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2019.12.29
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カテゴリ:今日のカープ
今年はラグビーワールドカップの盛り上がりもあって,空前とも言うべきラグビーのブームが来たと言ってよい。それを読み解くキーワードの一つに,「にわかファン」が挙げられる。ワールドカップをきっかけにラグビーの面白さを知った層が自称し,広く肯定的な意味合いで使われたようである。

これはある意味当然なことで,どんなものであろうと一番最初は「にわかファン」から始まるのだ。まさか生まれた頃からDNAにそのファンであることが書き込まれている人などいるわけがない。誰だって何らかの影響で,それが内在的な外在的かは別として,そのものを好きになる「事始め」があるべき事象があるはずなのである。だから,本来この言葉は価値中立的なもののはずなのであって,ネガティヴに使うこと自体が誤りと言うべきである。

まあそれはともかくとして,もうひとつ,ファンの有り様を読む視座としては,「Core/Light」の二分法が挙げられると思う。ただし,これも難しい。何を持ってCoreなファンというかの定義が自明ではないのだ。単にファン歴が長ければいいというものではないだろう。

敢えて私を俎上に挙げれば,まあ自分などいっちょかみの塊のようなものであって,およそ興味のあるもの全てその端くれをかじったようなものだ。だから何かについて深く語ることができない。ただし,長く生きているからそれなりにいろんなもののファンを長くやっているということだけは間違いないのだ。ラグビーでいうならばかつても書いたがあの松尾雄治と平尾誠二が対決した新日本製鐵釜石V7の日本選手権以来だからまあ相当長いが,じゃあラグビーについて一節語れるかと言われれば,そんな自信はない。まあ永遠にLightなファンのようなものだ。

じゃあカープはどうかって?はっきり言うならば,今の私は決してCoreなファンではない。敢えて言えば学生時代は頭の中の半分以上はカープのことだったからまあCoreなファンの端くれだったかもしれないが,今はそうではない。私の中では高橋慶彦がこちらに駆け抜けてくるかのごとき表紙の「月刊カープファン」を手に取ったときの感性のままでいたいと思っているところである。否,「Coreなファン」であることなど糞食らえだとさえ思っている。

私が常々思っているのは,そしてこれは自ら戒めていることなのでもあるが,「素朴な疑問」を大事にしなければならぬと言うことである。なんでもそうだがファンとしての付き合いが長くなるとその有り様すべてが当たり前に見えてしまうというきらいがある。やがてそれはseinにしか過ぎないものがsollenに見えてくると言うことに繋がるのだ。そういう目でしか見られなくなると,やがて思考は停止する。

それでは,いかんだろうと思う。しかし,残念ながら「Coreなファン」であることを自認しているような層に,そういう向きが多いと思う。そしてそういう向きに限って,「にわかファン」を小馬鹿にするような言動をして憚らない。全くバカバカしいことだ。もっと残念ながらこのことはカープファンには顕著であると思う(よそのチームのファンがそうではないというつもりはない。単に知らないだけだ。)。

一昨年のこのシリーズ前編で,私は「愛することを学ぶのに」と題して,ファンというもの如何を問うた。そこで私はこう申し述べたところである。少し長いが引用させていただく。

「こういうことになる理由は様々だろうが,そのひとつには,自分こそはもっともその対象が大好きで自分こそが第一のサポーターだという思い込み,といって悪ければ「無批判な献身性」によるものがあるのではないかと思う。私に言わせればその「無批判な献身性」のもっともたるものがカルトではないかと思うのだが,当の本人はそういうことに気がつかないらしい。

もっとも,私のような拗ね者からすれば,そういう向きは縁なき衆生と思うのみであって,まあ好きにやってればという以上でも以下でもない。で,済めばよいのだが,時にそういう向きの中にやたらと声が大きいものがいたりして,自分の信じる「愛」の形を絶対的な規範として振り回してくるのである。中には徒党を組んで来るものもいる。そうなると,ことは個別的,主観的な営みという範疇外のことになってしまって,ここにカオスが生じるのである。」

こうならないためにはどうすればよいか。やはり,目の前の事象について生ずる「素朴な疑問」を大事にすることに他ならないと思うのだ。その視点は,やはり心の中のどこかに「にわかファン」のそれを持っておかなければ出てこないものと考える。

少々長くなったが,このことはカープファンの有り様やサンフレッチェファン・サポーターの迷走を見るにつけ強く思ったことであり,かつ毎日駄文を物すものとして厳しく自戒しなければならぬと思って認めさせていただいた。それが自分にできていたかどうかは分からない。ひょっとしたらおまえこそ何を言うかと言われるかもしれない。しかし今日の文章はそれに対する自己批判も兼ねているものとして御容赦願いたい。

素直に目の前の事象を見よう。そして考えてみよう。

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最終更新日  2019.12.29 22:02:38
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