫子』の初歩的な言葉を使っている、ように見えて、これ『老子』でも読めます。
老子(Laozi)。
『以正治國、以奇用兵、以無事取天下。吾何以知其然哉?以此、天下多忌諱、而民彌貧。民多利器、國家滋昏。人多伎巧、奇物滋起。法令滋彰、盜賊多有。』(『老子』第五十七章)
→正道を以て国を治め、奇計を以て兵を用い、無事を以て天下を取る。何故私はそう考えるのだろうか?天下に禁令が増えるたび、民はいよいよ貧しくなる。民に便利な道具が増えるたび、国家はますます暗くなる。人が技巧を凝らすたび、奇妙なものがわらわら増えてゆき、法令が細かくなるたびに、盗賊がいよいよはびこりだす。

『善為士者、不武。善戰者、不怒。善勝敵者、不與。善用人者、為之下。是謂不爭之徳、是謂用人之力、是謂配天古之極。』(『老子』第六十八章)
→優れた士は武力を用いない。戦上手は怒ることがない。善く敵に勝つ者は、敵と争わない。よく人を用いる者は、自らを下手に置くものだ。これを「不争の徳」といい、これを「人用の力」といい、これを「天に配される古の極み」という。

『勇於敢則殺、勇於不敢則活。此兩者、或利或害。天之所惡、孰知其故?是以聖人猶難之。天之道、不爭而善勝、不言而善應、不召而自來、繟然而善謀。天網恢恢、踈而不失。』(『老子』第七十三章)
→あえて勇たろうとすれば死、敢えて勇たるまいとすれば活。この両者は、一方は利であり、一方は害である。それは天の憎むところであるが、それを知る者がいるのだろうか、いないのだろうか。聖人ですら勇を以て事を為すことを難しいとしている。天の道は、争うことなく勝利をおさめ、何も語ることなく世界に応じる。天の道は招かれることもなく自ずからやって来て、ゆったりとしていながら、よく謀られている。天を巡らす編み目は粗いようでいて、なんら漏らすことがない。

・・・『老子』で言うと「奇を以て兵を用いる」と「不争の徳」。
兵家の『孫子』と道家の『老子』というのは、一致する箇所が驚くほど多いです。

孫子(Sunzi  B.C.544-496)。
『兵者、國之大事、死生之地、存亡之道、不可不察也。』
→兵は国の大事、死生の地、存亡の道、察すべからざるなり。
『故經之以五事、校之以計、而索其情、一曰道、二曰天、三曰地、四曰將、五曰法。』(『孫子兵法』始計篇)
→故にこれをはかるに五事を以ってし、これをくらぶるに計を以ってして、その情をそとむ。一にいわく道、二にいわく天、三にいわく地、四にいわく将、五にいわく法。

老子(Laozi)。
『夫佳兵者、不祥之器、物或惡之、故有道者不處。』(『老子』第三十一章)
→佳き兵は不祥の器であり皆これを憎むものである。故に有道者はその道を避ける。 
『人法地、地法天、天法道、道法自然。』(『老子』第二十五章)
→人は地に法(のっと)り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る。

・・・『老子』と『孫子』は共に、形而上学を含めた中国の思想の根源から端を発した書物であり、その仲立ちとして水の存在があります。

参照:荘子と太一と伊勢神宮。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5176/

「如水」の由来と諸子百家。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5179/

特に注目したいのはココ。

孫子(Sunzi  B.C.544-496)。
『故曰「知彼知己、百戰不殆。不知彼而知己、一勝一負。不知彼、不知己、每戰必敗。』(『孫子兵法』謀攻篇)
→故に曰く「彼を知り己を知れば、百戦して危ぶむことはない。彼を知らず己を知れば、一勝して一敗する。彼を知らず、己を知らなければ、戦うたびに必ず敗れる。

老子(Laozi)。
『知人者智、自知者明。勝人者有力、自勝者強。知足者富。強行者有志。不失其所者久。死而不亡者壽。』(『老子』第三十三章)
→人を知るものは智。自らを知るものは明。力が有る者は人に勝つが、自らを知る者は真の強者である。足を知る者は富み、勤めて行う者に志はあり、道を失わないものは悠久であり、肉体は亡んでもその存在は永遠である。

荘子 Zhuangzi。
『古之行身者、不以辯飾知、不以知窮天下、不以知窮徳、危然處其所而反其性、己又何為哉。道固不小行、徳固不小識。小識傷徳、小行傷道。故曰「正己而已矣。」』(『荘子』繕性 第十六)
→古の身を保つ人は、弁舌で知を飾ったり、知識で世界の有様や、人の心を探ろうとはしなかった。ただひたすらじっとして人間の本性に立ち返ろうとしたものだ。他に何をする必要があるだろう?道はもともとちまちまとしたものではないし、徳はもともとこまごまとした理屈ではない。小さな知識は徳を傷つけ、小さな行いは道を傷つける。故に昔からこう言うのだ「何をするにしても、まず自らを正すのみだ」と。

李 小龍(Bruce Lee 1940~1973)。
“All types of knowledge, ultimately mean self knowledge.(Bruce Lee)”
→どのようなタイプのものであれ、全ての知識は究極的には「己を知ること」を意味する。

Kung fu panda 2 。
『カンフー・パンダ』はここを外さない。

参照:Kung Fu Panda 2 - Story of Po's Childhood
http://www.youtube.com/watch?v=RqjIkkwMlnw

今日はこの辺で。


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