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2015/01/11(日)22:47

『キューティー&ボクサー』を観た

教授の映画談義(368)

 日本人の前衛アーティスト、篠原有司男(通称「ギューちゃん」)と、その妻でやはりアーティストの乃り子さん(「キューティ」)の、ニューヨークでの日常を撮ったドキュメンタリー、『キューティー&ボクサー』を観たので、覚え書きをつけておきましょう。  ギューちゃんというと、絵の具に浸したボクシング・グローブでキャンバスをめった打ちにする、アクション・ペインティングで有名ですが、そのギューちゃんももう80歳。そのギューちゃんと、ギューちゃんに一目ぼれし、二十歳以上の年齢差を越えて結婚、以来四十年に亘って生活を共にしたもう一人のアーティスト、乃り子さんをカメラは追っていくのですが、これがまた大変な生活ぶりで。  何しろ、ギューちゃんは前衛ですから、彼の作品はアートとしては評価されても、一向に売れない。だもので、二人の生活は決して裕福ではないわけ。しかもギューちゃんは天才肌で我がままなアーティストなので、作品制作に入ると夢中になってしまって、乃り子さんを「ただで使えるアシスタント」としてこき使ってしまう。当然、乃り子さんとしては、自分自身のアートを製作する時間が無くなってしまうので、不満が生じるわけですな。それで、二人の間にはしばしば険悪なものが流れたりもする。  ギューちゃんとしては、乃り子さんは自分のミューズであり、また自分の生活をサポートしてくれる人であり、それだけで充分なのでしょう。それ以上のことを望んでいないし、期待もしていない。  しかし、乃り子さんは、自分のアート(彼女は、自分の分身である「キューティ」という人格を創造していて、キューティーとその夫でありライバルでもある「ブリー(「牛」と「いじめっ子」をかけている)」との、日々の戦いを神話風の連作として描き続けている)でもって自己実現したいという欲望がある。そして、その欲望と、彼女の作品の価値を、どうもギューちゃんがそれほど認めていないことに苛立ち、悲しみ、怒りを覚えている。  それでいて、ギューちゃんのアートを誰よりも認めている乃り子さんとしては、二人の間の主導権争いでは常に一歩引かざるをえない。  実際、第三者としてギューちゃんの作品と乃り子さんの作品を比べると、ギューちゃんの作品の方に圧倒的なパワーがあって、どうしても人の目はそちらに行ってしまいがち。乃り子さんももちろんそれに気づいているでしょうから、そこに悔しさもある。  そうした葛藤(特に乃り子さんの側の)が二人の間には四十年近く続いていて、まさにそれこそが二人の日常なわけですな。この映画が捕えようとしているのは、まさにそこです。そう考えれば、この映画が、主として乃り子さんの視点で描かれているのも、当然でしょう。  だけど、映画の最後で、乃り子さんは「この葛藤こそが自分を成長させ、今日の自分を作り上げたのだから、もしもう一度人生をやり直すとしても、やはりギューちゃんと結婚するだろう」と語ります。そこがね、ちょっと切なくも、感動的なところ。  この映画は、ギューちゃんのトレードマークである「絵の具にひたしたグローブ」を身につけた二人が殴り合う、スローモーションで終ります。だけど、観ていると、実際にパンチを当てているのは乃り子さんだけ。つまり、最後に乃り子さんがギューちゃんを叩きのめすところで終るんです。そこがいいんだなあ。最後に映画が、乃り子さんの肩を持ったわけですからね。あなたのことをこき使っているギューちゃんなんて、叩きのめしちゃいなさいって。  ということで、アーティストが二人、夫婦として暮らしていくということがどんなに壮絶なことかを描きつつ、二人の微妙な力関係と、怒りと悲しみを描きつつ、やっぱりこの二人は、この二人じゃなきゃダメなんだということを示したこの映画、ドキュメンタリーとして相当、いい出来だと思います。まだご覧になっていない方は是非! 教授のおすすめ!です。 これこれ!  ↓ 【楽天ブックスならいつでも送料無料】キューティー&ボクサー [ 篠原有司男 ]価格:3,693円(税込、送料込)

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