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November 15, 2019
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何年前の話だったか、某国で40人近い犠牲者を出した列車の脱線事故があって、原因追及が始まる前に、事故を起こした列車を土に埋めちゃった、というニュースがありましたよね? 埋めてしまえばなかったことになるんじゃないかという、驚くほど短絡的な考え方に世界が仰天したという。

 例の「桜を見る会」の件、安倍某がそそくさと来年の会を中止にしたというのは、何となく、この「列車埋めちゃえ事件」を思い起こさせるところがありますなあ・・・。こうなってくると、某国のことを笑えないね!



 さてさて、私は今、父の蔵書の処分のため、実家に戻っております。

 父が亡くなってすぐの段階で、相当数の蔵書を処分したのですが、今回はその第2弾ということで、より価値の高い本を処分することになり、今回は業者さんを呼んで直接査定してもらうことにしました。ま、価値が高いと言ったって、処分するとなれば二束三文にはなってしまうのですが。

 父が愛蔵した本を処分するというのは、しかし、心苦しいものですなあ・・・。


 ところで、今日の夜ご飯は実家で食べるよと言っておいたところ、母が餃子を作ることにしたらしく。

 ところが、久しぶりに作るので、その作り方を忘れてしまったようで。なんでハードルの高い料理を選んだのかねえ・・・。それで結局、私が大半、作ることになってしまった次第。

 しかし、餃子なんか作ったことないし。餃子の種を皮に包むのだって慣れてないので一苦労。

 で、焼くのだって、ほとんど初めてかも。

 で、実際に自分で焼いてみて知ったのですが、焼き餃子といいながら、あれはほとんど蒸し餃子なんですね。料理としては、基本、蒸すことで火を入れている。で、水が完全に蒸発した段階で、少しだけ焼くから焼いた料理みたいに見えるんだなと。

 まさか、この歳になって、焼き餃子の真実を知ることになるとは。人生何があるか分からないものでございます。

 で、でき上がった餃子ですが・・・うーん、完成度はイマイチだったかな? やっぱり、最初から上手に焼けるほど、餃子作りも甘くはないと。

 でも、まあ、とにかく、私に餃子を振る舞おうとしてくれた母の心意気だけおいしくいただいたことにしておきましょうかね。






Last updated  November 15, 2019 08:30:00 PM
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カテゴリ:教授の雑感
今日、同僚のN先生(女性)と話をしているうちに、彼女が塚ファンだということが判明しまして。

 とはいえ、年季の入ったファンではなく、せいぜいここ数年、ファンになった、ファン歴の浅いファンとのこと。ちなみに、N先生の推しは愛知県出身で月組トップの珠城りょうさんなのだそうで。

 で、塚ファンの何が楽しいかというと、自分の推している人が、段々出世してトップになるのを見守ることだそうで、Nさん的には自分の推していた珠城さんがついにトップに立ったということで、幸せの絶頂なのだとか。

 反面、トップに立ったということは、珠城さんが宝塚に在籍できる時間も限られてくる。トップは3年前後で入れ替わるそうですのでね。だから、珠城さんがトップのうちは、出来るだけ時間を作って公演を見にいくのだとか。

 というような話を聞いていて思ったのですが、ある意味、塚ファンというのは、大相撲ファンに似ているのかなと。つまり、新入幕あたりから目をつけていた力士が段々出世して横綱までなるのを見守るのが至福、的な。そして横綱になったらなったで、最高に嬉しい反面、もうあとは引退しかないという一抹の寂しさもある、的な。

 あと、N先生によると宝塚のいいところは、かならずハッピー・エンドで終ることだと。

 公演の題目が悲恋の場合もあるけれど、例えば『ロミオとジュリエット』とかで、ヒロインが死んで悲劇的な幕切れになるとしても、そのまま終わらず、その後で死んだ人も死ななかった人も、みーんなニコニコ笑顔で再登場して、派手なフィナーレをやるというのですな。つまり、「さっきのは演技、演技! 本当は死んでませーん! 皆さん、楽しんでくれましたか~!!」的なパフォーマンスをやると。そうやって、最終的には派手でご陽気な雰囲気にして、それで客を送ると。

 この、最後の派手なパフォーマンスで、劇中の敵も味方もノーサイド状態にし、観客には幸せな気分になって帰ってもらう。この徹底したハッピー・エンドな方針が、エンターテインメントとしてたまらないと。

 なるほど! その意味では、まさに宝塚にはハーレクイン・ロマンス的な側面もあるわけか・・・。

 というわけで、宝塚ってのは、やっぱり娯楽として筋金入りのものなんだなと、いたく感心してしまったワタクシなのであります。女性ファンの心を掴んで放さないわけだ。納得。






Last updated  November 15, 2019 12:41:46 AM
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November 13, 2019
カテゴリ:教授はつらいよ
相変らず、新書本の校正作業をやっているのですけれども、やっぱりプロの校正さんってすごいね。まあ、こちらの日本語の誤りをズバズバと指摘して下さって・・・。

 で、そのご指摘を受けると、いかに自分が言葉を知らないか、いかに自分の日本語が拙いか、思い知らされるという。

 例えば、「戦争の火蓋が切って落とされる」なんて、ついうっかり書いちゃうじゃん?

 すると、「火蓋は切ることはあっても、落ちません」なんて書かれてしまう。「火蓋が切って落とされる」というのは、「火蓋を切る」と「幕が切って落とされる」を混同した誤用なんですな。まあ、言われれば「あ・・・そうか・・・」と思いますけど、つい、使ってしまいます・・よね??

 あと、「間髪を置かずに」なんて書いていたのを、「間髪を容れずに」に直されていた時も、しまった~! と赤面してしまった・・・。

 あと、「敷居の高い」ね。この言葉も、私はついうっかり「難度が高い」の意味で使っていたのを、「誤用です」と指摘されてしまった。そうでした、そうでした。

 それから、キリスト教の堅い信仰、というつもりで、「堅信」という言葉を使ったら、これは儀式を指す言葉で、堅い信仰という意味にはならないと指摘されてしまった・・・。

 あ、そうそう、それから「家紋に傷をつける」と書いてしまったのを、「家名に傷をつける」ではないか、と指摘されたのも恥ずかしかった・・・。

 とまあ、一々挙げて行ったら切りがないほど、私の原稿は間違いだらけだったと。

 もう、アレだね。勉強不足。もう人のことは言えません。

 まあ、でも、こうやって恥ずかしい思いをすると、次は間違えないからね。いい勉強になったと言うべきでしょう。

 それにしても、プロの校正さんってすごいな。ま、それが専門なんだから、当たり前かも知れないけれども。






Last updated  November 13, 2019 01:00:06 PM
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November 12, 2019
カテゴリ:今日もいい日だ
来月出る新書本の表紙案・帯案が出ました~!

 まあ、新書ですから、基本的なレイアウトは変らないのですが、しかし、自分の書いた本のタイトルと、何よりも自分の名前がそこにどーんと書いてあるわけですから、やっぱり感慨深いものがあります。

 でまた、帯がね! これが、インパクトのある奴なのよ。帯だけでも、相当数のお客さんを惹きつけられるのではないかと。

 でまた、当然、表紙には著者紹介がありますから、そこに、私が今までに出した本のタイトルがずらずらと載っている。この新書を読んで、私の書くものに興味を持ってくれた人が、さらに他の本を手に取ってくれるとしたら、いいよなあ・・・。

 地元の本屋に私の本が新刊本として並んだら、勝手にサイン会やっちゃおうかな。

 というわけで、モチベーション、上がりまくりよ。

 この気合で一気に、再校の仕事、終わらせようっと!






Last updated  November 12, 2019 09:29:39 PM
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November 11, 2019
カテゴリ:教授の読書日記
シェリー・E・テイラーが書いた『それでも人は、楽天的な方がいい』(原題:Positive Illusions, 1989)という本を読了しましたので、心覚えをつけておきましょう。

 本書は大まじめな心理学の本なのですが、基本的な問いは割とシンプルで、「『健康な心』とは何か?」というものなんですな。

 で、従来の心理学の見方ですと、健康な心というのは、要するに、現実を正しく、客観的に、しっかり把握している心のことを言うのだろうと思われていたんですな。で、この考え方は、例えばエリック・エリクソンとかエイブラハム・マズロー、カール・メニンジャー、エーリッヒ・フロムあたりまで、自明の理として受け容れられてきた。

 それはもう自明なわけですよ。実際には泳げないのに、「自分は泳ぎが得意だ」という認識を持っている人がいたとしたら、その人は水に飛び込んで溺れるわけですから。泳げないのだったら、「自分は泳げない」という現実をしっかり把握する――これが健全な精神であると。

 ところが、どうもそうではないのではないかという発見があったと。

 つまりね、「正常な人間の思考にはバイアスやイリュージョンがある」ということが分かってきた。もっと簡単に言えば、客観的な事実を越えて、人間は自分のことをよりポジティヴに認識していると。

 ここ、重要なんだけど、バイアスがあるとか、イリュージョンを抱いているというのは、現実を間違って認識している、ということではないのね。そうじゃなくて、一様に、ポジティヴな方向に振れた見方をしているっていうこと。

 子供に顕著なんだけど、大抵の健全な子供は、「自分はクラスの中でヒーローだ」と思っているんですな。他の子供より、自分が何らかの点で優れているし、そう認められていると思っている。実際にはそうでなくても、そう思っていると。あるいは、皆が皆、そう思っているんですな。

 でまた健全な人間というのは、良いことが起こると、それは自分のせいであって、必然だと思うんですな。逆に悪いことが起こると、それは偶然だと思う傾向がある。

 で、このことをさらに厳密に言うと、健全な人間というのは、起こる物事に対して、それをコントロールする能力が自分にはある、という幻想・イリュージョンを抱いている。それを抱いている人こそが、健全な心・健康な心の持ち主であると見なすことが出来る――これが、現在の心理学の「健康な心」観なのだと。

 例を挙げれば、ギャンブラーがサイコロを振る時、念力を込めるわけですよ。「1出ろ」とか「3出ろ」とか。そんなことを念じながらサイコロを振る。現実には、サイコロの目というのは、偶然に左右されるのだから、そんなこと念じたって意味ないんですよ。だけど、健全な人間はそうは思わない。念力を込めれば、自分でその偶然性をコントロールできると信じている。それが健全な心だと。

 面白いねえ! 確かに、そういうところありますよね!

 だけど、こういう健全なイリュージョンと、病的な楽観主義は全然異なります。

 健全なイリュージョンの持ち主は、そういうイリュージョンを持っていたとしても、現実を知ればそれを受け容れます。つまり、ちゃんと現実を把握しているわけ。サイコロで「1出ろ!」って念じて、結果1が出なくても、「そういうもんだろ」とちゃんと現実を受け容れる。

 ところが病的な楽観主義者は、そういう外的な状況を受け容れません。物事がうまく行っていないのに、うまく行っていると信じてしまう。だから、現実を見間違っているので、その結果、非常に大きなトラブルに巻き込まれることになる。

 だから、健全なイリュージョンと、病的な楽観主義は全然違うわけ。前者は現実に対処できるけど、後者は出来ない。

 どうしてそうなるかというと、健全なイリュージョンってのは、自分自身に直接かかわることだけに起こるから。自分自身については、ポリアンナも真っ青ってくらいに好意的に捉えているんですな。でも、その他のことはかなり正確に現実を客観的に把握している。だから、全然問題ないわけ。

 で、こういうイリュージョンを持っていることをもって健全と見なすわけは、それを持っていると、人間というのは、自分自身に満足して幸福になれるし、他人のことを思いやれるし、生産的な仕事に生きがいを感じられるし、厳しい環境の中でも成長しようと努力する原動力になるから。これらのことは、この自分に対するイリュージョンによってもたらされているところが多いわけよ。

 特に「自分のことを好意的に捉えられる人間のみ、他人を思いやることができる」っていう発想は、1970年代にさかんに言われた概念で、その筆頭はカール・ロジャースだと。で、ロジャースによれば、自分に価値があると思っていると、他人にも価値があると思いがちだというのですな。つまり、自分を肯定的に捉えるという心の動きは、自己中心的になるのではなく、その逆に、他人に対する思いやりを育てると。

 面白いねえ!

 でまた、自分を高く評価している人間は、難しい問題にも積極的に、かつ長い時間、取り組むというのですな。そうすると、当然、成果も出るわけで、イリュージョンを持っている人は、持っていない人に比べて、社会的な成功者になる確率が高くなる。

 また健全なイリュージョンを持っている人は、自分のコントロール能力に自信がありますから、自ずと自分をコントロールする(律する)傾向も強くなる。つまり、「こういう人間になりたい」という強い意志を持って、その意志を押し通す力があると。それは、人間的な成長につながるわけね。

 しかも、バーニー・シーゲルやノーマン・カズンズの著書からも窺えるように、この種の好意的な自己認識、自己のコントロール能力への信念は、その人の健康をも高めるというのですな。精神的なものによって、体の健康って、相当左右されるもので。

 ところで、自己のコントロール能力に自信がある健全な人間にとって脅威となるのは、「偶然不幸になった人」の存在です。なぜなら、誰もが偶然事故にあったり病気になったりするのであれば、自分の身にもそれが降りかからないとも限らない。それはつまり、そういうものは自分のコントロールの出来ない領域の出来事であるということになってしまって、それは自分の存在を根底から揺るがすようなショッキングな認識になってしまうから。

 だから、偶然災難に遭った人が身近にいると、それに何らかの理由を付けようとする。

 夜道で暴漢に襲われた隣人が居たとしたら、「そんな、夜、外をほっつき歩いているから、そういうことになるんだ」と考える。自分は自分の行動をきちんと律することが出来るから、自分は不幸な隣人のような目に遭うはずがない、と考えたくなるわけ。

 でも、そんな健全なイリュージョン保持者ですら、偶然、不幸に遭うことはある。例えば、ガンになるとかね。

 でもね、そんな時でもイリュージョンは発揮されます。

 どう発揮されるかというと、「もっと悪いことが降りかかったかも知れないのに、この程度で済んだ自分はラッキーだ」と考えるわけ。

 「ガンはガンでも、自分は初期の段階で見つけられた。ステージ4で見つかった誰かさんと比べれば、自分は超ラッキーだ」と考える。そうやって、「もっとひどい状態」を想定し、それと比べれば自分はなんて幸運なんだと考える。それが健全な心の動きであると。

 だからね、健全な心の持ち主には、「最悪」という事態は、事実上、存在しないわけ。常に、それ以下が想定されるのだから。ステージ4のガンで余命いくばくもない、という最悪の事態になっても、本人にとっては、それは最悪ではないんですな。「自分はもう70年生きたからいい。隣りのベッドの娘さんは、若いのにステージ4なんだから自分よりもっと可哀想だ」とこうなるわけ。常に、もっとひどい状態があるのだから、最悪ということは存在しないわけ。

 逆に、イリュージョンを失った状態が、要するに「鬱」なわけですな。

 というわけで、あまり意識されていないけれども、実はこの自分についてのポジティヴな偏向が、いかに人間を幸福にしているか、それがないといかに人間は不幸になってしまうか、ということが言えるわけですよ。

 ま、そんなことが本書には書いてあるわけでございます。

 面白いね! 

 そして、世界一鬱になりそうもない男、この不肖・釈迦楽がなぜ幸せなのかも、本書によって解き明かされた次第。私は天性のイリュージョニストだったんだ!

 というわけで、幸福心理学のこの本、ある意味、自己啓発思想のバックグラウンドを科学的に解き明かした本であると言えるのではないかと。教授のおすすめ!と言っておきましょう。



それでも人は、楽天的な方がいい ポジティブ・マインドと自己説得の心理学 [ シェリー・E.テイラー ]






Last updated  November 11, 2019 09:41:59 PM
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November 10, 2019
カテゴリ:今日もいい日だ
今日は所属する武道会で昇段試験と合同稽古があり、これに参加してきました。

 今日は昇段する人が2名、一人は初段、一人は三段だったのですが、師範のA先生に「釈迦楽さん、受けをやってもらえます?」と頼まれてしまったので、そのお役目を引き受けることに。昇段試験を受ける方は、それぞれ座り技三種、立ち技三種を披露することになっており、つまり私は12種の技をそれぞれ右と左、合計24回連続で投げられたり極められたりするわけ。結構、きつかったです。特に昇段試験の場合は、試験を受けられている方が気持よく技を掛けられるように、受ける側はいつも以上に派手に投げられますからね・・・。

 で、その後、合同稽古に入ったのですが、今日は他の道場から師範の先生がお二人見えていたので、両先生にとっくりと技を習うことが出来て超ラッキー!

 特に苦手の二段・打込捕に関して、また少しヒントがもらえたような感じなので、今後の稽古に活かしたいなと。

 
 で、帰宅してからは、今度は新書本の再校ゲラの校正。筋肉痛の身体に鞭打って頑張っております。

 まあ、今日の稽古は「仕事」とは言えませんが、今週末もなかなか忙しかった・・・。のんびりした週末を過せるのは、当分先かな・・・。






Last updated  November 10, 2019 09:52:19 PM
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November 9, 2019
カテゴリ:教授の雑感
スポーツマンって、負けた時にこそその人の真価が出るわけで、いかに良き敗者、 good looser になるかが重要だと思うのですが、その点で言うと、プロボクサーって、比較的往生際の悪い人が多いですよね・・・。特に外国人の。

 先日の井上戦で敗者となったドネア選手ですが、負けた当初は井上を讃えたりして、good looser ぶりを発揮したかと思いきや、後になって「ダウンしたのは作戦だった」とか、「第9ラウンドでカタをつけておくべきだった」とか、グダグダ言い出した。やっぱりな、って感じです。そんなこと言っていると御里が知れるから、止めときなさいって。

 あと、井上選手の弟も、タイトル戦で負けた後、「ポイントでは勝っていると思っていた」とかウダウダ言っていたようで。そんなわけないだろうっ!! 誰が見たってお前さんの圧敗だよっ!! 一方的に殴られていたじゃないかっ!

 
 さて、話は変りまして、今日も今日とて、卒論指導で日が暮れました。

 しかし、アレだね。もう、最近の学生の文章力のひどいことってないな。

 一体、日本はどうなっているんですかね。こんなに急激に学力って落ちるのかな。もう、何を書いているのかすら、判別できないほどのものだよ。てにをはの使い方すらまともに出来てないし、能動・受動の区別もついてない。「これによって新しい制度が作りました」なんて書いてくるからね。

 あと、文章を書く基本として、「パラグラフの冒頭は字下げする」というルールすら知らない子が多すぎる。こんなの、小学生で習うことなんじゃないの? わしは小学1年生の時に習って、以後50年間、踏襲しているよ。

 そんなのを添削していると、こちらの頭までおかしくなってくる。もう、嫌・・・。






Last updated  November 9, 2019 10:31:54 PM
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November 8, 2019
カテゴリ:教授の雑感
学会シンポジウムの仕事が終って、さあ、少しは気が楽になったかな・・・と思いきや、やっぱりそういうことにはならないのね。相変らず、次から次へと仕事が降ってくる。

 当面、大変なのは卒論指導。何しろ今年は例年より多い6人ものゼミ生の面倒を見なくてはならないので、この時期から既に大車輪。まあ、大変です。

 で、それだけでも結構「かかりきり案件」なんですけど、今日、新書本の再校ゲラが届きまして。大手出版社ともなると、初校と再校の校正者が違うので、別な視点から疑問点・修正すべき点を指摘してくる。というわけで、こちらにも対処せざるを得ず。辛いわ~。

 で、そんな辛い状況を少しでも緩和すべく、音楽をかけながらの作業になるのですが、BGMは当然、今ワタクシのお気に入りのスライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンのアルバムになります。

 で、このところ『暴動』というアルバムをヘビーローテで聴いているのですが、なかなか面白くて。

 特に10曲目の「Spaced Cowboy」という曲はすごく面白い。ファンクなのに、ヨーデルなんだよ?! それってすごくない? ヨーデル・ファンクって・・・。長い長いご陽気な前奏の後、いきなりヨーデルが出てきた時には、面白すぎて愕然としましたが。

これこれ!
 ↓
Spaced Cowboy

 でまた、面白いなと思ったのは、アルバム・タイトルにもなっている「暴動」という曲ね。

 だって、アルバムが『暴動』なんだから、当然、タイトル曲の「暴動」がどんな曲なのか、興味津々になるじゃない?

 ところがね、実際には、「暴動」という曲は存在しないの。

 すごくない? 『暴動』というアルバムの6曲目、レコードで言えばA面最後の曲。それが存在しないっていうんだから。

 ものの本によると、スライは「暴動なんて起きて欲しくないから」という理由で、タイトルだけつけて曲を収録しなかった(もともと作らなかった?)んですと。

 斬新だねえ。いつか私も空白章のある本を書いてみたい。目次にもちゃんと章のタイトルを載せておきながら、実際にはその章は存在しない、なんて風にしてみたいものです。この章は、読者の皆さんが勝手に想像して、なんてね。

 まあ、スライ・ストーンという男、どこまで得体が知れないことやら。面白いなあ。



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Last updated  November 8, 2019 10:03:17 PM
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November 7, 2019
カテゴリ:教授はつらいよ
WBSS決勝戦、井上対ドネア戦、ヒリつく試合でした。

 いやあ、今回も井上が圧勝するのかと思ったら、とんでもない、むしろドネアの方が井上を圧倒ですよ。これはもう負けだなと、あの井上でも負けることがあるんだと。

 ドネアの思った以上に重いパンチに苦しめられ、井上は早い段階で右目の上を切り、鼻血も出し、いつもの「傷一つ負うことない」試合運びとは大違い。特に右目は、単に瞼を切っただけじゃなく、焦点が合わなくなったような感じすら疑われるほど。網膜剥離、大丈夫ですかねえ・・・。

 でまた、攻め込まれている焦りもあったのか、井上のパンチは相手の顔面を狙った上滑りのパンチばかりになってしまい、いつものようなコンパクトなボディー打ちがまったく見られない。いつもなら、ボディー先行で攻めるのが井上のパターンなのに。

 11ラウンドにようやくボディーを当ててダウンを奪ったから良かったものの、あのまま行ってたら、ダウンさせられるか、良くて判定で大差で負けるか、どっちかだったんじゃないでしょうか。テレビの解説陣はいつものように日本人選手贔屓の解説で、まるで井上がリードしているようなことを言ってましたが、客観的には、あのダウンがあるまでドネアの方が相当ポイントは上だったでしょう。

 まあ、あれほど弱々しい井上の姿は見たことがなかったですな。見たことがないというか、見たくなかった。

 まあ、薄氷を踏むような勝利。ストレスのたまる試合でした。それだけドネアが強かったということであり、世界のトップのトップのレベルとはこういうものだ、ということなんでしょうけれども。

 勝って良かったけれど、3ラウンドKOを予想していただけに、もやもやの残る試合でありました。でもまあ、とにかく、井上選手はよく踏ん張った。おめでとうございます。そして、ゆっくり休んで下さい。






Last updated  November 8, 2019 01:22:24 AM
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November 6, 2019
カテゴリ:教授の雑感
今日は勤務先大学で「夜回り先生」こと水谷修さんの講演会があるというので、個人的にはそれほど興味があったわけでもないのですが、どんなもんかな?程度の感じで聴きに行ってきました。

 講演時間は1時間半ほどだったのですが、まあ、すごいマシンガントークで。話の中で適宜、会場の聴衆に質問したり、その答えを受けて話を広げたり、一瞬たりとも聴衆の注目を逸らさないといった感じ。まさに百戦錬磨の講演ぶりで、プロだねえ、って感じでした。

 で、夜回りで有名になった水谷先生ですが、最初はごく普通の高校の先生だったそうで、それが、ある出来事がきっかけで定時制高校の先生になることを決意されたんですと。ところが今とは違って当時の定時制は、要するに不良の巣窟で、一般の高校には進学できないワルどもの掃き溜めみたいなところだったと。

 しかし、この不良どもだって生まれた時からワルだったはずはない。環境によってこうならざるを得なかったのだと考え、なんとか更生させる手はないものかと格闘する一方、同じような境遇の子供たちを社会の悪から救おうと、夜回りを始める。

 偉いなと思ったのは、これほど有名になった今もなお、水谷先生は全国各地で夜回りをされているということ。名古屋でも夜回りされているそうで、名古屋駅太閤口あたりから始めて、錦、栄と歩き、夜の世界に囚われている中高生に声をかけているんですって。でまた、そういうことをしていると、コワい人達に絡まれることも多く、指を潰されたり、腹を刺されたりもするとのこと。

 でもそうやって先生は、多くの若者を救ってきた。とはいえ、そういう活動に従事すればするほど、救えなかった若者の数も増えていくわけで、そういう喜びと悲しみの狭間で、先生は活動されていると。

 で、今ではそういう活動に加え、スタッフを雇って「死にたい」とか「リストカットした」とか言ってくる子たちの悩み相談のためのホットラインを24時間、365日、開放しているのだとか。

 で、そういう不良になったり、夜の世界に身を落とした子たちと接していると、それだけドラマチックなことも多くて、親からの心無い一言で不良になり、体を売り、エイズになり、死んでいった娘さんとか、そういう子とも否応なくかかわることになる。ま、先生はそういう哀しい運命を辿った子のことを講演で語ることを仕事にして、一人でも多くの子に、同じ轍を踏まないよう、指導しているのだとか。

 その他、心を病んでいる子への具体的な対処法として、昼の光の中で体を使わせるようにすることがいかに効果的か、なんてこともおっしゃっておられましたなあ。あと、リストカットなんかする娘さんに、「そんなことしちゃダメ!」と止めるのは逆効果だ、なんてこともおっしゃっておられました。リストカットするのは、理由があるからやっているので、その原因を探り、その根元から改善しないとダメなので、リストカットする子は、それをすることでようやく生きているんだから、それを止めたらホントに自殺しちゃうそうで。要は「リストカットはSOSのメッセージ」として受取るべきなんですな。

 まあ、とにかく経験豊富で、色々な具体的なことを実体験としてご存じですから、面白いですよ。普通の、研究者の話とは、面白さの点で天と地というか。

 で、私としては、さすがプロの講演者だなあと、ひたすらその講演の腕前に感心していたんですけど、講演の司会をしていた私の同僚の先生は、先のエイズで死んだ教え子の話がツボにはまったのか、感極まって言葉に詰まり、しばし講演終了後の司会が出来なかったのにはちょっとビックリ・・・。ナイーヴだねえ! 水谷先生はこの話、多分、千回くらいしていると思うよ・・・。

 ま、それはともかく、こういう先生が一人でもいるってことは、先生を必要としている子どもたちが居る限り、素晴らしいことだと思うし、またこういう先生が一人しかいないってことは、日本の教育制度がどこかおかしいのだろうなと思いましたね・・・。






Last updated  November 6, 2019 10:27:11 PM
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