2022/01/22

見ろよ青い空白い雲。

(1)
カテゴリ:つれづれ
またしても自分の受験の話を持ち出して恐縮だが,1989年3月に第一志望だった京都大学法学部不合格という現実を突きつけられた私は,既に合格していた広島大学法学部への進学を決める。しかしそのときに,もうひとつ在京の私立某大学の商学部にも合格していて,一応二択の選択肢があった。どちらかといえば腕試しの意味での受験で,これも法学部はうまくいかず,商学部でなんとか合格したのである。

大学のネームヴァリューとかなんとかでは圧倒的に後者だったし,広大は見え見えの滑り止めで志望を大幅に下げた結果のものだったから,後者の選択も頭によぎったのだが,結局広大を選択した。これは決してカープが頭にちらついたのではなく,やっぱり後者は商学部というのが気に入らなかったのである。はたして自分は法学に適した頭だったかは今となっては全くわからないのだが,やっぱりやりたいことに最後は殉じたのである。大学のランクなどと言うのは,全く関係なかった。

それから23年たった今,今度は娘が来シーズンの受験を控えている。とりあえず大学のキャンパス見学などをさせて第一志望と第二志望は決まったようなのであるが,どちらも偏差値が変わらないと今日もブツブツ言っていた。まあ,私学ならいくら受けてもいいし,そもそもそれを言い出すのは早いのだが,今は気になって仕方ないのだろう。私は妙にオプティミスティックなところがあってそのうちなんとかなるだろう的な世渡りをしてきたのだが,まあ娘の反応こそ正常なのかもしれない。

それでも私の受験の経験からやらせてあげられることは,とにかく間口を広げること,より多くの大学をチャレンジさせることかもしれない。私は現役の時は国立2大学しか受けなかったが,ある意味暴挙だった。せめて関関同立の学部をくまなく受けていればどこかには引っかかったかもしれない。だからこそ翌年は腕試しがてらのチャレンジを都の西北(あ,言っちゃった)に定めたのである。それと,推薦入試とか総合型選抜にできるだけエントリィさせることか。本当に,今の入試は多様なメニューが設定されているので,ある意味うらやましい。

自分の時で言うと,我が母校は当時ひとつだけ指定校推薦の枠を持っていた。これまた大学の名前だけ見れば魅力的だったのだが,経済学部というのがネックになってやっぱり手を挙げなかった。当時の成績なら手を挙げたら通っていた可能性もあるが,まあ大いなるIFにすぎない。今となってはえり好みしすぎた気がする。だから財布の中身に福澤先生には縁がないのかもしれない(また言っちゃった)。

だから,私はこのたび共通テスト当日に東大農正門前で刺傷事件を起こした彼を笑えないのだ。自分だってたいがい京大法学部にとらわれていたのだ。ただひとつ違うのは,400人の定員がある京大法学部と,東大の中でも狂気的に頭のいいのが行く東大理科三類との違いだろう。それと,パーソナリティかな。彼のような激しい思い込みは,私にはなかった。むしろ前述のようにそのうちなんとかなるだろうでここまで渡ってきたのである。だから,植木節は偉大なのだ(なんやこの締めは)。

黙ってついてこられても,何も出ないが。

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Last updated  2022/01/22 10:04:34 PM
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