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テーマ:猫のいる生活(145825)
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ベトナム戦争は1955年に共産主義の北ベトナムと、資本主義の南ベトナムとの間で対立が激化し、開戦された戦争です。
それから南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン)が陥落し、北ベトナムの勝利で終結するまで実に20年。 このベトナム戦争真っ最中に私はベトナムとラオスを挟んだタイのバンコクに赴任してました。 ベトナム戦争終結のニュースを聞いたのもバンコクでです。 赴任時はベトナム上空を飛べなかったので、ベトナム沖を迂回飛行せねばならず、今より1時間くらいフライト時間が長かった。 ![]() ![]() 社会党や労働組合を中心に大規模な反戦デモがアメリカ大使館周辺などで展開されたり、「ベ平連」などの戦争反対市民団体が組織されたりしましたが、それでも沖縄以外の地域ではそれほど市民が大きく関心をもってたように感じられません。 ひとつには60年代後半から過激になった新左翼や極左暴力集団が主体となった反戦運動に市民は冷ややかな目でみてたためだと思います。 それよりアメリカ軍に必要な物資を日本が製造・供給した「ベトナム特需」で日本の高度経済成長を力強く後押したことの方がインパクトがあった。 一般市民の関心度合いで云えば、今のアメリカ・イラン紛争の方がホルムズ海峡封鎖にともなう物価高騰でこっちの方が高かいのぢゃないですかね。 実際、私も初めてバンコクに赴任するまで、ベトナム戦争の知識なんて皆無に近かったです。 ![]() 1954年にディエンビエンフーの戦いでベトミン軍がフランス軍を撃破。 この敗北によりフランスはインドシナから撤退し、ベトナムは北緯17度線で南北に分断されることになりました。 その後、フランスの撤退によって生じた「力の空白」を埋める形で、アメリカが反共産主義の防波堤として南ベトナムへの支援を強化し、これがベトナム戦争へと発展していきます。 ![]() それは西側諸国と、ソ連を盟主とする共産主義・社会主義陣営との間で世界を2分した対立「東西冷戦」が原因だったのですね。 つまり朝鮮戦争と同レベルの代理戦争がベトナムで行われたのです。 このころのアメリカは「自由主義陣営の盟主」として国際秩序の番人を務めてた時期だったのです。 トランプの行動を見ても分かる通り、アメリカ人は自分たちがなんでも世界No.1と今でも思い込んでるのです。 ![]() それなのにアメリカは1973年になってベトナムから撤退。 2年後には南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン)が陥落し、北ベトナムの勝利でベトナム戦争が終結してしまいました。 米軍の撤退時は「アフガン戦争」から2021年に撤退した騒動どころの話では有りませんでした。 ![]() 北ベトナム軍の進軍が迫る中、アメリカ軍はサイゴンのアメリカ大使館などから大規模な緊急ヘリコプター輸送作戦を決行しました。 これに殺到したベトナム群衆により極限状態に陥ったのですね。 さらに空母甲板に着陸するヘリがあふれかえり、着陸スペースを確保するために数百万ドルの価値があるヘリコプターを次々と海に投棄せざるを得ない事態にまで発展しました。 また、ボートや民間船でサイゴン川から脱出を試みる人々も後を絶ちませんでした。 定員オーバーで脱出できなかった南ベトナムの軍人やアメリカの協力者たちは、その後共産主義体制となったベトナムで厳しい収容所送りになったのです。 ![]() ![]() ![]() 28日、最後の南ベトナム大統領ミン将軍の就任式が行われました。 北ベトナムとの和解をとなえるミン将軍就任は、サイゴン総攻撃を避けられるかもしれないと云う南ベトナム側の甘い観測がありました。 しかし、その期待は就任式からわずか30分後に打ち破られます。 解放勢力は空軍力を使ってサイゴンの空港を爆撃。 そして29日、解放勢力はサイゴンに対して本格的な攻撃を開始したのです。 これで日本大使館から避難命令が出て、特派員を含む全日本人が緊急避難をしようとしたのですが、空港は爆撃で飛べない状態。 それで折り返して、サイゴン港から船で脱出をはかったのですが、どの船も超満員でとても乗船スペースがない。 そうした状態を見て特派員たちはサイゴン脱出を諦めざるを得なかったのです。 こうして、いみじくも解放勢力によるサイゴン掌握をスクープできたのですね。 ![]() 大義名分のない戦争への批判から国内世論が分裂したこと。 そしてホー・チ・ミン率いる北ベトナム軍・解放戦線の祖国統一に向けた強い意志と粘り強さが大きな原因です。 ベトナムにとっては独立のための正義の戦争でした。 ホー・チ・ミン国家主席も「独立と自由よりも尊いものはない」と語ってます。 だから世界から支援を受け、ベトナムの国民も正義の戦争を応援してたのです。 ![]() これによって中国が直接ベトナム和平に乗り出すことになり、1973年のパリ協定でアメリカをベトナムから追い出すことに成功したのです。 ベトナム戦争終結後の51年間、国際情勢は大きく変わっています。 それに対して、国際情勢をよく把握して、最も適切な外交を展開するのがベトナムの強みです。 ベトナム戦争後、ベトナムは他国とは連携しない自主独立の方針を掲げました。 米中ロ3ヶ国に均等な利益をもたらすようにし、バランスを取ってきたのですね。 ベトナム国防省は2019年「ベトナムに軍事拠点を置くことを認めない」「武力による解決を許さない」「敵対する勢力のどちら側にもつかない」「軍事同盟に参加しない」という方針を明らかにしました。 こうしてベトナムと云う国は難しい国際社会を渡り歩いてるのですね。 ベトナム人を甘くみてはいけません。 彼らはしたたかな民族なんです。 ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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