2017/02/26(日)10:41
神から人へ ◎たまゆら・反日感情・法王の死ついて◎
神から人へ、人から神へ。通信交流、互いの理解、調和を育み、平和を求め、さらに己を磨き高めよ。これから厳しさ増すこの御世を、守り、導き、救い、助けよ。さらにも深き神の慈愛を、神の情けを受け取れ、人よ。神を失い離れし子らを、神の元へと誘(いざな)えよ。神の御手にて守られ、抱か(いだか)れ、神の示さる彼方の明日へ、羽ばたく子らを、待つこの歳月。永き時間を、時の流れを、神代の昔にさかのぼり、過ぎし日去りし日、戻らぬ時よ。今この時を、変わり目を、節目の時を、迎えし今よ。過去世、現世、来世へと、つながり結ばる、無数の御霊よ。縁は広がり、強まり、まとまり、神の元へと集まれよ。神の力を信じ任せて、ただ付いて来(こ)よ、従いて来よ。今疑いて、預けぬ者は、自ら招かん 終末の時。大事の時の疑い、迷いは、後になりては取り返せぬ、悔いても戻らぬ災いとならん。神の憂える、人心の惑い乱れを、整えよ。正しく治めよ。鎮めよ。まとめよ。さにて本日、そなたの問いに答えてゆかん。 先ずはたまゆら、光の意味なり。神のまします、清浄の地の、そこにおわする神霊の、歓び迎うを示す意味なり。なれば写真のたまゆらは、その瞬間の人の思いと、神の思いの協和せる、奇(く)しく尊き表れならん。神の自ら光を示すは、人の思いをさらに高めて、ねぎらい祝うを気付かせんため。必要なくば、現れず。現れずとも、歓び祝わん。子らの素直き、清き誠を。 二つ目、反日感情について。そもまたこの世の必要なれば。今変わり目の、立て替え直し。次なる御世を建てるためには、古き因縁、因習は、残さず改め、無に戻さん。最期の足掻(あが)き、末路の苦しみ。過去のあやまち、誤りを、元に戻して無に返し、零より始め、産み出さん。さなる粛正、更正前の、消え去る前のもだえなり。日本は次なる新しき世を、担い導く役なれば、そに逆らいて抗(あらが)うも、歴史の必然、必定(ひつじょう)ならん。今しばらくは吹き荒れん。なれど必ず、鎮まらん。 (日本人は、どのように対処していけばよいのでしょうか。ただ静観していればよいのでしょうか。中国・韓国の人たちが日本を正しく理解するときは来るのでしょうか)日本の国は和の国なり。世界の平和の礎(いしずえ)の国。なれば日本は耐え忍び、対話を惜しまず、見守らばよし。反日感情、敵対心も、やがては己に向けられて、自ら滅ぶが仕組みなり。しばしの辛抱、忍耐のとき。大和(だいわ)の心を貫けよ。いつか全ては平らかならん。 さにて三つ目、法王の死(ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が 2005年4月2日に亡くなった出来事)について。全ては歴史の流れの必然。節目を示す象徴なり。何も恐れず、怪しまず、これより後の世の動き、人の動きを見れば明らか。そこにて起きる一つ一つに、神のご意図を読み取れよ。人はこの世に生きる間に、この世の事象の全てより、神意を読み取る鍛えをなせよ。さなりてやがては迷わぬ心を、不動の心を養わん。生きる全てを無駄にせず、神意を求め、努め、励めよ。さにて本日、答えを終えん。これから後にもさらに尋ねよ。神の心を問うことに、遠慮 躊躇(ちゅうちょ)は無用のこと。人間心の浅き知恵、神の神慮に及ぶ筈なし。愚考は時の無駄なれば、思案の前に問わばよし。さにて。 神の声を伝える人
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