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テーマ:猫のいる生活(136002)
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現在、「日本の」アイヌの人口は全く不明です。
長年にわたって迫害を受けてきたため、血筋を明かすのをためらったのと、一般の日本人との婚姻が多くなって紛れ込んでしまったからです。 2006年、北海道内で調査に応じた者のみで23,782人でした。 ここで「日本の」とあえて断わったのは、アイヌは北海道を中心とした日本にだけ住んでいるワケではないからです。 1855年に取り交わされた日露和親条約での国境線決定により、一部がロシア国民となったからです。 次いで大和民族で、大和民族とアイヌ人の共通性は約30%程度です。 同じ日本人でありながら、私はアイヌの文化と云うものを全く知りません。 アイヌの人々はひどい差別の中で生きてきたので、ことさらにアイヌ文化を隠そうとしたのですね。 あるアイヌの人の言葉「民族としてのアイヌはすでに滅びたと言ってよく、厳密にいうならば彼らはもはやアイヌではなく、せいぜいアイヌ系日本人とでも称すべきもの」 なんか悲しいですね。 しかし都会に住んでいるアイヌの人たちは独自文化こそ廃れてしまいましたが差別なんて無いと云ってるし、どっちが幸せなのか... アイヌの文化の紹介がひろく行き渡らないのは、アイヌ語には文字がないからかもしれません。 アイヌ語はかつて北海道、樺太、千島列島で暮らしていたアイヌ民族の言語であり、口承で受け継がれていた言語のため文書として残っている記録がほとんどないのです。 2007年の調査・推定では、当時生存していたアイヌの中で、アイヌ語を流暢に話せる母語話者は10人しかいなかったそうです。 アイヌ語を母語とする人は、千島列島では既に消滅し、樺太でもおそらく消滅していて、残る北海道の母語話者も平均年齢が既に80歳を越えているそうです。 このためアイヌ語は、2009年、ユネスコにより「危機に瀕する言語」として、最高ランクの「極めて深刻」の区分に分類され、数年後には母語話者が消滅すると推察されているのです。 下の画像にある「古釜布(ふるかまっぷ)」はアイヌ語で「丘の上にあるもの」を指します。 国立国語研究所のアンナ・ブガエワ特任准教授と千葉大の中川裕教授らのグループが、ネット上でアイヌ語で民話を読み上げてくれるサイト「アイヌ語口承文芸コーパス」をオープンさせました。 「アイヌ語口承文芸コーパス」のサイト メニューから作品名(全10編)を選択。 センテンスごとに番号が振られているので、番号の下のスピーカーのマークをクリックすることでその音声を聞くことができます。 この音声は、かつて北海道でアイヌ民話を語り継いでいた沙流川流域出身の木村きみさん(1900年~1988年)のアイヌ語沙流方言だそうです。 アイヌ語には文字がないため、聞き取ったことばはカタカナとローマ字で表記され、そこに日本語と英語の訳と単語ごとの詳細な解説がつけられています。 アイヌの風俗を描いた図版は18世紀~19世紀にかけて多く出されています。 残念ながら、その多くは散逸して多くはアメリカのウィスコンシン大学が所蔵している約40冊の本のコレクションに見られます。 日本人によるアイヌ民族の18世紀~19世紀の最も初期の描写を描いています。 先ずはカラフト探検で有名な間宮林蔵の「北蝦夷図説」から。 お次は新井白石の「蝦夷志(えぞし)」から。 蝦夷志は、日本最初の本格的な蝦夷地の地誌で、後の蝦夷地研究の先駆をなしたものです。 新井白石が 享保5年(1720年)に松前藩の情報や内外の諸書を参考にして作成しました。 この写本の巻末には十余枚の貴重な彩色アイヌ風俗画が付けられています。 画家は不明ですが、アイヌの衣服など絵画が細密に描かれており、当時のアイヌの風俗を知るうえで重要な文献になっています。 松浦武四郎は幕末から明治にかけての探検家で浮世絵師です。 「北海道」という名前を考案したのはこの人です。 次に近藤重蔵の著した作品から。 近藤重蔵は間宮林蔵、平山行蔵と共に“文政の三蔵”と呼ばれていました。 村上島之丞は江戸幕府の役人で寛政10年(1798年)から数回にわたり蝦夷地探索の一員として、北海道、国後、択捉を踏査しました。 間宮林蔵は村上島之丞の門弟の一人です。 こちらの本は東京国立博物館に現存しています(非公開)。 アイヌの酋長を描いた図。 「夷名イコリカヤニ肖像ナリ。酋長(ヲトナ)トキイ三男」と明記され、有名なクナシリアイヌの酋長イコリカヤニの肖像であるとしています。 酒造りの様子を描いた図です。 シントコ(行器)に満たされた酒を女が手桶に入れようとしているところです。 中之島公園の猫たち-SAVE THE CATS IN NAKANOSHIMA PARK-」 整備工事で閉鎖になった大阪の中之島公園。そこに暮らしてた約70匹の子供たち。 心あるボランティアのご尽力で「猫の部屋」と呼ばれる仮住まいを得ることができました。 すこしずつ里親さまも決まってきてますが、まだまだ多くの子供たちが良いご縁を心待ちにしています。 なを「中之島公園の猫たち」では恐縮ですが現金によるご支援は一切お断りしております。 「公園ねこ適正管理推進サポーター制度」が実施されています。 そちらのリンクもありますので、大阪市在住の方はぜひ見てください。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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