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ポムブログ~ポム・スフレの名曲大百科

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70年代洋楽

2008.09.29
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テーマ:洋楽(2568)
カテゴリ:70年代洋楽
大好きってわけでもないけど、時々ムショーに聴きたくなってしまう曲がある。
ルパート・ホルムズの「Escape」もそのひとつだ。
'79年12月22日付ビルボード第1位。
70年代最後の全米ナンバー・ワン・ヒット曲である。
昔、これが収録されている『Partners In Crime』の中古LPを、掘り出し物市の百円コーナーで買ったのはワタシですスマイル

ルパート・ホルムズはイギリス生まれのニューヨーク育ちというミュージシャンだ。
'47年生まれの彼は、裏方として音楽業界で仕事をはじめ、ジーン・ピットニー、ドリフターズ(もちろん黒人グループの方)、パートリッジ・ファミリーなどに曲を提供していた。
「Tracy」('69年、米9位)のヒットで知られるグループ、カフ・リンクスにも一時在籍してたというトリビアな過去もある。

そんな彼の、自身のアーティスト・デビューは'74年。
1stアルバム『Widescreen』は商業的には失敗したが、そのアルバムを聴いたバーブラ・ストライザンドはルパートの曲を取り上げ、プロデューサーとしても招いた。
その後、ジョン・マイルズやスパークスなどのプロデュースを手掛けた彼は、'78年に名盤の誉れも高い『Pursuit of Happiness(浪漫)』を発表。
さらにその翌年に発表されたのが『Partners In Crime』だった。

「Escape (The Piña Colada Song)」は、そこからの第二弾シングルである。
AOR寄りの軽快なポップ・チューンで、"ピニャ・コラーダ"(←カクテルの一種)という名前を広めるのに一役かった名曲だ。
この曲の一番の特徴は、歌詞がひとつのドラマ仕立てになっている所だろう。

ストーリーを要約するとこうだ。
男は、今の恋人と倦怠期を迎えている最中だ。彼は新しい刺激を求めていた。
ある日彼は、雑誌かなんかの文通広告欄(今でいう出会い系)に載っていたひとりの女性の文章に興味を持ち、アプローチを試みる。
二人はバーで会うことになったのだが、約束の日にバーに入ってきた女性の顔を見て、男は仰天する。
その女性は、飽き飽きしている今の自分の恋人だったのだ。
相手も自分と同じ鬱屈した思いを抱えていたのだ。
この出来事がきっかけで、二人は互いを見つめ直し、そしてやり直すのでした--------じゃんじゃん。
ん~、ライト系短編小説というか、お手軽なハリウッド映画みたいですね。

楽曲的にも、小粋で覚えやすいメロディ、オシャレだけど歯の浮かないサウンドは悪くない。
ルパートの歌声も、いい意味で中庸だ。
秋の夜長に聴くにはちょいとオススメな一曲です。
お供としてピニャ・コラーダがあれば、なお良し。なんちってスマイル
ちなみにこの曲、「シュレック」、「マーズ・アタック」、「デトロイト・ロック・シティ」など、映画の中で使われることも多いです。

これが収録されている『Partners In Crime』は、他にも全米6位を記録した「Him」や「Nearsighted」、「Answering Machine」などの佳曲が入った一枚。
あるいは「Speechless」、「Terminal」などの名曲も入っているベスト盤で聴くのもいいかも。

なお、現在のルパートさんはポップ・フィールドから距離を置き、劇作家、小説家として活躍中との事。
やっぱりドラマを書くのが好きなんですね、この人猫


つーコトで「Escape」を聴くにはここをクリック!
If you like Pina Coladas, and getting caught in the rain...♪






Last updated  2008.09.29 08:32:18
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2008.09.24
テーマ:洋楽(2568)
カテゴリ:70年代洋楽
童話の挿絵みたいな上のジャケットは、「世界一悲しい声の持ち主」と言われるロバート・ワイアットが結成したマッチング・モウル(そっくりモグラ)のアルバムである。
'45年生まれのワイアットは、イギリスのプログレ/サイケ・ポップ・バンド、ソフト・マシーンのドラマーでありヴォーカリストだった。
ソフト・マシーンの1stから4thアルバムまで参加したワイアットだったが、音楽性の違いを理由に'70年にグループを脱退(本人いわくクビだったとか)。
その翌年に、元キャラヴァンのデヴィッド・シンクレアやフィル・ミラーと組んで新しく結成したのがマッチング・モウルだった。

1stアルバム『Matching Mole』の発表は'72年。
バンド名は、ソフト・マシーン(Soft Machine)のフランス語読みであるマチンヌ・モル(Machine Molle)をもじったものだとか。
不思議な感触をもつポップ・ソングと緊張感のあるジャズ・ロックが同居した音楽性は、ある意味ソフト・マシーンの音楽をワイアット流に受け継いだものと言える。
そしてそれは、プログレというかどうかはともかく、カンタベリー・サウンドと呼ぶにふさわしい個性を持っていた。

アルバムの冒頭を飾る「O Calorine」は、ワイアットとデヴィッド・シンクレアの共作による哀しくて美しい一曲。
のちの名唱「Sea Song」や「Shipbuilding」(※)にも通じる珠玉のバラード・ナンバーだ。

曲は、ワイアットの弾くメロトロンからはじまる。
淋しげで、どこかほのぼのとした音色。
それを包みこむデヴィッド・シンクレアの優しいピアノがたまらない。
メロディはやや暗めだが、ポップで耳にスッと入ってくる分かりやすさだ。
後ろで淡々とリズムを刻む打楽器の音も、なんともいえない。

ワイアットはこの時28歳。
彼の歌声はくぐもっており、すでに何かを達観しているかのような老成感がある。
同時に、そこにはセンシティヴで少年の心を残したような純朴さも感じられる。
「I Love You Still...Caroline」というストレートな一節も胸を打つ、ワイアット印の名唱だ。

この後、もう一枚アルバムを残してマッチング・モウルは一旦解散する。
新しいバンドの結成に向けて意欲的にリハーサルをこなしていたワイアットだったが、神は彼に残酷な仕打ちをする。
その直後('73年7月)に起こった転落事故により、ワイアットはなんと下半身不随になってしまうのだ。
ドラマーとしての生命を絶たれたどころか、歩くことすらもできなくなった彼は、絶望の淵に立たされながらも曲を書き続けた。
そして'75年、友人達のあたたかいバック・アップを受けて、ワイアットは車椅子に座ったまま音楽シーンへの復帰を果たし、現在に至る。
そんな彼の壮絶なミュージシャン人生を思うと、「O Caroline」の歌声がよけい胸に突き刺さる涙ぽろり

マッチング・モウルのほか、ワイアットのソロ・アルバムは『Rock Bottom』、『Nothing Can Stop Us』、『Shleep』など名盤多数
モンキーズの曲をカバーした「I'm A Believer」での、はかなげな歌唱も忘れられない。
運命にもめげず、今も歌い続ける孤高の音楽家ワイアット。

つーコトで、「O Caroline」を聴いて彼の世界に触れてみよう。
ここをクリック。
車椅子の戦士の歌声に泣け!


※ エルヴィス・コステロの作品






Last updated  2008.09.24 06:43:38
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テーマ:洋楽(2568)
カテゴリ:70年代洋楽
アーニー・グレアムは、70年代に一枚の忘れがたいアルバムを残して消えた、英国のシンガー・ソングライターだ。
地味だけど滋味。
英国音楽史の片隅で、ひっそりと輝くやさしい歌。
2002年にCD化されたアルバム『Ernie Graham』(上ジャケット)は僕の宝物のひとつだ。

アーニーは北アイルランドのベルファスト出身。
ヘンリー・マッカロック(※)と組んだエアラ・アパレントというグループで'69年にデビューしている。
エアラ・アパレントの解散後、アーニーは当時ブリンズレー・シュウォーツ(過去ログ参照)を手掛けていたデイヴ・ロビンソンに見出され、ソロ・アルバムを制作することになった。
そうして生まれたのが、自らの名をタイトルに冠した『Ernie Graham』である。
'71年に発表されたこのアルバムは、パブ・ロックあるいはシンガー・ソングライター系の名盤として、昔からマニアに人気の高い一枚だ。

「Sebastian」はその冒頭を飾る"いぶし銀"の名曲
アーニーの作詞、作曲によるこのナンバーは、ボブ・ディランを穏やかにしたようなフォーク・ソングで、じんわりと心にしみる仕上がりとなっている。
コード・ストロークによるアコースティック・ギターの音色がなんともいえない情緒と哀感を漂わす。
浮かんでくるのは、秋枯れの葉がしげる英国の田園風景だ。
アーニーの涸れた歌声は、素朴であたたかな味わいに満ちている。
メロディは地味だがとても美しい。
シンプルな演奏も奥深く響いてくるこの曲は、思わずホロリとくる涙ぽろり英国音楽の佳品です。

アルバム『Ernie Graham』は、これの他にも素晴らしい曲がいっぱいの名盤(くわしくはこちらを参照)。
だが、今でこそ高い人気を得る本盤も当時は全く売れなかった
アーニーはその後、ヘルプ・ユアセルフをはじめとしていくつかのセッションやバンドを渡り歩くが、成功とはまったく無縁。
ソロとしても、シングルを一枚リリース(シン・リジィのカバーだった)したほかは、作品発表の機会にめぐまれることはなく、'01年にこの世を去ったという。

生涯、貧困にあえぎ、晩年はアル中だったという悲しい男アーニー。
だが、アーティストはいなくなっても作品は残る。
アルバム『Ernie Graham』は、これからもひっそりと聴き継がれていくに違いない。
彼の歌声を聴くたびに、僕はそう思う。


「Sebastian」を聴くにはここをクリック!


※ グリース・バンド→ポール・マッカートニー&ウィングスのメンバー






Last updated  2008.09.24 06:15:11
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2008.09.23
テーマ:洋楽(2568)
カテゴリ:70年代洋楽
ブギといったらこのバンドだ。
'68年のデビュー以来、メンバー・チェンジをしながら今も現役で活動するステイタス・クォーは、英国の国民的バンドのひとつである。
何でも、あのチャールズ皇太子もファンだというんだからスゲ~。
それに引きかえ、わが国ではいまだに紙ジャケがひとつも出てないという有様。。。
この落差はなんやねん?ほえーと。


The Spectersという名前でデビューし、'68年にStatus Quoとバンド名を変えた彼らは、当初はサイケ・ポップ系のバンドだった。
が、70年代に入ってからはブギを貴重としたR&R路線に転向。
シンプルで豪快なノリを持った演奏、メロディアスで覚えやすい楽曲を武器として次々とヒットを放った。
ライヴ・パフォーマンスにしても、長髪の三人が揃ってヘッド・バンキングしながら演奏するというスタイルは、楽しくてカッコいい。
ガニ股でギターをかきむしりながら歌うロッシとパーフィットの姿は今見てもイカしてると思う。

クォーは、ブギー一辺倒というワケではない。
それでも、彼らの音楽は良くも悪くもワンパターンな印象が強く、"どこを切ってもステイタス・クォー"という言い方がしっくりくる。
だが、それもまた魅力に思えてしまうのは、彼らのブギー・ミュージックが伝統芸の域に達しているからだろう。

「Rockin' All Over The World」はそんな彼らの代表作のひとつである。
'77年に全英3位を記録したこの曲の作者は、元CCRのジョン・フォガティ。
ステイタス・クォーは基本的にオリジナル志向のバンドだが、同時にカバーの名手でもあった。
「Rockin' All Over The World」はそのことがよく分かる一曲だ。
ジョン・フォガティのオリジナルも非常に魅力的だが、今となっては"クォーの曲"というイメージの方が強いだろう。
クオーが出演したあの"Live Aid"('85年)でも、イベント全体のオープニングを飾ったのがまさにこの曲だった。

荒削りなギター、弾力のあるリズムに胸がおどる。
すき間だらけのサウンドはロックの醍醐味だ。
なめらかにローリングするピアノもゴキゲン。
フランシス・ロッシの歌声はやわらかで耳ざわりがよい
キャッチーなメロディと甘いコーラスはとてもチャーミングだ。
ヘタウマっぽいソロやエンディングのホーンも印象的なこの曲は、シンプルゆえの快感を持った名演だと思う。

クォーにはこの他にも「Paper Plane」、「Caroline」、「Down Down」、「Whatever You Want」などの名曲がいっぱい
気になった方は、'04年発表のベスト盤『XS All Areas』あたりから聴いてみよう。
オリジナル・アルバムなら全盛期の名盤『Piledriver』、『Hello』、『On The Level』、『Rockin' All Over The World』などがオススメ。
'07年には新作も発表されてるぜスマイル


ではでは、時代を越えたブギーを奏でる彼らに敬意を表して、
「Rockin' All Over The World」を聴くにはここをクリック!
全英1位を記録した名曲「Down Down」はこちら


ちなみに、本日はブギー特集よ。
続きはこちらひよこ






Last updated  2008.10.06 23:07:12
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テーマ:洋楽(2568)
カテゴリ:70年代洋楽
ブルース・ロック・バンドであるサヴォイ・ブラウンから派生したFoghat(フォガット※)は、英国産の痛快ハード・ブギー・バンドである。
イギリスのブギー・バンドといってまず思い出すのはステイタス・クオー(過去ログ参照)だ。が、メロディや演奏に英国的なものを感じさせるクオーに対して、フォガットの方はアメリカン・ロックに近い無骨さとダイナミズムを特徴としていた。
それは、彼らの契約したレーベルが米国のベアズヴィル・レコード(トッド・ラングレンなどで有名)だったということにも関係しているのかもしれない。
ハードなツイン・リード・ギター、ぶっといノリを持ったリズム隊というスタイルも、いわゆるサザン・ロックに近いものを感じさせた。

ちなみにこのバンド、日本ではほぼ無名、あちらでも評価はB級(C級?)とのこと。
中心メンバーだったデイヴ・ビヴェレットやロッド・プライスも今や故人だ。
にも関わらず、バンドは現在でも存続してライヴを勢力的に行っているらしい。ひえ~ほえー

'75年に発表された五枚目のアルバム『Fool For The City』は、そんな彼らの代表作だ。
本盤収録曲で有名なのは、全米20位を記録した「Slow Ride」だろう。
だが、アルバムのオープニングを飾るタイトル・ナンバーも、それに勝るとも劣らない一曲。
シングル・カットされた結果は全米45位とあまり振るわなかったものの、個人的にはむしろこちらをオススメしたい。

イントロからしてもうエンジン全開
荒々しいギター・サウンド、息もつかせぬドライヴ感に血がたぎる。シンプルで骨太なリフもガツンときますぐー
"ロンサム・デイヴ"ことデイヴ・ビヴェレットの迷いのない歌いっぷりがまたカッコいい。
メロディはアッパーでカラリとしており、サビは明快なキャッチーさを持つ。
間奏での泥臭いアコギと粘っこいエレクトリック・ギターの音も最高。
全篇を貫く理屈ぬきのノリがたまらん、ブリティッシュ・ロック(思わずアメリカンと言いそうになってしまった)の名作です。

アルバムにはこの曲や前述の「Slow Ride」のほか、「Save Your Loving (For Me)」、「Drive Me Home」などカッコいい曲がいっぱい。
どこか間のヌケたジャケット(笑)も含めて70年代ロックの愛すべき一枚さ。
'77年の名ライヴ盤『Foghat Live』も名作。あわせて聴いてみようぜぃ!


つーコトで「Fool For The City」を聴くにはここをクリック。
大音量で聴くのだ!


※ 正確にはフォグハットと発音するらしい。






Last updated  2008.09.23 06:06:42
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2008.09.22
テーマ:洋楽(2568)
カテゴリ:70年代洋楽
デイヴ・メイスンは、スティーヴ・ウィンウッドと組んだバンド、Trafficを通じて世に出た英国人ミュージシャンだ。
ソングライターとして当初から非凡な才能を見せていた人で、全英2位を記録したトラフィックの2ndシングル『Hole In My Shoe』や、ジョー・コッカーにも歌われた名曲「Feelin' Alright」はデイヴの作品である。
ジミ・ヘンドリックスとも仲のよかった彼は、ジミの3rdアルバム『Electric Ladyland』にも参加。ボブ・ディランの「All Along The Watchtower」(※1)をジミに教えたのもメイスンだといわれている。
トラフィック脱退(正確には二度目の脱退)後の彼はアメリカに渡り、エリック・クラプトンやジョージ・ハリスンと共にデラニー&ボニーのツアーに参加する。
そしてアメリカ音楽に魅せられた彼は、スワンプ・ロックと英国的メロディ・センスをブレンドした名作『Alone Together』('70年)を発表。以後も70年代を通じてすぐれたソロ作を連発していく。
一時はエリック・クラプトンからデレク&ドミノスのメンバーとして誘われていたというメイスンは、プレイヤーとしても有能だったことが分かる。
結局、クラプトンのような人気は得られなかったものの、ヴォーカリストとしてもギタリストとしても味のあるミュージシャンだった。

上に写っているアルバムは、自らの名をタイトルにした'74年の作品『Dave Mason』だ。
プロデュースも自身で行った本作は、すがすがしいジャケットが示すようにウェスト・コーストの空気をたっぷりと吸いこんだ佳曲ぞろい。
派手さはないもののツボを押さえた味わい深い一枚となっている。

ファンキーでメロディアスな「Show Me Some Affection」、ジミヘン・ヴァージョンをさらにメロウにしたような「All Along Watchtower」などどれもいいが、個人的にいちばん気にいってるのは三曲目の「Every Woman」だ。
デイヴの作詞、作曲によるカントリー風味のナンバーで、前作『It's Like You Never Left』('73年)にも収められていた作品だが、早くもここで再録している所をみると彼にとって"こだわりの一曲"なのだろう。
ここでのヴァージョンはさらに洗練されており、ポップなメロディと清涼感あふれるサウンドが素晴らしい名トラックとなっている。

リチャード・ベネットのペダル・スティール・ギター、マイク・フィニガンによる澄んだ音色のピアノが実に気持ちよい。
まろやかな音色のストリングスはニック・デカロのアレンジによるものだ。
メイスンの歌声はソウルフルでいて親しみやすい。
サビで聴けるキャッチーな旋律と豊かなコーラス・ワークにも耳を奪われる。
間奏では、短いながらも彼のギター・ワークが味わえるのが嬉しい。テクニカルとはいわないが、一音一音を大切にしたコクのあるプレイだ。
三分三秒という演奏時間もいさぎよい。
メイスンの魅力がコンパクトにまとめられた、代表作と呼ぶにふさわしい佳曲だと思う。

メイスンはこの後「We Just Disagree」(米12位)などのヒットを放つが、80年代に入ってからは急激に低迷してしまう。
90年代以降、オリジナル・アルバムのリリースはないようだが活動は続けており、今年('08年)の9月末には新作の発表も予定されているとか。
とりあえずは『Alone Together』や『Dave Mason』、『Certified Live』(※2)といった70年代の名盤を聴こう
ちなみにこの人、'80年のシングル「Save Me」ではマイケル・ジャクソンとデュエットしているそうです。ほげ~(爆


つーコトで「Every Woman」を聴いて、メイスンの世界にふれてみよう。
ここをクリック!


※1 ジミのヴァージョンが世間的にはいちばん有名。

※2 ポム・スフレのメインHPではデイヴ・メイスンの名盤『Certified Live』について取り上げています。






Last updated  2008.09.22 07:00:50
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2008.09.16
テーマ:洋楽(2568)
カテゴリ:70年代洋楽
↑怖いんですけど、このジャケット……
ユーライア・ヒープの『Look At Yourself(対自核)』ですな。
Zepやパープルに比べるとちょいマイナーながら、ブリティッシュ・ハード・ロック史に残る名盤っすね。
ジャケットの真ん中に銀紙が貼ってあるという、オリジナル・アナログが欲しいよう~ぶた

ユーライア・ヒープは、デヴィッド・バイロン(Vo)、ケン・ヘンズレー(Key)、ミック・ボックス(Gt)を中心として'69年に結成。
キーボードやコーラスを前面に押し出したサウンドは、同時期のハード・ロック・バンドとはやや異なるもので、プログレに分類されることもあるようだ。
メロディアスで覚えやすい楽曲が多いのも魅力。そういう意味では日本人好みのグループでもあった。
一般的にいう「70年代UK三大ハードロック・バンド」といったら、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、ブラック・サバスだが、当時はサバスの代わりにユーライア・ヒープが入れられていたというハナシもある。
また、メンバー・チェンジが多いことでも有名で、一時はあのジョン・ウェットンが在籍していたこともあった。

'71年に発表された3rdアルバムは、次作『Demons & Wizards』と並ぶこのバンドの代表作。
キャッチーでノリのいいタイトル曲が有名だが、本作のハイライトといったらやはりアルバム三曲目にあたる「July Morning」だろう。
キーボードを軸に据えた10分30秒にもおよぶ大作で、英国浪漫あふれるメロディといい、見事な構成力といい、ハード・ロックとプログレの"おいしいとこ取り"をしたような名曲に仕上がっている。
イントロでの、ハモンド・オルガンの荘厳な響きからして耳を奪われる。
おさえたAメロからじわじわと昇りつめていく様は実にドラマティックで、緊張感たっぷり。
デヴィッド・バイロンの情感にまみれたヴォーカルも凄い。特に中間部における雄叫びにも似たシャウトはイアン・ギランも真っ青になるほどの迫力だ。

後半のインスト・パートのテンションも特筆モノ。
ミック・ボックスのギターはハードに泣いている。
ギター・リフだけでも耳にのこるが、エンディングで狂おしく鳴るミニ・ムーグは脳髄に侵食してくるかのよう。この電子音を奏でるのは、ゲスト・プレイヤーのマンフレッド・マンだ。
10分半という長さをまったく感じさせないというのも驚異。
西城秀樹や志村けんにも愛されたこの曲は、ディープ・パープルの「Child In Time」にも迫るハードロック・バラードの名作と断言したい。

アルバムには他にも「Tears in My Eyes」「Love Machine」など聴き所がギュウ詰めの一枚。
Zepやパープルのアルバムと共に必ず棚に入れておくのじゃ!
なお、バンドは様々なメンバー・チェンジの末、現在も活動中だってよ。ほげーほえー

つーコトで「July Morning」を聴くにはここをクリック。
今は亡きデビッド・バイロンの歌声に震えろ!






Last updated  2008.09.16 13:12:57
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2008.09.15
テーマ:洋楽(2568)
カテゴリ:70年代洋楽
"グラム・ロック"といわれて多くの人が思いつくイメージは、「両性具有を思わせる艶やかな化粧」「きらびやかな(あるいはケバケバしい)衣装」「耽美的雰囲気」「妖艶な魅力を振りまくアーティスト」といった所だろう。
具体的なアーティスト名を挙げるなら、筆頭に来るのはマーク・ボラン(=T・レックス)、ジギー・スターダスト期のデヴィッド・ボウイ、ロキシー・ミュージック(初期)あたりだろうか。
実際、グラム・ロックという言葉は"グラマラス(魅惑的)"という英語の形容詞からきている、という説が一般的である。

だが、その本場ともいうべきイギリスでは、むしろ別の意味合いでジャンル分けがなされることが多いという。
耽美でアーティスティックな雰囲気とは対照的な、「業界発の芸能界的ティーン・ポップス」的なものをグラム・ロックと呼ぶらしい(※)。
ふーむ、なるほど犬
言われてみれば、ゲイリー・グリッターやスウィートなんかはむしろそんな感じだよなぁ。
そういえば昔、グラム・ロックのコンピレーション映像やCDの中にベイ・シティ・ローラーズが入っているのを見て首をかしげたものだが、そういう説明をされれば納得がいく。

そして、これにあたる事が多いのが、グラムの中でも"B級"と言われるアーティスト群だ。
マッド(MUD)というグループもそのひとつである。
バーの専属バンドからスタートしたという彼らはデビューこそ'67年だが、人気が出るのは'73年あたりからだった。つまりグラム・ロックの最盛期である。
ソングライター兼プロデューサー・チーム、チン&チャップマン(スウィート、スージー・クアトロでも有名)と組むことになった彼らは、グラム・ロック・ムーヴメントのドサクサにまぎれるような形でブレイクを果たす。
'74年に発表したシングル「Tiger Feet」は、英国で年間ナンバー・ワンになるほどのヒットを記録した。
その時の彼らは、もう二十代も後半。
太めでオジサンっぽいルックスのレス・グレイがその気になって歌う姿は、失笑モノであり同時に楽しいものでもあった。

マッドは、基本的にアルバムよりもシングルを重視したグループ(グラム系グループの多くがそうだった)で、良くも悪くも"ティーン向けポップ"として作られた楽曲の数々は個人的に結構ビンゴだったりする。
'73年に全英2位を記録したシングル「Dynamite」も大好きな曲のひとつだ。
作およびプロデュースは、前述のチン&チャップマン。
ハード・ドライヴィンな演奏、単純明快な楽曲構成は、このグループの真骨頂だ。
ここぞという所で炸裂する、どキャッチーなメロディとコーラスはまさにダイナマイト爆弾
能天気という言葉がピッタリくるパーティ感覚はアホらしくも楽しさ満点で、ある意味ポップスの醍醐味といえる。
"B級"ならでは味わいも愛おしい、10円ガム的名曲です。

そんな彼らの人気が続いたのは'75年まで。
'76年以後ピタリとヒットが出なくなったのは、典型的な"アダ花系バンド"だったこの人達には必然の結果だったのでしょう。
グループはその後も活動を続けるも、'80年に出した「Rico」が最後のシングルとなった。
オリジナル・マッド解体後、レス・グレイは新メンバーを迎えてツアーもやったが、2004年に心臓発作で死去。マッドもそのまま自然消滅となった。

後に残ったのは、いくつかのおバカな名曲
でも、それでいいんじゃないかとスマイル
高度でアーティスティックなミュージシャンもいいけど、娯楽に徹したポップ・スターも大好きだ
彼らのベスト盤は、流しっぱなしにしておくには悪くない一枚。
グラム・ロックの裏面的楽しさ(あるいは真髄)を教えてくれるバンド、それがマッドです。


つーコトでマッド三連発いってみよ-!
「Dynamite」はこちら
ウチのメインHPでも紹介している(ここね)名曲「Cat Crept In」はこちら
キャッチー&ドライヴィンな名曲「Rocket」も聴こう。ここをクリック。


※ 主に70年代前半のティーン・ポップ。グリッター系という言い方で括られることもある。






Last updated  2008.09.15 06:33:20
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2008.09.09
テーマ:洋楽(2568)
カテゴリ:70年代洋楽
イギー・ポップを聴いていますか?

↑なんていうタイトルの小説をどっかの女性作家が書いていたような気がするが、イギーって実際のトコロどのくらい聴かれているんだろう?
メディアの世界では"パンクのゴッド・ファーザー"だの"ロック界のシーラカンス"などと呼ばれてるみたいですけどね。
そういえば最近では、'77年の名曲「Passenger」がソフトバンクのCMかなんかで使われていたっけか。
でもイギー・ポップといったら、「名前は知ってる、でもそれだけ犬という人が結構多いような気もする。
いわゆるヒット曲がない、というのも原因のひとつだろうか。
いい曲多いし、アルバムもストゥージズ時代を含めて基本的にハズレはないんだけどね~。

そんなイギーがヘンなポーズをとっている上の画像は、'77年のソロ第一弾『The Idiot』のジャケットである。
同盤のプロデューサーはデヴィッド・ボウイ
ドイツはベルリンで録音されたこのアルバムは、同地で生まれたボウイの名盤『Low』('77年)とほとんど同時進行で作られた一枚だ。
収録された八曲も全てボウイとイギーの共作という、完全無欠のコラボレーション作品である。


'73年に名盤『Raw Power』(※)を発表をしたイギーだったが、自身のドラッグ中毒のためにバンド(ストゥージズ)は解散し、さらには精神病院に入ることとなる。
一時は病院を脱走してホームレスになっていたとか。
そう思って上のジャケットを見ると、そこに映るイギーの顔は、モノクロの色彩といい表情といい、ほとんどゾンビやねぇショック

そんなイギーに手を差し伸べたのが、同時期にドラッグ中毒で苦しんでいたボウイだった。
『Raw Power』のミキシングも手掛けたこともあるボウイは、イギーのよき理解者でもあった。
彼はイギーを自分のツアーに同行させたり、ベルリンのハンザ・スタジオに連れていったりして、ミューシャンとして蘇生させていく。
その成果が、'77年に生まれた二枚の傑作『The Idiot』と『Lust For Life』だった。

「Sister Midnight」は、『The Idiot』の冒頭をかざるミドル・テンポのナンバーだ。
作者はボウイとイギー、そしてギタリストのカルロス・アーマーの三人。
カルロス・アーマーは、ボウイの'75年の全米No.1ヒット「Fame」を共作した人物でもある。

抑えたイントロからして、どこか挑発的。
ほとんどワン・コードで押し通す曲構成、重心の効いたファンクビートが強烈な印象を残す。
ハードでゴリゴリしたサウンドには、当時、ボウイの共同パートナーをつとめていたブライアン・イーノの影が見える。
全体を包む無機質で退廃的な感触もなんともいえない。
ジェイムス・ブラウン+セックス・ピストルズ+クラフトワークとでも言おうか。
楽曲、アレンジ共に非常にボウイ色が強く、彼の'76年のアルバム『Station To Station』にそのまま入っていてもおかしくない仕上がりだ。
実際、ボウイは'76年のツアーで既にこの曲を歌っていた。
また、彼の'79年のアルバム『Lodger』に収録の「Red Money」という曲では「Sister Midnight」とほとんど同じカラオケが使われている。

もうひとつ注目すべきは、イギーのヴォーカルだ。
それまでの噛み付くようなシャウト・スタイルと違って、ここではドスの入った低音でねちっこく歌っている。
まるでヤクザに凄まれているような迫力。
この唱法は、ボウイからアドバイスを受けたものだそうだ。
狂犬のように吼えるイギーも最高だが、ここでのヴォーカル・スタイルもシブくてカッコいい。
それに絡むボウイのファルセット・コーラスがまたいい味出している。

ふたりの個性が絶妙に融合したこの曲は、今聴いても充分刺激的だと思う。
ほかにも本盤には「Nightclubbing」、「Funtime」、「China Girl」(←'83年にボウイのヴァージョンでヒット)などのカッコいい曲がいっぱい。
ちょっちアクはあるけど、イギーやボウイのファンはもちろん、そうでない方にもオススメな一枚よ。
つーかイギーのアルバムにハズレはないぜ!グッド

んなワケで「Sister Midnight」を聴くにはここをクリック。
同アルバム収録の「Nightclubbing」、「Funtime」とセットでどうぞ~。


※ ポム・スフレのメインHPではイギー・ポップの名盤『Raw Power』について取り上げています。






Last updated  2008.10.06 16:03:55
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2008.09.06
テーマ:洋楽(2568)
カテゴリ:70年代洋楽
ロッド・スチュワートって、いつのまにかスタンダード・ナンバーばかりを歌うシンガーになってしまいましたね犬
年齢や立ち位置を考えれば仕方のないコトなのかもしれないが、なんだかなぁ。。。
「Sailing」を歌う国民的歌手ロッドもいいけど、「酒と女とロケンロール」をイメージさせるフェイセズ時代の彼が、僕は今でも好きですね。
みなさんは、どうですか?

時は'69年、ジェフ・ベック・グループのヴォーカリストとして名を上げたロッド・スチュワートは、同じグループのベーシストだったロン・ウッドとともにスモール・フェイセズに加入する。
当時のスモール・フェイセズは、スティーヴ・マリオット(Vo)が脱退したばかりで、それを聞いたロン・ウッドが「僕やロッドと一緒にやろう」と彼らにアプローチしたのだという。
ロッドは同時期にカクタスのメンバーからも勧誘を受けてるが、ロンと一緒にスモール・フェイセズに加わることを選んだ。

彼ら二人が入ったことで、スモール・フェイセズはバンド名を"フェイセズ"と簡略した。
再出発としての意味合い、また、それまでのメンバーはみな背が低かったが、ロッドとロンは平均程度の身長を持っていたため、"Small"をつける必要がなくなったからだ。
ただし、売り上げを気にしたレコード会社は、彼らに従来のバンド名での活動を望んでいたらしく、1stアルバムの一部の盤には「Small Faces」と表記されている。

"酔いどれバンド"とよばれたフェイセズの演奏はパワフルでアーシーで、そしてルーズだった。
実際、彼らはライヴの前に酒をじゃんじゃん飲んだ。不真面目、というより景気づけのためだったという。
「フェイセズを始めた頃は、誰も僕たちの音楽を聴こうとしなかった。スティーヴ・マリオット抜きのフェイセズをまともに扱ってくれなかったんだ。だから本番前の僕らはパブに入りガンガン飲みまくった。それで元気をつけて本番に突入する。---中略---僕らが演奏するとき、酔っ払っていないヤツはひとりもいなかった」----ロン・ウッド

"小型ストーンズ"とも形容されたフェイセズだが、彼らはライヴ・バンドとして高い人気と評価を得ていく。
ソロ・アーティストとして別のレコード会社とも契約を結んでいたロッドも、ツアーに出る時はいつもフェイセズの面々と一緒だった。

が、ロッドのソロ・シングル「Maggie May」が全米1位('71年10月)になってからは、彼の名前がひとり歩きしだした。
フェイセズを"ロッドのバック・バンド"と思う人も出てくるようになり、それに伴うかのようにグループの結束も崩れはじめた。
'73年4月にリリースされた『Ooh La La』は商業的には成功したものの、内容的にはどこか散漫なアルバムだった。
その直後に、ベーシストにしてメイン・ソングライターのひとりだったロニー・レインが脱退する。
フェイセズの成功はロッドの声による所が大きかったのかもしれないが、ロニーの個性もグループには欠かせないものだった。
スモール・フェイセズ時代からのメンバーであるロニーが、ロッドのバック・バンド扱いされていくグループに見切りをつけたのは当然のことだろう。

フェイセズは、日本人ベーシスト山内テツを迎えて活動を続けるも、その後に関しては尻すぼみ。
'74年に出されたライヴ盤『Coast to Coast: Overture and Beginners』も、グループ名の表記は「ロッド・スチュワート&フェイセズ」となっていた。
内容の方も半分以上がロッドのソロ作からの選曲となっており、ロッドのアルバムだかフェイセズのアルバムだかよく分からないという具合だ(笑
'75年、グループは自然消滅的な形で解散を表明。
末期のライヴにはキース・リチャーズをゲストに迎えるなど、ロン・ウッドの"その後"もしっかり暗示されていたのでした。


'73年にリリースされた「Pool Hall Richard(玉突きリチャード)」は、オリジナル・アルバム未収録のシングル。
ロニー・レイン脱退後に録音された、ゴキゲンなロックンロール・ナンバーだ。
作者はロッドとロン・ウッドのふたり。全英8位まで上がるヒットを記録している。
ストーンズを思わせるリフがとても印象的だが、小粒なメロディは"佳作以上名曲未満"といった感じでいかにもフェイセズらしい。
陽気でルーズな演奏は彼らならではの楽しさがある。
ロッドのしゃがれ声はスウィング感抜群で、近年の小手先だけで歌う歌唱なんぞよりよほどいい。
イアン・マクレガンの踊るようなピアノを聴くと、思わず酒が飲みたくなる。
ロン・ウッドの大味なコーラス、ケニー・ジョーンズのズンドコしたドラムもタマらんです。

フェイセズの音楽にはストーンズのような大物感はなかったが、"極上のロックン・ロール"とよぶにふさわしいフィーリングがあった。
ピークを過ぎた時期の作品である「Pool Hall Richard」にも、それは充分にあらわれていると思う。
どうってことのない曲かもしれませんが、僕はコレが結構好きなのですスマイル

また、この当時のグループは来日公演もおこなっており、「Pool Hall Richard」はフェイセズの来日記念シングルとしても発売された。
サッカー好きで知られるロッドは、武道館のステージでもサッカーボールを客席に向かって豪快に蹴り、皆をおおいに沸かせたという。
フェイセズはおろかロッドのステージもまともに見たことのない僕だが、この曲を聴くたびになぜかその時の光景が頭に浮かんでくるのである。


「Pool Hall Richard」を聴くにはここをクリック!
キース・リチャーズとの共演ステージはこちら






Last updated  2008.09.06 08:21:43
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