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米国ベンチマーキング報告

 平成12年11月に政策推進システム策定と総合計画の数値目標の見直しのため、米国の地方政府、シンクタンク等をベンチマーキングした結果の概要を報告します。

 三重県が進めている新しい政策推進システム(仮称)の構築にあたって、予算編成や定数・人事管理などの資源配分システム、さらにはパブリック・コメントを可能にする広聴広報システムと連携する行政評価の望ましいあり方を考えるため、ニュー・パブリック・マネジメント(新行政経営。以下、NPMという。)の実践先進例の調査が必要だということになった。しかし、国内にはまだ、NPMを本格的に展開する自治体はないため、欧米諸国、とりわけアメリカ合衆国の州、郡、市に参考事例を求め、新しい政策推進システムの構築に反映させることになった。

1 調査先の選定
 短期間に効率よく調査するための事前調査の結果、次の各地を訪問先に選んだ。 その選定理由と調査の対象項目は、以下のとおりである。

【フロリダ州】米国の大きな州で初めて、ベンチマークスを採用した。その調査の項目は、
・市民参加の「フロリダベンチマークス」
・「政府業績アカウンタビリティ法」(1994年)による、評価手法への法的根拠付与と議会の関与状況
・業績評価情報を予算編成に反映させる業績予算システムの運用状況
・住民に分かりやすい簡易な文章表現と視覚的に美しい「フロリダベンチマークス」 報告書

【バージニア州】業績予算の取り組みが、NPR(National Performance Review行政改革運動)における戦略計画、業績測定の2部門で、政府レベルでただ一つ最高クラスの一つと認められた。その調査の項目は、
・行政におけるPDCA(戦略計画、予算、業績測定、結果志向の意思決定)を統合し、高い評価を受けている業績予算システムの運用状況
・戦略計画における目標、目的、戦略設定の考え方、基準と留意事項
・住民に低コストで質の高いサービスを提供し、説明責任を達成するのに有効な評価システムと、その情報公開の仕組み

【プリンスウィリアム郡】戦略計画に基づき、パフォーマンス指標の目標値を定め、目標値と現状値の比較による予算配分の重点化を行う評価システムを構築している。その調査の項目は、
・フォーカス・グループ(Focus Group住民の代表からなる小グループ)の形成、住民の調査、住民集会、住民と職員によるテーマ別タスクフォース(Task Force 改革グループ)、公聴会などの実施、運営手法
・パフォーマンス指標を使った評価手法と、その詳細なレポートをフィードバックし、計画改定やサービス改善に活用する手法

 これらの自治体以外にも、NAPA(National Academy of Public Administration全米行政アカデミー)、UI(The Urban Instituteアーバン・インスティテュート)、GAO(General Accounting Office会計検査院)も調査対象とした。

2 調査結果の概要
  調査結果の概略は次のようになる。
【フロリダ州】ベンチマークスを使った評価は州知事の交替によりお蔵入りしており、予想外の状況だった。これはベンチマークスが「政治家の公約」という特徴を持つことからくる限界かもしれない。ただ、ベンチマークスの情報はデータベース化されており、その積極的な情報活用には大いに驚かされた。ヒアリング結果のポイントは、
・94年、州議会が「政府アカウンタビリティ法」を採択し、各省庁のパフォーマンス測定、効率性と有効性の改善を求めた。スタート当初は、予算とプログラムが連動し、さらに予算と業績が結びつくようになっている。
・OPPAGA(Office of Program Policy Analysis and Government Accountability政策・施策、分析・説明責任室)が、上院のプログラム策定や司法での指標審議を支援したり、業績測定の相談に乗り、指標開発や業績データに関するバックアップを行っていた。 
・ゴール(政策の達成水準、到達すべき目標値)を明確化するということは、省庁の仕事である。その顧客を明らかにし、なぜその業務を行うのか、もしくは、その仕事をしなかったら何が起きるかということを示すとものになっていた。ここでいうプログラムとは、州のゴールに寄与する一連の集積であり、それは単一の機能ではなく、予算、組織構造、顧客を考慮してなされていた。
・指標(過去、現在、未来の状態を表す尺度となるもの)の開発については、ステークホルダー(Stakeholder内外の利害関係者、例えば、議会スタッフ、予算管理スタッフなど)を巻き込んで、コメントを得たり、顧客グループや外部の委託者のフォーカスグループを組織したり、コンサルタントを加える努力をしていた。
・フロリダベンチマークスを策定した州政府のGAP委員会(The Florida Commission on Government Accountability to the People政府の州民への説明委員会)は98年、廃止されていた。
・ベンチマークス運用の焦点は、市民の信頼、税金が賢く使われているということを示すアカウンタビリティの確保にあった。そこでは7つの関心領域(家族・地域・社会、安全、学習、健康、経済、環境、政府)が設定され、260の指標をつくっていた。それは「行政活動の通信簿」であり、市民理解を助けるものと位置づけられ、グラフを使ったわかりやすい説明に努力していた。
・ゴールは①数値目標で示す②州全体に関わる対象を選ぶ③挑戦的で野心的なものにする④将来の修正余地をもたせることなどが、基準となっていた。
・指標には階層があり、そのトップにベンチマークスが位置づけられていた。

 私たちに、ベンチマークスのフロリダという思いこみがあった。しかし、行政府の一機関として存続しているとされていた独立機関のGAP委員会は、新しい州知事(=ブッシュ現大統領の弟)と議会の理解が得られず、98年5月をもって解散していた。ベンチマークスはその時点で、かつての地位を失い、お蔵入りと同じ扱いを受けていた。
 これはベンチマークスとプログラムレベルの評価をつなげるときに議会から「予算編成に使う段階ではあてにならない」というような反対意見が出たことによるものらしい。
 このことは州政府としてアカウンタビリティを保持することと、予算的措置を講じることを両立させることの難しさを物語るものともいえそうだ。
 産みの親のひとり、カレン・スタンフォード博士の話にも、「住民との協働の産物」であるベンチマークスを大きく育てられなかった無念さがにじんでいた。
 しかしながら、学ぶべき点のひとつに、議会の中に設けられた評価機関、OPPAGAの存在があった。このスタッフが各省庁の業績測定や施策・事業評価に関わっていた。また、DCF(Department of Childlen&Familiesこども家庭省)には、試作段階ではあったが、評価情報のデータベースづくりをすすめていた。
 大統領選挙をめぐる混乱のまっただ中にあったが、州都タラハシーでは、ベンチマークスから業績測定へと、評価手法の舵を大きく切り替える現場を見ることができた。事前の情報と違った結果になったが、そうであるからこそ、Seeing is believing(百聞は一見に如かず)ということで、実際の調査の意味があるのだろう。

【バージニア州】ここでも、大いなる期待に反して失望をに味わうことになった。調査結果のポイントは、
・業績測定の分野では成功しているが、システムを大きな組織で進めていくことの大変さを痛感した。
・業績管理のシステムで一番難しいのは、業績情報のニーズの定義と業績情報の利用である。早い時期に、情報をいかに利用するかを理解すべきであった。
・指標をセットで決めれば、どのレベルでも共通のものとして使えると考えていたが実際にはそうではなかった。
・業績測定の結果と予算を直線的に位置づけるのは、非現実的である。長官や知事など上にいけばいくほど、政治的な要因が予算の意思決定に関係してくる。
・難しいのは技術ではなく、人間である。マネージャークラスの扱いが難しい。作業を成功させるための鍵はリーダーの資質にある。

 戦略計画、業績予算、業績測定の三者が一体となった州政府全体の業績マネジメントシステムに大きな期待を抱いて調査に入った。対応の州政府職員は、パワーポイントで意気揚々と説明を始めたが、質問が予算との連携に及ぶと、次第に歯切れが悪くなった。「三重県では、全県的に業績測定を導入し5年の実績があるが、あなた方はどうなのか。実際に導入しているのか」と問いかけると、下を向いて小さな声で、"Not,yet…"。
 参考にした調査報告書を読む限りでは、ベスト・プラクティスかと思ったが、「実績の伴わないシステム設計」という反面教師に出会った印象を持って帰ることとなった。

【プリンス・ウイリアム郡】
ヒアリング結果のポイントは、
・成果志向の行政マネジメントシステム(Results Oriented Management System)に  よる郡政府運営を行っており、住民に行政サービスの内容・実績を示し、住民ニーズを把握する運用に力を入れていた。
・この行政マネジメントシステムは郡の行政サービスに対して、戦略計画の策定 (Strategic Plan)、指標設定(Measures)、業績測定(Performance Measurement)により運営を行っている。
・成果達成を測定するために、当初は内部管理的な指標から、順次、戦略計画にアウトカム指標(Outcome Measures)の導入を図っている。
・業績(成果)測定結果(Service Effort )は、郡政府報告書(Reporting)により毎年公表するとともに、住民意識調査(Citizen Survey)などを通じて住民のニーズの把握を行い、次の行政サービスに反映するようにしている。
・住民ニーズの把握は、電話を利用した住民意識調査を毎年実施し、その結果を戦略計画の策定(4年ごとの見直し)や毎年の予算編成への活用に利用している。
・業績測定結果の予算編成への活用は、「戦略計画と業績マトリクス表」により戦略的な重要性」と「業績」を測定し、内部的な予算配分に活用している。

 ワシントンDCに近いこのカウンティーは、不況に直面し予算の削減を余儀なくされた92年から、行政マネジメントシステムの構築を行っており、戦略計画における重要度(優先順位)を加味して業績測定の結果を予算に反映させているとのことだった。
 その基礎には、戦略計画を住民主体で作成し、住民の信頼を得ることから出発することであり、その後も毎年電話によるアンケート調査を重ね、住民満足度の把握に取り組んでいる。もっとも予算編成への具体的な反映基準は、必ずしも明確ではなく、作業シートも公表していない。しかし、「自分達のシステムは先進的で、それは能力が高いからだ」と、担当者は自信満々だった。

【その他の機関】
①NAPA(全米行政アカデミー)
 自ら作成に加わったGPRA(Government Performance and Result Act)連邦政府業績結果法)の運用実態に、極めて懐疑的、批判的な分析があった。自分の選挙区関連の予算額にしか関心を示さない議員、リーダーシップを発揮しない大統領(前クリントン大統領)への批判であり、システムが政治的影響を強く受けること、運用にはトップの支援が不可欠なことを改めて感じさせられた。
 質疑により、シェアード・アカウンタビリティ(Shared Accountability共有責任)や中間アウトカム(Intermediate Outcome)の考え方は正当な思考であるとの指摘を確認できたことは収穫だった。

②GAO(連邦議会会計検査院)
 ホームページには、自らのことを「議会の番犬」と表現しているが、機関としての独立性、スタッフの陣容、調査報告の実績いずれをとっても、「番犬」を自負するにふさわしいものにみえた。
 制度は異なるが、日本でも国、自治体の議会にこうした機関、機能が必要だと感じさせるものがあった。

③アーバン・インスティテュート
 研究員の上野真城子さんが日本の「評価」をめぐる状況に触れて、①「評価」という言葉を安易に用いている②PDSサイクルを導入するにあたって、市民参画の意識に欠けている③市民に限らず外部に、きちんとした「評価」を求めるため、日本でも政策産業、政策市場の育成を急ぐべきだと指摘した。

3 問題提起
 三重県の政策推進システムをめぐる新しい制度設計の方向性は間違っていないと確信しながらも、道のりの大変さを改めて感じる調査になった。テーマ別に今回の調査から得た、今後に役立てるべき内容をまとめた。
①施策レベルの評価は、評価を外向きのものとし、行政がより良くアカウンタビリティを果たし、住民の関心を高めるために有効だと判断された。
②業績測定と予算(資源配分)を直接連動させて、評価システムをが機能させている事例はなく、連動はできない、あるいはすべきでないと思われた。しかし、PDCA(PDS)のサイクルをまわすために、評価結果をPlan(予算など)に反映させていく努力は必要であり、問題は反映方法、住民参画の仕組みの工夫などにあると映った。
③新しい評価システムは内部だけで完結させるべきではなく、二次評価としての外部評価、または住民参画の外部評価の導入が不可欠である。監査委員事務局や議会と連携して、三重県型のGAO、OPPAGAを中長期的に立ち上げていくことを提唱してもよいと思われた。

4 よりよいシステム策定のために
 当たり前のことだが、制度とかシステムはそれ自体単独で存在するものではなく、ひ とつの制度やシステムには、その国のもつ歴史や文化、政治的背景が複雑にからみあうため、他の制度などとの関係にも目を向けておく必要を感じさせられた。
 大森彌千葉大学教授も指摘されているように、「米国は新しい制度やシステムに関しての宣伝がうまく、大したものでなくても日本から視察に行っている。そしていざそれを日本が取り入れる段になると本家の米国はもうやめてしまっているから、注意しないといけない」ということはある面であたっているのかもしれない。今、政策評価に関して日本の自治体でもてはやされているベンチマークスにしてもオレゴン州などの冷静な分析と、「米国の地方政府」と「日本の地方自治体」の違いを認識する必要がある。
 米国の自治体の制度やシステムを、日本の自治体に根づかせようとするならば、そこには、両者をつなぐための知恵と現場感覚に耐え得る創造力が求められることになる。
 私たちがやるべきことは、米国と日本の自治体の違いを超えて、真に優れたものとして導入する必要があるものを選択し、それを使いやすいように改良して、改革のひとつの手段として活用することが求められているのだと、強く感じさせられた。

  



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