1111966 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【お気に入りブログ登録】 【ログイン】

ポムブログ~ポム・スフレの名曲大百科

PR

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile


ポム・スフレ

Category

Favorite Blog

映画鑑賞〜モンスタ… PeTeRさん

MY PET SOUNDS kawasima9さん
ANDY DAYS akikkiさん
僕のお気に入り junktion2006さん
Kids Don't Look Back Kid Blueさん
Elimのブロォグ Elim Garakさん

Comments

やはり・・・@ Re:キース・エマーソン 「幻魔大戦のテーマ」(10/22) 「地球を護る者」のファンファーレは朝生…
デレク@ Re:Yes 「Love Will Find A Way」(09/26) 書かれてからほぼ10年後になりますが、…
KAZU@ Re:F.R. David 「Words」(11/17) FR david 最高!!飾り気がなく暖かい人柄♪(…
ストーンズ1963@ Re:Band Aid 「Do They Know It's Christmas?」(12/13) 最近この曲を聴こうと思い、自分のCDをひ…
iso62@ 誰を真似ているのですか 2 一番右のコーラスをしている短髪のひげの…

Archives

2018.11
2018.10
2018.09
2018.08
2018.07
2018.06
2018.05
2018.04
2018.03
2018.02

Freepage List

2008.08.21
XML
テーマ:洋楽(2253)
カテゴリ:70年代洋楽
Big Starというバンドを作ったアレックス・チルトンは、ロック史上に残るカルト・スターとなってしまった。
誉めているのかケナしているのか、書いている自分もよく分からないのだが、とりあえずこれは事実だと思う。
実際、アレックスという人は、好きな人にとっては"神レベル"なアーティストかもしれないが、そうでない人には「誰それ?」ほえーな存在ではないかと。
それくらい、落差のある才人なのだ。
パワポオタである自分にとっては、当然、前者なワケだが。。。ひよこ


メンフィス生まれのアレックス・チルトンが世に出たのは'67年、16歳の時である。
ブルー・アイド・ソウル系グループ、ボックス・トップスのヴォーカリストとしてだった。
代表作として知られる「The Letter(あの娘のレター)」は、'67年9月に全米1位を記録。
ジョー・コッカーにも歌われたこの曲は、60年代ヒット・ポップスのファンなら知っている人も多いだろう。

しかし、チルトンの本領はボックス・トップスを脱退した時からはじまる。
地元メンフィスに戻ったチルトンは'71年、高校時代の級友であるクリス・ベルと、そのバンド仲間だったアンディ・ハメル(b)、ジョディ・スティーヴンス(Dr)とともにビッグ・スターを結成する。
バンド名は、彼らが見たスーパーマーケットの店名から取られたという。

エルヴィス・プレスリーの故郷でもあるメンフィスは、黒人音楽のメッカとして知られていたが、チルトンやベルの指向していたものはそれとは全く違っていた。
二人が作ろうとしたのは、"60年代ブリティッシュ・ビート"風のギター・ロックだった。
それは、ビートルズやキンクスなど、彼らが少年時代に親しんだ音楽へのオマージュでもあった。

チルトンとベルの共作を大半とした12曲は、ビッグ・スターの1stアルバム『No.1 Record』('72年、上ジャケット)としてまとめられた。
そこにおさめられた音楽は、「ビートルズのコーラスと、キンクスやThe Byrdsのギター・サウンドを合体させた」という形容がふさわしいものとなっている。
のちに"パワーポップのルーツ"とも言われるこのサウンドは、今聴いてもシンプルで強く、美しい響きをたたえていると思う。

「Ballad of el Goodo」はアルバムの二曲目に配された、アコースティック風味の名曲。
クレジットはアレックス・チルトンとクリス・ベルの共作となっているが、楽曲およびアレンジはベルの個性が色濃く出ている。
あたたかな感触を持つギター・サウンド、センシティヴなメロディは、素晴らしいの一言。サビ部分の広がるような美しさは特筆ものだ。
計算されたコーラス・ワークにも注目したい。独特かつ清涼感あるハーモニーが曲の完成度を高めている。
演奏はタイトに引き締まっており、そのせいか、バラードでありながら湿っぽくならない絶妙の仕上がりとなった。
ちなみに、アレックス・チルトンの唱法はボックス・トップス時代のものとはまったく異なっており、言われなければ「The Letter(あの娘のレター)」と同じ歌い手だとは誰も気づかないだろう。
それほどまでにこの曲は美しく、そして繊細だ。

アルバム自体も素晴らしい出来で、一部の評論家からは高い評価を受けたという。
だが、事実上のインディ扱いだったこともあり、何のプロモーションもされなかったこの作品は、当時まったく売れなかった。
そのうえ、チルトンと音楽的に対立したクリス・ベルは程なくバンドを脱退。
ビッグ・スターは、チルトンを中心としてさらにアルバムを二枚出すがやはり売れず、そのまま消滅してしまう。

クリス・ベルは、正式な音源を発表することも出来ないまま、'78年に交通事故で死去
チルトンはその後もソロ活動を続け、ロカビリー・バンドで演奏したりもするが、一時はレストランで皿洗いをするまでになってしまったという。
才能に恵まれながらも、時代の中で居場所を見つけられなかった男達の悲劇だった。

だが、ビッグ・スターおよびチルトンの名は、アンダーグラウンド・シーンの中で生き続け、次世代のミュージシャン達によって再びスポットを当てられる。
'86年にメジャー・デビューしたバングルズは、1stアルバムの中で「September Gurls」をカバーしていた。
リプレイスメンツは、'87年のアルバムで「Alex Chilton」というその名もズバリの曲を収録している。
その後もR.E.M、プライマル・スクリーム、ティーネイジ・ファンクラブといったバンドの後押しにより、チルトンの評価はウナギ昇りとなる。
'93年には、ポウジーズのメンバーを加えた編成でビッグ・スターは再結成された。
'94年には、幻とされていた1stと2ndがCD化され、その素晴らしさが若い世代にあらためて知られることとなった。
'05年には27年ぶりのオリジナル・アルバム『In Space』も発表され、'06年にはトリビュート・アルバムも出ている。
そういえばチープ・トリックも近年のライヴで、ビッグ・スターの曲をカバーしていたっけなぁ。

ポップで美しく、だけどコマーシャリズムに媚びない鋭さを持ったビッグ・スターの音楽は孤高であり、これからも輝きを失わないと思う。
愚直でガンコ親父面で、本能のままに、だけどいーかげんに現在も音楽活動を続けるアレックス・チルトン。
優れたメロディ・メイカーでありながら時々トチ狂ったようなこともするこの男には、カルト・スターの称号がふさわしい。
クリス・ベルも草葉の陰でほくそ笑んでいることだろう。

ビッグ・スター名義でのアルバムはすべてが必聴!

つーコトで「Ballad of El Goodo」を聴くにはここをクリック。
元祖パワーポップともいえる名曲「September Gurls」(2ndアルバム収録)はこちら


※ポム・スフレのメインHPではクリス・ベルのソロ・アルバムについて取り上げられています。






Last updated  2008.08.21 04:14:52
コメント(2) | コメントを書く
[70年代洋楽] カテゴリの最新記事

Copyright (c) 1997-2018 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.