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2008.09.03
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テーマ:洋楽(2597)
カテゴリ:70年代洋楽
特集~ビートルズの遺伝子たち その3


バッドフィンガーは、私がもっとも愛するバンドのひとつである。
ニルソンやホール&オーツ、マライヤ・キャリーなどで有名な「Without You」のオリジネイターといえば分かりやすいだろうか。
が、その実力や名曲の多さのわりには、彼ら自身の知名度が低いのは悲しい。
「ビートルズの弟バンド」という形容がよく使われるバンドなのに、ビートルズ・ファンにもあまり聴かれていないというのがフビンだ。。。(泣
ピート・ハムとトム・エヴァンス、特にピートのソングライターとしての才能は今聴いても素晴らしいと思うんだけどなぁ。
そういえば、彼らを語る時に使われるもうひとつの形容詞は「悲劇のバンド」だったっけ……


アイヴィーズ(その前はパンサーズ)という名前で活動していた彼らが世に出るのは'68年。ビートルズが設立したアップル・レコードからのデビューだった。
しかし、デビュー・シングルの「Maybe Tomorrow」が不発だったこともあって、同名タイトルのアルバムはイタリア、西ドイツ、日本の三国でしかリリースされなかった。それも売り上げは芳しくなく、市場から早々と姿を消し、長きにわたってコレクターズ・アイテムと化していた。

そして翌年、Badfingerと改名し再出発した彼らは、ポール・マッカトニーの作品である「Come And Get It」をリリース(過去ログ参照)。
この曲は'70年に全米6位、全英4位となり、バンドは本当の意味でのスタートを切ることとなった。
なお、この時期には、脱退したロン・グリフィスに代わってジョーイ・モーランドが加入している。

同'70年には傑作2ndアルバム『No Dice』をリリース。
のちにスタンダードとなる「Without You」が収録されているこの盤からは、元祖パワーポップというべき名曲「No Matter What(嵐の恋)」(米8位、英5位)のヒットも生まれている。
バンドの人気上昇に伴うようにして、メンバーはジョン、ジョージ、リンゴなどのセッションに参加する。
'71年には、ジョージ・ハリスンをナビゲーターとしたチャリティ・イベント「コンサート・フォー・バングラディッシュ」にも脇役ながら出演を果たした。

バンドの活動がいちばん波にのっていたこの時期にリリースされたのが、3rdアルバムの『Straight Up』(上ジャケット)である。
プロデュースは、ジョージ・ハリスントッド・ラングレンという豪華な面々。
元々はジョージがフル・プロデュースする予定だったが、途中で彼が降りたため、その役がトッドに引き継がれたということらしい。
そんな経緯はともあれ、アルバムは『No Dice』と並ぶ傑作に仕上がった。

「Day After Day」はピート・ハム作のバラード・ナンバーで、アルバムを代表する一曲である。
プロデュースはジョージ・ハリスン。
シングル・カットもされて、'71年に全米4位、全英10位を記録するヒットとなった。

イントロにおけるスライド・ギターの音色からしてもう骨抜きにされる(このへん、いかにもジョージっぽい)。
憂いをふくんだピートの歌声、アコギを使ったやわらかなコード・ストローク、シンプルで美しいメロディが切なく響いてくる。
ビートルズの弟分だけあって、コーラス・ワークはバッチリ
所々で聴けるレオン・ラッセルのピアノも絶品だ。
さらには、間奏部に入るとジョージとピートによるダブル・スライド・ギター(ユニゾン)が聴けるという具合。
う~ん、泣ける。
分かりやすいポップさと叙情性をそなえた、完璧な3分12秒だ。
ドラムのフィルがよろける箇所もあるが、まぁご愛嬌というコトで(笑

なおこの曲、プロデュース自体はジョージ・ハリスンだが、最終ミックスはトッド・ラングレンが手掛けているとのこと。
そう思って聴くと、サウンドの処理(特にアコギ)にはトッドっぽさも感じられるような。。。
自分のような人間には"ひと粒で二度も三度もおいしい"曲だなぁ。
ちなみに、ジョー・ジャクソンの'82年のヒット曲「Breaking Us In Two」は、「Day After Day」のメロディをおもいっきり借用したものとなっていますぶた

『Straight Up』からは「Baby Blue」のヒット(全米14位)も生まれ、バンドのキャリアは順風満帆のように思えた。
だが、彼らの全盛期はそこまでだった。
この後の彼らは転落の一途をたどることとなる。

悪徳マネージャー、スタン・ポリーを雇い入れたバンドは、アップル・レーベルとの関係が悪化。4thアルバムにして同レーベルからの最後の作品『Ass』は、商業的にも散々な結果に終わった。
その後も、新しいレーベル(ワーナー)と契約して'74年に二枚のアルバムを出すものの、これも(傑作にもかかわらず)セールス的に伸び悩んだ。
その上、ポリーに印税をピンハネされるなどをして、メンバーは貧苦の淵へと追い込まれてしまう。
さらには、これまたポリーのせいでワーナーとの契約トラブルが起き、結果、レコードが市場から回収されることとなってしまった。
精神的に深い傷を負ったピートは'75年4月に首吊り自殺をしてしまう。
バンドは一時活動停止した後、トム・エヴァンスとジョーイ・モーランドを中心として活動を続けたが、そのトムも'83年に首吊り自殺してしまう(ジョーイとのいさかいが原因だった)。

こうしてバッドフィンガーは事実上消滅。
いくつかのヒット曲とともに「悲劇のバンド」として人々の記憶に残ることとなった。
オリジナル・メンバーであるドラマーのマイク・ギビンズも、2005年に死去。
現在はジョーイ・モーランドが、モーランドズ・バッドフィンガーとして活動を続けているという。


彼らは決して器用ではなかったし、突出した個性もなかった。音楽的に革新性のあることもやらないバンドだった。
それでも、残された楽曲の数々は今も色褪せてないと思うし、人懐っこさを漂わす存在感も好きだった。
それゆえに、豊かな才能にめぐまれながら非業の死を遂げていったピートとトムを思うと、美しいメロディがいっそう胸にしみてくる。
90年代に入ってからは再評価がすすみ、「元祖パワーポップ」という側面からのスポットもあたったが、それでも「悲劇のバンド」の形容からはまだ逃れられてないような気もする。
これも運命か。
日本人好みのメロディなんだから、ここらでCMやドラマの主題歌にでも使われてバッドフィンガー・ブームでも起きないかなぁ、と思うワタシですわからん

つーコトで「Day After Day」を聴くにはここをクリック!
ついでに、ワーナー時代の名曲「Know One Knows」こちら


※ ポム・スフレのメインHPではバッド・フィンガーの名盤『Straight Up』について取り上げています。






Last updated  2008.09.03 06:27:26
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