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耳(ミミ)とチャッピの布団

加藤保男さんのこと

私は縁あって若い頃バンコク市内のホテルで7年間働いていました。
このホテルは老朽化して今は存在しませんが、社長が日本人ということもあり、当時日本人ビジネスマンが多く利用していたホテルでした。
日本の報道機関関係者も大勢、家代わりに長期宿泊していましたが、NHKはホテル内に支局を持っていました。
加藤保男さんは当時著名なクライマーで、チョモランマ登山をNHKがバックアップすることがあり、その関係で私が働いていたホテルに宿泊されていたのです。
当時はヒマラヤ登山するのにタイ経由でネパールに入る方も多く、加藤さんも同じ理由で来られてたのだと思います。
私も学生時代は北アルプスや地元の大峰山系で遊んでいたので、クライマーの情報などは雑誌「岩と雪(今は英語名になっています)」などで仕入れてました。
初めて加藤保男さんの名前を知ったのは、お兄さんがリーダーとなって登攀成功したグランドジョラス北壁中央クーロワールの冬季直登(初登)だったと思います。
当時の登山界では、まだまだ欧州勢がトップであり、ヨセミテのクライマーでさえ、それ程詳しく紹介されることは少なかったのに、そこに突然のように日本人クライマーがとてつもない記録を残したので強烈に印象に残っています。
当時の加藤保男さんは、まだメンバーの一員程度で、お兄さんや女性クライマーの今井通子さんの方が有名になりました。
その後、加藤保男さんはチョモランマで、秋季、中国側、冬季と三度の登頂をはたされています。
私が会った加藤さんは、背が高く細くて、服を着ていると一見華奢にも見えましたが、手が大きくて、指が長かったのを記憶しています。
最後にタイでお会いした時は、既に一般にも有名になっていて、ファンの女性が4~5人、日本から追いかけてこられていました。
話してみても、静かでとても好青年の印象があります。
加藤さんは私がタイから帰国した後、3度目のチョモランマ登頂をはたされましたが、帰路で遭難死されました。
たしか1982年のことだったと思います。
長い海外生活の中で印象に残る方の一人でした。


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