カテゴリ:愛鋏 植木鋏
法政大学出版局から「鋏」岡本誠之氏著では、大久保鋏もしくは、大久保型という名称は、一切出てこない。つまり、何処が出生か不明である。大久保が地名なのか?名前なのかもわからない。大久保という形がいつの間にか一人歩きした鋏といえる。これほど使われていれば現代であれば「元祖」なり「創業者」と名乗って出て来ても不思議ではない。ところが新門出版社鋏読本1987年にも法政大学出版局から「鋏」岡本誠之氏著でもその云われの記述が出てこない。
おそらく国内で最も使われている木鋏が大久保型鋏でしょう。以前、ブログで紹介したよい鋏の選び方「先輩からの教えに手のひらに納まる大きさ」という指導があった。確かに、大久保の多くは180ミリから190ミリなのでほとんどの大久保は、「手のひらに納まる大きさ」だ。 「当らずとも遠からず」よい鋏の選び方「先輩からの教え」に納得がいく。30年前の当時この辺では、大久保型以外の鋏は、あまり見かけい。しかも、刃裏の隙具合も極、薄っすらであった。もしくは、カシメの緩みによって切断されるため裏隙のまったく無い鋏もあった様に記憶している。 大久保鋏は、構造的にみても切断する対象物にもよるが5ミリ程度の茎を連続切断するには少々小型すぎる鋏だ。180ミリから190ミリ、支点から作用点の距離が短いため一定の太さ3ミリ程度の摘み込みでも腱鞘炎になりそうな構造だ。しかし、何故これだけ世に普及したのだろう。 これは、推測でしかないが通常使用された中国鋏の影響を受けた型からほとんど変化していないため。もしくは、鍛冶屋の独りよがり(効果、効率性の無視)によって改良する機会を逸してしまった。または、花鋏からの延長線で考案され太い枝は、切らなかった。と幾つかの理由は考えられる。いずれにしても他の鋏と比較すると平均5ミリ程度の摘み込みだとかなり疲れる。大久保のわらび手の特徴は、親指太陽丘にシックリはいるように造られている。 大久保鋏 恐らくわらび手の握りやすさの理由から多く普及したのだろう。つまり、万人鋏といってよい。はっきり云って切れ味や使いやすさでは、岡常に完全に負けている。それでも新潟、岐阜、兵庫、その他打ち刃物には、必ず安い大久保鋏がつくられている。 この三大刃物処には、オリジナルの鋏が無いのが特徴だ。量産してコストを落とし大量に販売する。そうやって生き残ってきた。しかし、これからはどうだろう。岡常は、岡常というブランドを確立した。27,8年前に初めて岡常と出会い全鋼で鋳物の鋏というのは、かなり画期的だった。 また、大阪堺は、商工の土地柄でオリジナルを生み出した。それは、東京近郊の千葉、埼玉の地場産業として関東の鋏もしかりだった。それに比べて新潟、岐阜、兵庫、は如何だろう。佐助型、津島型、大久保型の低コスト鋏つくりに徹し、兵庫三木の鋏正宗や一部を除く企業は、オリジナルを造ることはなかった。オリジナルとは、つまり使う側となって考案された鋏や道具であったかどうかの問題だ。 今回、津島鋏という狭い地域の鋏が新潟をはじめ全国の刃物産地で佐助型・大久保型と同じく「津島型」として生産しているメーカーが幾つかある。また、機械打ちなので津島鋏よりも綺麗に完成度が高い鋏として販売されている。ネットで紹介されているなかに津島で造られたものではない鋏に堂々と津島鋏として販売しているのも見かけた。いずれ、後継者がいなくなった後は、大久保鋏同様、発祥や云われが判らないまま津島鋏として製造されていくのだと思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2010年12月28日 08時37分10秒
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