妙な気遣い
なんかねえ、最近、大学ってところも、学生に対して妙な気遣いをすることが増えて、ほんとに妙なことになっておりますよ。 たとえばこの時期、大学から我々教員のところに頻々とメールが届く。曰く、「先生の授業を取っている学生の〇〇さんに配慮してください」と。 配慮って何? そう思うでしょ? 要するに、その学生には精神的・身体的問題があるから、授業の時に配慮しろと。沢山休んだとしても、単位出せと。 まあ、それはいいんだけど、加えて「で、そのことは他の学生に知られないようにせよ」とも書いてある。 これは困る。だって、普通の学生からしたら「○○さんはこんなに沢山休んでいるのに、どうして単位が出るんですか? 先生は、『5回休んだら期末試験受けられない』って言いましたよね? 〇〇さんは6回以上休んでいるじゃないですか?」ってなもんだよね? その学生の質問に対して、なんて答えればいいの? 「理由は言えません」っていうの? 配慮が必要な学生がいることはわかる。しかし、そういう配慮が必要なら、そのことを公開すべきだよね? たとえば公共の建物とかに障碍者用の駐車スペースがあるとして、そのスペースを利用するためには、クルマに障害者マークを付けておかなきゃいけないよね? 障碍者であることは公開したくないからといって、障碍者マークのないクルマをとめることはできないじゃないの。 配慮はしろ、でもそのことは内密にって、妙な話ですわ。 でまた、そういう学生が一人二人ならいいけど、昨今、「配慮して」という学生が山ほどいるのよ。で、またその配慮すべき理由が「頭痛」とか言うんだから参ってしまう。そういう学生は、社会に出てからも「私は頭痛持ちなので、会社に出勤したりしなかったりしますけど、配慮してください」って言うのかしら? もちろん、配慮のない世界もどうかと思うけれども、そういう制度に甘えすぎているところもあるんじゃないのかなあ。少なくとも、「配慮はしろ、だけど内密に」というのは、ちょっとやり過ぎな気がする。そもそも大学って、義務教育じゃないんだから、授業をちゃんと受けて、正当な試験を受けて、単位をとって卒業してもらいたいもんですわ。それができないなら、通信教育などの方法もあるわけだから、そういうのを利用するなりして、自力で大学卒業の資格をとってもらいたい。人の配慮におんぶにだっこで卒業するなんて、良くないですよ。