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ペット喜怒哀楽

起爆国境

書名 : 起爆国境
著者 : トム・クランシー、スティーヴ・ピチェニック
出版社: 新潮文庫 \939

感想 : 
トム・クランシーのは、最初の頃は面白かった。日本、北朝鮮、中国、ロシア、アメリカが舞台の頃は...だんだんつまらなくなってきて、たぶん、彼でないもう一人が参加した頃から、戦略、戦争、武器にやたらとページを割いていて、ストーリーの展開そのものが、どうも、まどろっこしい。今回のはインドが舞台。イスラム教vsヒンズー教、インドvsパキスタン
著者の戦争への考え方が少しずつ変化している...? 以前はもっと独善的、アメリカの考え方イコール善、イコール平和維持って感じだったけれど、
この作品は911の後だから余計にそうなのか、あるいは、アフガニスタンやイラクへの攻撃開始後だから、あるいは年齢ゆえに考え方受け止め方が異なってきたのか。

気になる文章:
軍人になった理由は、ふたつある。一つは、祖国アメリカが強さを維持するのを手伝うことだ。六年生のオーガストは、イギリスやイタリアなど戦争に敗れた国の話しを読んだ。アメリカが敗北を喫したり、よその国に征服されて抑圧されたことがあったとしたら、忠誠の誓いを毎朝、国旗に向かって斉唱するときにどんな気持ちになるのか...

(強いアメリカでなければいけないわけね。だから攻撃する。攻撃されば、鬱から抜け出すためには攻撃しなければならない...)

アメリカ合衆国に対する最大の教委は国境の外の勢力ではなく、内なる勢力だった。ベトナムで捕虜になったあと帰国したとき、それを悟った。待っていたのは顕彰ではなかった。道徳的にまちがっている戦争に惨禍したとして、多くの知人から避難された。ベトナムに戻ってやりかけの仕事を最後までやろうとしたことで、軍の一部からも避難された。軍はひたすら空爆でベトコンを屈服させたかったのだ。アメリカという文化のメルティング・ポイントになっていた。異文化から学ぶのではなく、異文化ゆえに争っていた。

(ベトナム戦争はアメリカ国内での信条思想正義感の戦いだったってこと)
(最後の一文は、そうなのよ、今もそうなのよ、日本と戦った時に、菊と刀で研究していたのとは、違うの。)

「命にかかわらない暴力は肉体に無視される」 
(火事場の馬鹿力と同じ。でも、あとでストレスも痛みもくるもんね~)

インドとパキスタンのあいだに存在するもろもろのことを解消するには、もっと大きな物事が必要とされる。たとえば、たったいま阻止したような戦争を経なければならないだろう。前例のないほどの国際社会のたゆまぬ努力が、何世紀にもわたってつづけられる必要があるだろう。もの悲しくはかない一瞬、オーガストはシャーラブとおなじ心境に陥っていた。底知れない絶望に。

(そう、努力なのよ、軍事力じゃなくて... 底知れない絶望...私も感じておりましてよ。この侵略軍事力、自国の牧畜業者の利益のために他国に安全ではない肉を売るごりおし。戦後も南米各地で、民主化を阻止し独裁政治を後ろで支えていたアメリカ... 決して表の民主主義の顔だけではないアメリカ...)

こんな風に外国に賞賛されるのは、めったにないことだった。オプ・センターは大惨事を何度も未然に防いできたのに、スペイン、朝鮮半島、中東、その他、危機に対処してきた世界各地で他国の内政に干渉したとして、フッドに部下たちもつねに非難されてきた。

(これって、アメリカの行為があちこちで非難されているから? そう、未然に防いだっていい気になっている、でしょ? そういうのを独善というの。国連をないがしろにし、自国の自文化の、自国利益の軍事力で他国に干渉ってのは、まるで思春期のガキ。 僕はがんばったのに、だれも褒めてくれない、でしょ。ため息)


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