北上市からの逆襲
日本の電子・半導体技術は1980年代後半~1990年代にかけて世界シェア1位の絶頂期を迎えた後、1990年代以降に急激に衰退しました。その転換点となったのは1986年に日米半導体協定が締結され、アメリカの圧力により市場が縮小し始めたとこから始まります。さらにバブル崩壊で設備投資能力が低下し、同時に韓国や台湾など海外メーカーの急速な台頭が起こってきたのですね。さらに日本企業は設計から製造まで自社生産に固守し、受託製造のトレンドに対応できなかったのと、デジタル産業の要になるPCやスマホ向け製品の波に乗り遅れたのが衰退原因です。そこには大企業の一部門としての半導体事業が、巨額の投資が必要な局面で迅速な決断を難しくしたのが大きな要因になったのですね。今や半導体の最重要部品で電源を切っても記憶が消えないNANDフラッシュメモリの世界シェアはSamsung (サムスン)とSK Hynix(SKハイニックス)と云う韓国企業が50%以上を占めて、どうどう1位、2位を独占してます。NAND型フラッシュメモリは1980年代に東芝の工学博士"舛岡富士雄"が発明したものです。ところが東芝は2016年(平成28年)にグループの原子力企業ウェスチングハウスが買収した原子力サービス会社ストーン&ウェブスターの資産価値が想定を大きく下回ったため、巨額の損失額を計上せざるを得なくなったのですね。それで債務超過になる東芝は増資でこれを免れようとしたのですが、前年に発覚した粉飾決算の影響で東京証券取引所と名古屋証券取引所から「特設注意市場銘柄」に指定されていたため、増資による債務超過解消は不可能になりました。つまり並外れた技術力をもつ優良企業が経営陣の怠慢と判断ミスでみすみす存続の危機さえ招いてしまったのです。そのため「経営の柱」と位置付けたはずの半導体メモリ事業を債務超過解消のために、2017年(平成29年)に株式譲渡と云う形で別会社として設立させました。そうして紆余曲折を経て東芝メモリを設立。それが現在の「キオクシア(KIOXIA)」です。2024年、キオクシアホールディングスが東京証券取引所プライム市場に株式を上場。さらに今年4月日経平均株価の定期見直しにより、構成銘柄に採用されるに至ったのです。先日、このブログで巨大AI産業と云うタイトルのもと、AI企業のすさまじい規模拡大でメモリが市場から極端に枯渇していると延べました。Google やMicrosoft などAIデーターセンターを運営する巨大企業がNANDフラッシュメモリを来年度、再来年度の生産枠まで前払いで押さえようとしているのです。その押さえようとしているメモリの生産拠点は韓国ではありません。なんと岩手県北上市にある日本企業のです。それはキオクシア北上工場です。もともと世界で先駆けてNANDフラッシュメモリを開発・製品化した東芝が、初めて量産を開始したのは岩手東芝エレクトロニクスで、約四半世紀の時を経て、NANDフラッシュメモリの量産拠点が岩手に戻ることになったのです。北上市の人口はたった9万人です。この小さな町に7,290億円が投じられました。ナゼこんな小さな町に巨額の投資がおこなわれたかと云うと、NANDフラッシュメモリの製造には微細な回路を洗浄するために極めて純度の高い水を大量に消費します。「超純水」と呼ばれる不純物を限りなく「0」に近づけた水です。東北地方の水は、この超純水の製造に理想的な性質を持ってるのです。そして半導体工場は振動を極端に嫌います。この点、北上市の地質は安定しており、工場に地震吸収構造を組み込みやすい。それに加えて東北電力の送電インフラが整備されており、膨大な電力を必要とする半導体工場の要求に答えてます。さらに北上市から車で1時間ほどの仙台市には東北大学があります。東北大学は日本初の「国際卓越研究大学」に選ばれた圧倒的な研究力と、世界最高水準の材料科学・スピントロニクス技術を持つ総合大学で、5回連続で日本大学ランキング1位を獲得した学校です。この大学との連携は技術者の採用と育成に直結するのですね。すでに地域経済にも変化をもたらし、キオクシア北上工場での雇用人数は3,000人規模に拡大してます。この工場建設に要した費用が7,290億円。これに対し政府は2,429億円の補助金を拠出してます。国のサプライチェーン強靭化支援認定事業でTSMC熊本に次ぐ規模の支援規模です。これはAIの学習データを格納するNANDフラッシュメモリは、経済安全保障上もっとも重要な物資と位置づけてるからなんですね。そして詳細は省きますが、キオクシアは韓国はおろか世界中のメモリメーカーとは全く違うアプローチでとてつもない技術開発をしたのです。これによって精度の非常に高いメモリの量産が可能になりました。ちょうど世界中がEVカーに目を向けてたとき、ひとりハイブリッドにこだわり続けたトヨタのひとり勝ちみたいなものです。キオクシアのCEOは「2026年度中の生産枠はすでに売り切れに近い」と。そしてAI企業はこぞって来年、再来年度の納品でさえ前払いで交渉をかけてるのです。キオクシアの前年は2,540億円の赤字でした。それが決算をすると売上高1兆7,065億円、前年比58.5%増、営業利益は4,530億円、独立後過去最高の成績を残したのです。さらに今年3月期の売上はトヨタを抜きました。赤沢経産大臣は「生成AIでメモリ市場の成長が見込まれる。日米連携で世界供給責任を果たす」と述べてます。キオクシアは2025年末~2026年時点のNANDフラッシュメモリ市場で、世界第2位~第3位のシェアを維持し、韓国SKハイニックスと僅差で競りあってます。