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天井のスピーカーから、次々と名前が呼ばれている。
外の世界が自分番号制度になったら、こちらの世界は、なぜかはまだ知らないが、番号を使わないようになったということだ。
アイウエオ順プラス行制度だから、や県わ市の私はそろそろ呼ばれるかもしれない。
は県た町あのマリオ
ま県さ市さのしんいち
や県な村たのあきら
や県や市はのトニー
わ県あ市かのじろう
や行には、山形山口山梨あっ、わ行、和歌山で終わり。私の名前は呼ばれなかった。
名前を呼ばれた者は、部屋の移動。私物をまとめねばならない。今の部屋は居心地が良く、移動したくなかったので、ほっとした。
私はどうしてこんな所にいることになってしまったのか。
わけがわからない。
保育園に入った頃から、出席番号があった。小学校は、男女一緒で誕生日順に番号が付けられていた。中学校は、男女別でアイウエオ順だった。高校は、男女別一緒でアイウエオ順だった。大学は男女一緒で名字のABC順だった。毎年毎年、クラスの中の番号は、異なっていた。どこにいても自分の番号はあった。覚えなきゃいけない数字は、郵便番号、住所、電話番号、海外旅行に行くようになってパスポート番号、ネットで納税するようになって、納税者番号。まだあったかな、あっただろうな、あっ、自分の生年月日。家族の生年月日。記念日や祝祭日。ああ、これは、別だ。
もう覚えなくていいんだ。自分の名前と自分番号の12桁の数字さえ覚えておけば、何をするにも、これさえあれば大丈夫。いや、覚える必要さえ無い。自分番号カードを携帯していればいいだけ。自分の名前以外は不要。秘密にしておく必要もない、公にされている公の番号。出席番号も自分番号順になったし、郵便物や宅配便も住所すら不必要。自動印刷で自分の名前の下に番号がついてくるようになったし、ネット上での登録や電子決済も自分の名前と自分番号さえ写メすれば、済むようになった。街中でクレジットカードで買い物をする時にも、スマホで決済する時にも、初めてかかる医療機関でも、自分番号カードさえ機械を通せば、病歴も使用中の薬もかつての他の病院でのあらゆるデータが医者にすぐに伝わる。病院ごとの診察券も不要。交通違反取り締まりで警察官に止められても、自分番号の提示で、その場で引き止められることもなくなった。こんなに便利な自分番号カードに反対する民があの頃半数以上いたなんて、当時は、バカか、と思っていた。アナログの人間、旧い人種。直に滅びていく高齢者だけだと思っていた。私たちの頃とは異なり、入学試験も、学校から送られていた内申書も、就職の面接も、給与振込先も、転居時の住民票移動も、登記も、婚姻も(離婚も)パスポートの取得も、日本からの出入国も、贈与、相続、固定資産税、消費税その他各種納税も、投票も立候補も当選も何もかも自分番号カードさえ携帯していれば簡単に済む、合理的で便利で素晴らしいシステムだと思っていた。その上、犯罪に使われる口座が判明する、犯罪者の金の流れがわかりやすくなる、脱税がわかる、とまで言われれば、犯罪や脱税に無縁の多くの民にとっては、良いことずくめ。
総選挙に二回続いて当選し、与党の一員として、自分番号法制化に関われたことを、末端議員としても誇りに思っていた。自分番号は各人に郵送され、とにもかくにも民一人一人に番号を付けた。自分の選挙区に帰れば、自分番号がいかに便利か、自分番号カードを持つと更に便利になると、実例を挙げて説明し、納得され、取得され、喜ばれていた。自負していた。それでも、自分番号カードはなかなか広まらなかった。
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Last updated
Jun 21, 2020 05:00:08 PM