ガーデンデザイナーのブログ

2012/03/10(土)10:19

第五の不思議、最終回

近代別荘・別邸史(23)

第五の不思議、音二郎一行は、どの経路で団十郎を訪ね、葬儀時、何処を道普請したのだろうか? 「鄙びたといっても、茅ヶ崎には団十郎の別荘もある。梨園の長者である団十郎を、音二郎が表敬訪問すると、「松籟の音や波の音が、いまにも頭の上へ落ちて来そうに思われるので、夜などは物すさまじゅう感じますわえ」と療養中の団十郎は言った。茅ヶ崎はまだそんなところだった。」 山口玲子著小説「女優貞奴」第5章 女優開眼 茅ヶ崎の魅力に早くに気付き、別荘「孤松庵」を設けたのが「劇聖」と呼ばれた歌舞伎俳優九代目市川団十郎(1838 - 1903)。今から100年以上前、東海道線茅ヶ崎駅が開設される前別荘地として、芸能ゆかりの地として開かれていく茅ヶ崎のまちの物語はこの団十郎別荘から始まる。 この屋敷で六代目尾上菊五郎など次代を担う若い歌舞伎俳優も育った。したがって茅ヶ崎は近代歌舞伎伝承の道場であったともいえる。団十郎は1903年明治36年9月13日茅ヶ崎の別荘(孤松庵)で亡くなっている。茅ヶ崎での葬儀で弔問客のため駅から団十郎邸までの道普請や道案内に奮闘したのが高砂(たかすな)緑地の住人川上音二郎であった。では、それは、何処の道だったのだろう。 これはよく知られたエピソードであるが、この時川上一門と福井茂兵衛は、弔問客に備え茅ヶ崎停車場から団十郎別荘かまでの道の整備にあたり、全国へ指令を出して新派劇を一日休演させた(注28)この間音二郎は大磯蹌浪閣に伊藤博文を訪ね、20日の青山斎場での本葬のための弔辞を依頼している。 一国を代表する俳優を葬るのに国家が顕彰するのは当然との西洋での見聞を訴えたのだろう。前代まで最下層の身分に置かれた俳優のために一国を代表する元老の弔辞は、異例のことであった。斎場でこれを代読したのが音二郎である。 15日、遺体は茅ヶ崎駅から東京の本邸に向け搬送されるのだがその前にわざわざ村内を一周して別れを告げている。団十郎の遺志であったのだろう。茅ヶ崎駅から貨車を貸切り、棺は鉄路東京築地の本邸に送られたのだがこの時駅頭で棺を見送る一人の少年がいた。6歳の土方与志である。このことについては前号島本千也氏の論文でも触れられている。端なくも茅ヶ崎駅頭で三世代の代表的な演劇人が会したことを記念する風景である。 注28 注1-6「そこで停車場から師匠の別荘までは一里余もあり、五つも路があって、川上さんの前を通るのが一番近路なので、小川があった処へ橋を架け、所々へ杭を立てて堀越(団十郎の本名)道という貼紙をしてランプを吊り下げたのですが、実にこの機転で東京から来た人達は助かったのです。ヒストリア茅ヶ崎2011第3号より小川稔氏文 地図左明治29年から42年、地図右大正6年から13年 茅ヶ崎町の中心は、1921年大正10年にはすでに駅北側に形成されている。新町地区と西へ旧東海道筋まで宿場町らしい商店街が形成されている一方、駅南側にはまだ家屋は少ない。南湖へ向かう人は、駅を降り、一旦北口へ出て、商店街から左折して、踏切(現在の地下道)を渡っていたと考えられる。 駅南側に改札が出来るのは茅ヶ崎駅開設からずいぶん経ってからである。昭和2年9月21日、新田信茅ヶ崎町長の覚書に1923年大正12年南湖院長高田畊安から南出入り口を開設する必要なる土地を率先無料にて鉄道省へ寄付せられたるに対して感謝の意を表している。ヒストリア茅ヶ崎2011第3号より 1903年明治36年、博文館の雑誌『太陽』12月号に載った江見水蔭「霙」の冒頭に次のように描かれている。江見水蔭は、1903年明治36年1月25日、川上音二郎一座の翻案劇『オセロ』の本読みに茅ヶ崎館を訪れている。この時の経験が小説「霙」になったもの。    「砂の白きに埋れて青麦未だ芽を見せず。桑に葉は無し甘藷は蔓のみの畑。これを幸ひの間道にして、行来の人の足跡の多いのに釣込れた我、正しき路を捨て。つひ此方を取って行く茅ヶ崎停車場の裏手。路ならぬ路を踏んで砂山を越し松原に入り、未だ初雪を見ぬ此頃に梅の咲く宿を訪れた。」  「行来の人の足跡の多いのに釣込れた我、正しき路を捨て。つひ此方を取って行く茅ヶ崎停車場の裏手。」と、正式な出入り口ではないが、停車場の裏手からの路がすでに出来ていたようである。駅南側の海岸地区が次第に開発され、人の往来が多くなれば自然と道(踏跡)が開かれたものと考えられる。  1923年大正10年測図の地形図では駅南側に、4~5軒の建物が確認されるのみである。駅の改札口があったかどうかは不明であるが、駅を降りた乗客が南口を利用しているのは理解できる。おそらく、各別荘や南湖院への案内・送迎の人力車(タクシー)の拠点が出来ていたと考えられる。 文 地理・地域研究者 島本 千也(しまもとかずや)

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