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PPK手帳2021

2020.05.26
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カテゴリ:回想

 今月18日の土曜ドラマ『路(ルウ)~台湾エクスプレス~』(全3話)は、日本の誇る新幹線の売り込みや国境を越えた若者の恋をちりばめた日台合作である。原作は吉田修一著の『路』。一気読み。
 2話プレイバック。波瑠と炎亞綸(アーロン)の恋の行方が気になったが、かつて旧制台北高校で学んだ「湾生」の高橋長英と「元日本人」の医師(楊烈)の劇的な再会のシーンに心打たれた。ふたりは無二の友だった。しかし終戦を迎え、日本に引き揚げる湾生にあこがれの女性への思いを伝えた「元日本人」に、「二等国民には無理だよ」と差別的な言葉を口にした。その女性と結婚した男に、妻は台湾への旅を誘うが、あの言葉が頭にあふれて、台湾のことを口にすることさえしない。「台湾に帰ってお友達に会いなさい」という妻は逝った。
75年前。兄は旧制台北高校から台北帝大医学部に進み、1年時に海軍軍医学生に徴用され高雄で暮らした。烈さんが演ずるのは医者である。どう見たって同年齢。
 書棚に旧制台北高等学校の会報『椰子樹会』の「卒業50周年記念文集」があることを思い出した。発行は1995年10月。3年後の1998年8月4日に兄は昇天。享年73。存命なら96歳。
 いろんなことを聞き損ねたと悔やんでいる。以下はほぼ全文。

 ​平和の喜び 青木 秀​​ 1955年10月

 僕は大正14年1月2日生れです。今年、1995年(平成7年)1月に満70歳の古希を迎えました。
 昭和20年8月15日、終戦を迎えましたが、この日僕らは満20歳でした。僕たちの人生は、はじめの20年間は「戦争」、あとの50年間は「平和」といってもいいのではないでしょうか。
 「終戦」という言葉は大平洋戦争(大東亜戦争)が終ったという意味で使われているようですが、僕は昭和6年9月18日にはじまった満州事変以来の日本の戦争の歴史が終った日と考えています。
昭和21年11月3日、日本国憲法が公布されました。21歳の時でした。
 僕は台北市で生れ、幼稚園、旭小学校、台北一中、台北高校、台北帝国大学医学部一年まで台北市で教育を受け、終戦後引揚げて九州大学医学部に転入学して医者になりました。
台北高校に入学して呉建堂君(雅号 孤蓬万里)に出会いました。
​​​独立も統一も夢蓬莱の民に幸福何時なむぞ来る​​​​
 彼が編纂した台湾万葉集(集英社発行)の中にあったです。
僕は戦争さえしなければ「フォルモサの民」は必ず幸幅になると思います。独立戦争などは絶対にしないようにお祈りします。中国大陸のみなさんと協力して平和を創り出そうではありませんか。
 日本の平和憲法を読んで考えると、台北で生れ台北で育った僕には、日清戦争以来の日本の軍国主義はあやまりであったと思います。僕達日本人は、戦争の放棄を誓った「平和憲法」を、子供たち孫たちとともに、永久に、誠実に守りたいと思います。
 僕は、別府市の朝見病院の名誉院長です。精神保健指定医で、精神医療審査会の委員をつとめています。別府大学附属高校の衛生看護学科の講師も兼任しています。趣味として俳旬と短歌をやっています。
昨年(平成6年)12月、短歌の友達と合同歌集「別府歌帖」第三集を発行しました。
その合同歌集に「喜び」と題してのせていただいた短歌二十首を同窓の兄弟達に発表いたします。
​睡蓮の開花知らせる妻の声明るく弾む七月の池​
病室の窓より見ゆる泰山木美わしきかな下熱せし朝
​病室の窓越えて来るせみの声下熱せし朝たのしく聞こゆ​
問診をやめ老鶯の声聞けり患者もともに耳をすまして
​​​夏雀しきりに囀る朝の窓妻の寝息も混じりて聞こゆ​​​
パラソルの妻つれて行く投票所帰り道にてかき氷食う
​餌をやるひよどりの母発見し帰省の長女歓声あぐる​
首あげて口に母鳥より餌もらうひな一羽ありひよどりの巣に
​夕立が来ればひよどり巣に帰り羽根をひろげてひなを覆えり​
緑陰の池の水跳ねひよ三羽水遊びする八月の池
​友よりの見舞のみかん味わいて高校時代思い出しおり​
みどりの日ありがたきかな父母の七回忌しのぶ友のつどいて
​鉢植えのカーネーションの花持ちて入院の母見舞う母の日​
孫駆けて我に飛つく五月かな平成四年の旅の思い出
​這い這いの瞳輝く孫の顔我に向かいて元気よく来る​
ライオンになりたる我の声を聞き孫の裕太は逃げてゆくなり
​椅子つかみ二人目の孫立ちにけり「立った立った」とママが喜ぶ​
おしっこがトイレで出来て褒められて頭撫でられうれtげな孫
​もみじがり妻と二人の遊園地孫とあそびし思い出語る​
父の日の子のネクタイのプレゼント妻もながめてほめてくれたり
 僕は昭和24年の復活祭の時、九大医学部の近くにあった福音ルーテル教会で洗礼を受けキリスト者になりました。現在は妻と共に大分聖公会に所属しています。
 あなた方に平和があるように。ヨハネ福音書二十章十九節(新共同訳)

(注)文中の孤蓬万里(こほうばんり、1926年4月1日 - 1998年12月15日 )さんは、台湾の作家、歌人である。呉建堂さんは本名。
 以下はウィキから。

 孤蓬万里は、旧制台北高等学校在学中に、万葉集研究で知られる犬養孝に師事。戦後、医師の本業のかたわら、日本統治下で学んだ日本語で和歌や俳句の創作を行った。1993年には台湾で創作された和歌を『台湾万葉集』として刊行し、大岡信らの絶賛を得る。1996年には『台湾万葉集』が菊池寛賞を受賞。台湾人として日本の文学賞を獲得した第一号となった。






最終更新日  2020.05.26 14:30:13
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