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カテゴリ:クラシック音楽
『ダール博士に感謝!ークラシック音楽余談』 ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番
作曲家で楽器演奏に優れた才能を発揮する人が多いことは、サラサーテやクライスラーの記事で書きました。 例えば、モーツアルトやベートーベンは自作のピアノソナタやピアノ協奏曲などを、自分の演奏で初演をしています。この二人は書かれた音楽の素晴らしさを伝えるための自演でした。 ところがパガニーニ、サラサーテなどは自分自身のヴァイオリン演奏技巧を誇らしげに披露するための技巧曲を作曲しています。これは俺以外には弾けない曲なんだぞ」というつもりだったのでしょうか。今では若手のヴァイオリン練習生や若手ヴァイオリニストが楽々と弾いています。 今日の話題の人は、実はロシア生まれの作曲家・ピアニストのセルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)なんです。この人のピアノ演奏は実に鮮やかなテクニックを駆使していたそうです。 私は未聴ですが現在でも彼の自作自演の録音が遺されていてCDに復刻されています。 コンサートピアニストとして活躍していたのでしょう。 1917年に「ロシア革命」が起こり、自身が貴族の血をひいていたので、革命による身の不安を感じてロシアを逃れてアメリカに亡命、再び祖国ロシアの土を踏むことがなく、その生涯をアメリカで閉じています。 そのラフマニノフは18歳でピアノ協奏曲第1番を発表して、作曲家として順風満帆のヴィクトリーロードを歩き始めました。それから10年後の1897年(28歳)に満を持して発表したのが交響曲第1番でした。自信に溢れて初演を行なったのですが、これが音楽評論家・批評家から酷評され、さんざんこき下ろされたそうです。 この酷評は彼には予期しないことだったのでしょう、極度のノイローゼになってすっかり作曲活動を行う自信を失ってしまい、その後の2年間はまったく立ち直ることができなかったのです。 それだけラフマニノフは繊細な神経の持ち主だったのでしょう。 ノイローゼを快復するために色々な治療を試みたのですが、効果はなかったようです。 そしてニコライ・ダール博士との運命的な出逢いがありました。博士は催眠療法の名医でしたが、ラフマニノフは猜疑心のまま治療を受けていたのですが、4ヵ月後には彼を苦しめていたノイローゼが完治して解放されたのです。 再び創作意欲にかき立てられたラフマニノフが新曲に取りかかり、完成したのが不朽の名作「ピアノ協奏曲第2番ハ短調」でした。 そしてこの曲は1901年10月27日に、不死鳥のように蘇ったラフマニノフのピアノで初演され、大成功を迎えたのでした。 彼は言葉で言い表せない感謝の気持ちを込めて、この協奏曲を名医ニコライ・ダール博士に捧げました。 ラフマニノフの恩人のみならず、現在この曲を含めて色々な美しい音楽を楽しんでいる私たちにとっても「恩人」です。 博士に出逢うことがなければ、今日ラフマニノフの名は音楽史に残らなかったかもしれません。 ダール博士に感謝! 愛聴盤 ウラディミール・アシュケナージ(P) ベルナルト・ハイティンク指揮 ロイヤル・コンセルトへボー管弦楽団 (DECCA原盤 ユニヴァーサルクラシック POCL5153 1984年録音) アシュケナージのピアノは透明感にあふれ、実にまろやかな音色で情感豊かに紡ぎ出している演奏だと思います。 LP発売当時は録音の優秀さが話題になりましたが、CDに復刻されていっそう音質が向上しており、まるで自宅でコンサートを聴いているようなDECCA特有のピラミッドパターンの超優秀録音盤です。 今日は私の音楽メモには行事の書き込みがありません。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ともの『今日の一花』 雪柳 撮影地 大阪府和泉市 2005年3月 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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1番は不評だったのですか。知りませんでした。
ピアノ協奏曲の2番か3番かどっちが好き?という話にはなりますが。 ラフマニノフはきっと大きな手をしていたのだろうな~~とため息が出ます。 雪柳をアップでとるとこんなふうなんですね。 春らしさが伝わってきます(^ー^* ) (2005年03月30日 00時54分13秒)
らる0935さん
>1番は不評だったのですか。知りませんでした。 >ピアノ協奏曲の2番か3番かどっちが好き?という話にはなりますが。 > そうですね。 私はどちらも好きですが、2番はイギリス映画「逢びき」の全編に流れていたのをいつも思い出しますから、どちらかと言うと郷愁を誘う2番でしょうか。 >ラフマニノフはきっと大きな手をしていたのだろうな~~とため息が出ます。 彼の演奏を実際に聴いた人の文章を読んだことがありますが、グランドピアノが小さく見えるほどの大男だったそうです。 だから手も大きかったのでしょうね。 >雪柳をアップでとるとこんなふうなんですね。 >春らしさが伝わってきます(^ー^* ) ----- 私は雪柳を撮るのが大変好きなんです。 全体でしか肉眼では見ていませんから、レンズを通して見ると実に可愛い表情をしています。 その様が好きなんです。 春の大好きな花の一つです。 (2005年03月30日 01時28分04秒)
私にとってもこのアシュケナージ盤がベストです。昨年のツイマーマン盤はクール過ぎ、今月聴いたラン・ラン盤はまるで軽業師のようで、アシュケナージ盤が醸し出す、ほの暗い憂愁の美が感じられませんでした。本当にこの曲は何度聴いても素晴らしいですね。
(2005年03月30日 01時36分44秒)
会長0804さん
>私にとってもこのアシュケナージ盤がベストです。昨年のツイマーマン盤はクール過ぎ、今月聴いたラン・ラン盤はまるで軽業師のようで、アシュケナージ盤が醸し出す、ほの暗い憂愁の美が感じられませんでした。本当にこの曲は何度聴いても素晴らしいですね。 ----- もうラン・ラン盤を聴かれたのですか? さすが会長さん、早いですね。 ツィンマーマンはクールさが淡白に聴こえる演奏になっていますね。 曖昧なところがなくて、透明な感じの響きの演奏ですね。美しい演奏です。 他にはとなるとルービンシュティンの55年盤と、古い録音になりますが素晴らしい演奏で好きなんです。 音楽は何度聴いても飽きません。 素晴らしい協奏曲ですね。 (2005年03月30日 01時44分24秒)
ノイローゼ克服後の作品とは信じられません。多くのピアノコンチェルトのなかであらゆる点において突出した曲と思います。ダール博士の魂も入っているのでしょうね。
(2005年03月30日 14時40分54秒)
ピア2753さん
>ノイローゼ克服後の作品とは信じられません。多くのピアノコンチェルトのなかであらゆる点において突出した曲と思います。ダール博士の魂も入っているのでしょうね。 ----- ノイローゼの間は心の中で書きたいという熱があったのでしょうね。 それがマグマのように一気に噴出したのがこの2番の協奏曲だったのでしょうか? 素晴らしい曲です。 ダール博士の治療への執念でしょうか? (2005年03月30日 15時55分38秒)
ノイローゼが 続いていたら、
せっかくの 才能が 封じ込められてしまうところでしたね。 でも、順風満帆でありつづけるよりも、つまづきがあったからこそ より良い作品が 生まれることも あるのかもしれませんね。 雪柳の写真、今日も 見ることが出来てよかったです♪ (2005年03月30日 20時24分54秒)
lemon☆limeさん
>ノイローゼが 続いていたら、 >せっかくの 才能が 封じ込められてしまうところでしたね。 >でも、順風満帆でありつづけるよりも、つまづきがあったからこそ >より良い作品が 生まれることも あるのかもしれませんね。 > ノイローゼで自信喪失の間も心の中ではマグマの吹き出る如く作曲への意欲がたぎっていたのでしょうね。 それがほとばしり出てあの名曲を生んだのでしょう。 >雪柳の写真、今日も 見ることが出来てよかったです♪ ----- ありがとうございます。 そう言っていただくと私も嬉しいです。 じつは雪柳だけで20枚くらいの写真アルバムができます。 実物ではそうでもないのですが、写真に撮るととても可愛いので。 (2005年03月30日 21時19分18秒) |
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