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カテゴリ:教授の読書日記
常盤新平さんの書いた小説『聖ルカ街、六月の雨』というのを読みましたので、心覚えをつけておきましょう。
しかし、この忙しい中、私もよく常盤さんの本を読みますわなあ。もちろん、一つは仕事がらみということもあるんだけど、読んでいる本が市立図書館から借り出したものだからというのもある。一度に三冊とか四冊とか借りて、二週間後には返さないといけないので、週に2冊のペースで読むわけよ。 もしこれが自腹で買った本なら、買ったことに満足してそのまま読まずにしばらく放置ということは十分にあり得る。そう考えると、勉強のためには本は借りて読むべし、というのはあるかもね。 まあ、それはともかく『聖ルカ街、六月の雨』ね。 これ、舞台がニューヨークで、主人公は佳子という若い女性。若いというのは、二十代の終り位という意味。もちろん、別嬪さん。やや色黒の。 で、桂子は写真家で、写真家としてNYにやって来たんだけれども、今、彼女がやっているのは娼婦なの。まあ、金を払えば誰でも、ということではないのだけれども、彼女自身の基準で良しと判断されれば、若い人でもそれなりの年齢のビジネスマンでも、という感じ。 だけど、そういう職業にあっても、全然薄汚れたところはない。卑下するところもない。むしろ清潔な感じすらする女性なわけ。 だから彼女の周りには、いい友人たちが揃っていたりもする。例えば写真家の石原さん夫妻とか。NYで寿司屋を営むやり手ビジネスマンの大林さんとか。バリバリのサラリーマンだったけれども、今は出世競争から脱落した瀬戸さんとか。瀬戸さんを蹴落として出世した三原という人物は、ちょっとあざといところがあって桂子は嫌っているけれども、それにしてもその三原とて、桂子に対してある程度のリスペクトは持っている。 で、そういう善き隣人に囲まれ、時に心配されながらも、桂子は色々な男性たちと商売として、あるいは単に恋人とか友人として、とっかえひっかえ付き合っていると。ただ、付き合う対象の中にアングロサクソン系は少なく、ユダヤ系とかアイリッシュ系とか、あるいはゲイとか、社会のヒエラルキーの中ではトップから遠いところにいる人たちが多いのは、自分と同じようにつつましくやっている人たちに対して親しみを持っているからかもしれない。 とまあ、そんな感じで、社会の汚辱の中にあっても決して汚れない聖なる女としての桂子という女性を、常盤さんは描こうとしたのかなと。 ちなみに、本作の中に常盤さん自身は冒頭にしか登場しなくて、後は佳子とその周辺という感じで、人間関係を描いております。その意味で、いつもながらの常盤節というか、私小説的な感じは希薄でしたね。ただ、常盤さんのエッセイを読んでいると、彼はNYに友人・知人が多く、その中にはNYで寿司屋を営む人がいましたから、大林さんのモデルは実在するのかも。あるいは写真家の石原夫妻にもモデルはいるかもしれないし、ひょっとしたら桂子のモデルもいたのかもしれない。 で、小説の最後で、桂子はNYを去って、オーストラリアの近くの島・ノーフォークに向かうことになります。三十歳を超えた彼女は、ここらで心機一転、結婚してみる気になったと。だからNYの聖女は、ここで姿をくらますわけよ。そういう、あっさりした終わり方も、この小説には合っているのかもしれません。 だから、全体として面白くなくはないんですけど、何だろう、何か一味、物足りない感じがするんだよなあ。 要するにね、読者の側にカタストロフィーがないのよ。桂子という女のバックグラウンドも分からないし、どうして彼女が娼婦になり、どうして彼女がそれを辞めることにしたのか、そういうことがあまりよくわからない。だから、面白い女だなとは思うけれども、そこまで桂子に共感できない。 だから、あまり親しくない友人から「昔知り合いにこんな女がいてね」という話をされたような感じで、ふんふんと聞きはするけれども、すごく大きなインパクトは受けない、みたいなところがある。だから、作品として、軽量級、っていうイメージがあるのよね。 たとえばウィリアム・スタイロンの『ソフィーの選択』とか読めば、ソフィーという女が経てきた経験の重さが分かるわけじゃん? だから最後にソフィーがああいう行動を取ったこともわかるし、それを傍で見てきたスティンゴの気持ちも分かる。いや、読者自身がスティンゴと同じ衝撃を味わうことになるわけよ。だからこそそこにカタストロフィーが生じるのであって。 常盤さんのこの小説にはそういうものがない。そこがね。ちょっと残念というか。 でも、まあ、常盤さんとしては、アーウィン・ショーの短篇のような味わいの小説が書きたかったんじゃないですかね。 ということで、つまらなくはない小説でした。 これこれ! ↓ ![]() 【中古】 聖ルカ街、六月の雨 / 常盤 新平 / 講談社 [単行本]【メール便送料無料】【最短翌日配達対応】 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
January 17, 2025 07:22:27 PM
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