マルコム・グラッドウェル著『天才! 成功する人々の法則』を読む
マルコム・グラッドウェルが書いた『天才! 成功する人々の法則』(原題:Outliers: the Story of Success, 2008)を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。 マルコム・グラッドウェルというのは、私と同い年の人ですが、モノが爆発的に売れ始めるとはどういう現象かを説明した『ティッピング・ポイント』という本で華々しくデビューし、直観やひらめきの正しさを論じた第2作『ブリンク(最初の2秒の「何となく」が正しい)』も売れたベストセラーライター。当然、『天才!』も売れて、まあ羨ましい限り。 しかし、売れるのも当然で、グラッドウェルは目の付け所が素晴らしい。 本作『天才!』も、冒頭からして面白いんだ、これが! この本の冒頭、ある学者さんが奥さんを連れてアイスホッケーの試合を見にいくシーンがある。で、選手たちを紹介したプログラムを見ていた奥さんが、ある驚くべき事実に気づくんですな。 なんと、アイスホッケー・リーグのトップチームの選手たちのほぼ全員が1月・2月・3月生まれだったと。 で、奥さんにそのことを指摘されてビックリしたその学者さんは、慌てて他のプロ・ホッケーチームの選手名鑑を調べたら、そこでも圧倒的多数が1・2・3月生まれだった。 なんでそうなるのか。 実はカナダのプロホッケー界では、毎年、1月からシーズンが始まるので、ホッケーというスポーツ全体が1月を基準に年度が変わっていくわけ。そうするとその下のリーグもそうだし、もっと若い、9歳とか10歳とかいう少年たちのレベルでも、1月のシーズン開幕と同時に、有望株を探す作業が始まると。 そういう少年レベルになると、1・2・3月生まれは、10・11・12月生まれの子供よりよほど成長が早いわけ。だから体も大きい。当然、上のリーグの連中がその中から有望株を探すとなると、1・2・3月生まれの、体の大きい選手から探すことになるので、そういう子たちが特待生枠に入りやすいと。 そうやって小さい頃からホッケー特待生に選ばれ、その分、他の月の生まれの子供たちより早く、専門的な指導を受け、豊富な練習時間を与えられ、設備の整った環境でホッケーの練習ができるようになるので、そういう子供たちは、そうでない子供たちよりどんどん上達していく。結果、プロ・ホッケー選手になるのは、そういう子供たちの誰かなんですな。だから、カナダのプロ・ホッケー選手の大半が1・2・3月生まれだったと。 はい、このことから何が分かるでしょうか? プロ・ホッケー選手になる人というのは、ホッケー選手のごく一部、頂点の頂点、すなわち全員が例外的な天才(Outlier)なわけですが、実は天才というのは、単にその選手の才能のことを指すのではなく、その選手が勝ち得た「環境」をも指すのだと。つまり、天才が生まれるためには、偶然その人に与えられた環境の影響が、実は想像以上に大きいのだと。 だけど、天才が開花するためにはもう一つ条件があって、それは圧倒的な練習量。で、本書によると、そこにもティッピング・ポイントがあって、それは「1万時間の練習量」(47ページ)なのね。複雑な仕事をうまくこなすためには、1万時間の練習が必要であると。 だから、早くから才能を開花させた天才というのは、偶然恵まれた環境の恩恵で、早くから練習を始めることができたため、早い時期に練習量1万時間を突破し、そのために若くして才能を花開かせたのだと。 たとえばモーツァルトのような天才ですら、6才の時に作った交響曲なんて大したことない。だけどその後モーツァルトは作曲を続け、21歳の時に初期の傑作『ジュノム』を書き上げる。6才の時から21才までの間に、モーツァルトは「1万時間」の壁を突破したんですな。 だから、天才というのは環境の影響を受けるわけだけど、たとえばビル・ゲイツもそう。 ビル・ゲイツはもちろん、コンピュータ界の天才であるわけだけど、彼がその才能を発揮できたのは、生まれたのが1955年だったから。もしそれ以前に生まれていたら、まだパソコンがない時代なので、少年時代の彼がパソコンに触れられたはずがない。またもしもっと後に生まれていたら、ただ単にパソコンに詳しい少年ということで、そのまま大学でコンピュータを学び、卒業後はIBMにでも就職して平凡な技師で終わったかもしれない。 パソコンの創成期、まだどっちの方向に成長していくか分からない時期に、たまたま、完成まもないパソコンに触れるチャンスを得たことによって、ビル・ゲイツの才能が開花したのであって、それは生まれ年という、ゲイツ本人にはどうしようもない環境的条件の結果であったと。 天才とは、個人の才能と、その個人が偶然に得た環境の産物だ――これが本書を通じてのグラッドウェルの主張ね。 すごくない? 天才ってのは、いつの時代に生まれても才能を開花させたはずだ、という風に普通は思うわけだけど、そうではない、と、色々な例を引きながら説得力を持って主張するわけだから、この本が面白くないわけがない。 でまた逆に言うと、環境が揃わなかったら、天才は天才を発揮できないということにもなるのだけど、グラッドウェルはそういう例も出す。IQ的に言えばアインシュタイン・レベルの人がいるんだけど、この人は生まれた家の環境が悪くて、親の支援が受けられなかった。その結果、大学すらもまともに出ることができず、何の成果も出せないまま、フリーターみたいな状態になっている。 そういう人っていうのは、多分、世界中にゴマンといるんでしょうな。環境のせいで、才能を伸ばせなかった人っていうのは。 でも、このことはある意味、とても自己啓発的なわけよ。だって、生まれ持っての才能の部分は自分にはいかんともしがたいけれど、環境については、ある程度まで自分で何とかなるわけだから。たとえ才能の点では多少、トップの人たちには届かなくても、自分で環境を整備し、「1万時間」の練習量をこなせば、ひょっとすると、埋もれた天才よりはすごい仕事を後世に残すことができるかもしれないのだから。 だからこの本は、ある意味、自己啓発本です。 だけど、この本はここからさらに、妙な方に話が進むの。 たとえば、ある時期、韓国系の航空会社が、航空事故を頻発させた、というような話が延々と続いたりする。 ではなぜ、韓国の航空会社で飛行機がやたらに落ちるのか? それは、韓国社会が長幼の序を重んじるから、なんですな。だから、副機長は、機長のやることに口出しできない。機長が間違った判断をして、副機長がその間違いに気づいたとしても、長幼の序があるから、機長にそのことが言えない。だから結局、機長の間違った判断のまま、飛行機が落ちると。 つまり、飛行機が落ちるのは、韓国の長幼の序を重んじる文化のせいだったわけ。 天才を生むのも環境の要因が大きいのだけど、飛行機が落ちるのも、実は、環境(文化)のせいだったと。 だけど、人はそのことに気づいていない。文化のせいで飛行機が落ちるなんて、思ってもいない。だから、このことに気づくのが重要だよと。事実、韓国の航空産業でもこのことに気づき、コックピットの中の会話を英語でするように変えたんですって。そして機長と副機長が英語で会話することで、文化的要素が多少とも薄れ、お互いプロとしての仕事を完遂することができるようになった結果、実際に韓国の飛行機は落ちなくなった。 つまり、そのことに気づけば、直すこともできると。 はい、自己啓発~。 そして、さらに印象的なのは、この本の最後の章。なんとグラッドウェルは、自分の先祖の話をし始める。 それによると、グラッドウェルの祖先はジャマイカの人なんだけど、そこにイギリスから支配層(白人)がやってきて、サトウキビ産業を興すと。 当然、白人は、ジャマイカの黒人の女性を奴隷として買って、愛人にする。すると、色の白い混血の子供が生まれる。 アメリカの場合と違って、ジャマイカでは、白人支配層は金儲けのことだけ考えていて、ジャマイカを政治的に支配しようとは思っていない。そうなると、あくまで現地のことは現地人が仕切ることになるのだけど、そうなってくると、現地人の中でも肌の色が薄い人ほど、ジャマイカ社会では特権的立場を得ることになる。 で、グラッドウェルの祖先も、混血児の家系として特権的な立場を得てきたと。だから、さらにその子孫であるグラッドウェルも、いい身分の子として、あらゆる恩恵を受けながら育った。もちろん、それは混血ヒエラルキーの結果なのだから、大手を振って自慢できるものではないかもしれないけど、とにかく、そうだったと。 グラッドウェルは本書の最後の章でそういう自分の出自を語るわけ。自分が今日あるのも、そういう環境のおかげだと。 ちょっとこの辺りの記述は、なんというか、ぞっとするような告白だよね! でも、グラッドウェルは自分のことも、環境の結果なんだと認めることで、本書の主張の後ろ盾にしているわけ。 というわけで、この本、厳密な意味で実証的な本ではないかもしれないけれど、妙に説得力があると同時に、単なるビジネス書ではない、どこか文学的な何かを感じさせるような締めくくりを持つ、印象的な本だったのでした。これこれ! ↓【中古】天才! 成功する人々の法則 /講談社/マルコム・グラッドウェル(ハードカバー)