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人生朝露

人生朝露

『淮南子』と『日本書紀』 ~天地開闢~。

今日も、『淮南子(えなんじ)』を。

『淮南子』。
前漢の武帝のころに、淮南王・劉安が食客を招聘してその思想を収集編纂した書物で、おおよそ紀元前140年ごろに成立したとされています。思想・哲学・地理・天文・兵法・説話集等々、幅広い記述がありまして、「雑家」に分類されます。儒家の記述と比較しても圧倒的に道家思想によって展開されており、荘子の故郷・安徽省で書かれたものですので、地理的にも時間的にも、道家思想のその後を見るうえで興味深い書物です。

『淮南子』。
『有有者、言萬物摻落、根莖枝葉、青蔥苓蘢、萑蔰玄煌、蠉飛蠕動、蚑行噲息、可切循把握而有數量。有無者、視之不見其形、聽之不聞其聲、捫之不可得也、望之不可極也、儲與扈冶、浩浩瀚瀚、不可隱儀揆度而通光耀者。有未始有有無者、包裹天地、陶冶萬物、大通混冥、深閎廣大、不可為外、析毫剖芒、不可為內、無環堵之宇而生有無之根。有未始有夫未始有有無者、天地未剖、陰陽未判、四時未分、萬物未生、汪然平靜、寂然清澄、莫見其形、若光燿之間於無有、退而自失也、曰「予能有無、而未能無無也。及其為無無、至妙何從及此哉。』(『淮南子』俶真訓)
→「有」とは、万物が入り乱れ、根から枝葉まで生い茂り、まばゆいほどの花々が咲き誇り、虫たちは生き生きと飛び回り、息を弾ませながら歩くことなど、数量を切り取ったり、手にとって確かめることのできることをいう。「無」とは、目を凝らしても何も見えず、耳を澄ましても何も聴こえず、掴み取ろうとしても得ることがなく、考えてみても極まることがなく、もやもやとしていながら深く広く行き渡っていて、それを推し量ることもできないが、その輝きをもって通じている。「無の無」とは、天と地を包み、万物を育て、深く混沌とした闇の中にあり、果てしなく深く、広大なため、何者も外に出られず、毛を割いたりや刃先を割るようでもあって、その内に入ることもできない。小さな空間であるにもかかわらず、「有」と「無」の根源を生じさせる。「無の無の無」とは、天地に未だ形がなく、陰陽の氣も生まれず、春夏秋冬の季節の巡りもなく、万物も生まれておらず、静かにたたずんで、ひっそりとした清らかさがあり、その形は見えない。

『淮南子』。
『天墜未形、馮馮翼翼、洞洞濁濁、故曰太昭。道始生虚廓、虚廓生宇宙、宇宙生氣。氣有涯垠、清陽者薄靡而為天、重濁者凝滯而為地。清妙之合專易、重濁之凝竭難、故天先成而地後定。天地之襲精為陰陽、陰陽之專精為四時、四時之散精為萬物。積陽之熱氣生火、火氣之精者為日。積陰之寒氣為水、水氣之精者為月。日月之淫為精者為星辰、天受日月星辰、地受水潦塵埃。』(『淮南子』 天文訓)
→天地が未だ形とならない時、なにものかが、馮馮翼翼、洞洞濁濁として漂っていた。これを太始と名づけよう。太始は虚の空間を生じ、そこから宇宙が生まれ、宇宙が気を生ぜしめた。いつからか気は清陽なものと、重濁のものとのに分かたれていき、清陽の気は天となって薄く広がり、重濁の気は地へと固まっていった。清陽の気は形を変えながらまとまりやすく、重濁は容易には固まり難い。故に、先に天が形成され、後に地が定まった。天地の襲精は陰陽となり、陰陽のはたらきが互いに作用しだすと四季になり、四季のはたらきが万物を生み出した。積陽の気の熱が火を生じ、火気の精が太陽を生み出した。積陰の寒気は水を生じ、水気の精が月を生み出した。月日のはたらきからあふれ出た精が星々となった。かくて天は日月星辰を、地は水と塵埃を受け持つこととなった。

参照:中国哲学書電子化計画 淮南子
http://ctext.org/huainanzi/zh

天地の始まり。 地の固まり。
「この世界はいかにして始まったのか」という人類共通の命題のうち、「天地の始まり」についての『淮南子』の記述ですが、これが八百年以上の後に、海を渡って『日本書紀』の最初のことばとなります。

『日本書紀』。
古天地未剖、陰陽不分、渾沌如鶏子、溟滓而含牙。及其清陽者、薄靡而爲天、重濁者、淹滯而爲地、精妙之合搏易、重濁之凝竭難。故天先成而地後定。然後、神聖生其中焉。故曰、開闢之初、洲壞浮漂、譬猶游魚之浮水上也。于時、天地之中生一物。狀如葦牙。便化爲神。號國常立尊。次國狹槌尊。次豐斟渟尊。凡三神矣。乾道獨化。所以、成此純男。』(『日本書紀』巻第一 神代上)
→古の時、天と地は未だ分かれず、陰陽も分かれず、混沌として鶏の卵のようでありながら、ほのかに兆しが含まれていた。清陽なものはたなびいて天となり、重濁なものはとどまって地となった。精妙な集まりは群がりやすく、重濁な集まりは固まりにくいので、天がまず定まり、後に地が定まった。しかる後に神聖なるものがその中に生まれた。故に、「開闢の始まりは、土地の浮かれ漂うことは、たとえるなら、游魚が水の上を浮かんでいるようだ」と言われる。このとき天地の間に一つのものが生まれた。その様子は葦の芽が吹きだすようであり、すぐに神となられた。國常立尊(クニノトコタチノミコト)と言う。次に國狹槌尊(クニノサツチノミコト)。次に豐斟渟尊(トヨクムヌノミコト)。すべてで三柱の神、乾のみで生まれたので、純粋な男の神となられた。

これでは「渾沌如鶏子、溟滓而含牙」という部分が抜けますね。

この空白部分は、三国志の時代の最後の頃、呉の国の徐整(じょせい)が記したとされる『三五歴記』から。

盤古(Pangu)。
『《三五歷記》曰:未有天地之時、混沌狀如雞子、溟滓始牙、濛鴻滋萌、歲在攝提、元氣肇始。又曰、清輕者上為天、濁重者下為地、沖和氣者為人。故天地含精、萬物化生。』(『太平御覧』 天部一 元氣)
→『三五歷記』にいわく、天地がまだ存在しなかったとき、混沌は鶏の卵のようであり、ぼんやりと兆しが始まっており、...。

その後の、清いものが上に、濁ったものが下にとかも『日本書紀』と一致します。
後に道教で「盤古真人」や「元始天尊」とされる「盤古(ばんこ・Pangu)」の神話です。

以上をまとめると、こうなります。
『淮南子』『三五歴紀』と『日本書紀』冒頭の天地開闢。
『日本書紀』における「天地開闢の神話」なるものは、『淮南子』と『三五歴紀』のコピペで済みます。

ただし、『三五歴紀』の原文は散逸しておりまして、現在は他の書物の孫引きから推測するしかありません。唐の時代の始めに、欧陽詢が編纂したとされる、『芸文類聚』(げいもんるいじゅう)の天部上の『三五歴紀』の引用にはこうあります。

盤古(Pangu)。
『《徐整三五曆紀》曰:天地混沌如雞子、盤古生其中、萬八千歲、天地開闢、陽清為天、陰濁為地、盤古在其中、一日九變、神於天、聖於地、天日高一丈、地日厚一丈、盤古日長一丈、如此萬八千歲、天數極高、地數極深、盤古極長、後乃有三皇、數起於一、立於三、成於五、盛於七、處於九、故天去地九萬里。』(『藝文類聚』巻一 天部上 天)
→徐整の三五曆紀によると、天地が混沌として卵のようであったころ、その卵から盤古が生まれた。一万八千年経つと、天地が開闢し、陽清は天となり、陰濁は地となった。盤古はその中にあり、一日に九度変化して、天において神、地において聖として、天では一日一丈高くなり、地では一日一丈厚くなった。それから一万八千年経つと、天は極めて高くなり、地は極めて深くなり、盤古は極めて巨大となり、後に三皇が生まれた。一にして数え始め、三にして立ち、五にして成り、七にして盛んになり、九にして定まる。それ故に、天と地は九万里の開きが生じた。

・・・これには、はっきりと天地開闢とありまして、『日本書紀』での最初の神々の記述にも相応しています。また、『淮南子』にも、『古未天地之時、惟像無形、窈窈冥冥、芒芠漠閔、澒蒙鴻洞、莫知其門。有二神混生、經天營地』として「混生した二つの神」のことが書かれていますが、これら以降のことについてはいずれ。

参照:Wikipedia 盤古
http://zh.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%98%E5%8F%A4

中国哲学書電子化計画 芸文類聚
http://ctext.org/yiwen-leiju/zh

ちなみに、「天地の始まり以前」について、紀元前の『荘子』にはこうあります。

荘子 Zhuangzi。
『冉求問於仲尼曰「未有天地可知邪?」仲尼曰「可。古猶今也。」冉求失問而退、明日復見、曰「昔者吾問『未有天地可知乎』夫子曰『可。古猶今也。』昔者吾昭然、今日吾昧然、敢問何謂也?」仲尼曰「昔之昭然也、神者先受之。今之昧然也,且又為不神者求邪?無古無今、無始無終。未有子孫而有子孫、可乎?」冉求未對。仲尼曰「已矣、末應矣。不以生生死、不以死死生。死生有待邪?皆有所一體。有先天地生者物邪、物物者非物。物出不得先物也、猶其有物也。猶其有物也、無已。聖人之愛人也終無已者、亦乃取於是者也。」(『荘子』知北遊 第二十二)
→冉求が仲尼に質問した。「天地が始まる前のことを知ることはできるのでしょうか?」仲尼曰く「できるとも。今も昔も同じだ。」冉求はそれ以上の疑問もなく退いたが、翌日、再び質問して曰く「昨日私が『天地が始まる前のことを知ることはできるのでしょうか?』と質問すると先生は『できるとも。今も昔も同じだ。』とおっしゃいました。あの時、私は分かったようなつもりでいましたが、今日再び考えてみると、何が何だかわからなくなっています。あえてお尋ねします。私はどうしてそうなってしまうのでしょうか?」仲尼曰く「昨日理解したと思えたのは、新明で私の言葉を受け入れたからだ。今日わけがわからなったのは、思い込みで考えているからだ。天地に古いもなければ新しいもなく、始まりもなければ終わりもない。お前は未だ子供もいないうちに、子孫がいるとして、その子孫のことを考えたりできるのかね?」冉求が答えられないでいると仲尼曰く「止めておけ、答えずともよい。生から死を生として見てはならぬ。死から生を死と見てはならぬ。生も死も交互にあるとするのではなく、生も死も一体となるところがあるのだ。天地の始まりに先立つものとは物であろうか?いや、物を物たらしめているのは物ではない。物に先立つ物から物は生じないのだ。すでに物があるならば、物は物を生じて無限に生成する。聖人は人々に無限の愛で接するが、それは、このようなものにならっているのだ。」

今日分かって、明日分からなくなるもの。

今日はこの辺で。


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