2008/12/22(月)11:13
元は同じ
日頃ミヒャエルは、「命は平等」と言う考えで行動しています。これを敷衍して言えば、「愛に壁無し」と言うことにもなります。
さらに、自己保存に端を発する分け隔て、つまり「自分と他人」:「肉親と他人」、それはやがて、人種差別にまで発展します。
国内でも昔から、差別偏見はかなり酷い物でした。今もその名残が尾を引いている部分も散見されます。
ミヒャエルは義弟(スミス)に、本当の兄弟と思ってくれと嘗て言いました。自分でもそれまでもそれ以後もその気持ちで処しています。
でも、どうも本物ではなかったな、「・・・と思って」と言う言い方や表現に本物になりえない根幹が潜んでいそうです。
「他人じゃない本当の兄弟なのだ」これもまだ甘いようです。「俺はお前の肉親なり!」って言い切れなければ、本物じゃないさそうだと、今気付き始めています。
だから、見返りを求めるわけではなく心底母親(義母)の面倒を見てきたはずなのに、「スミスから正面切っての謝辞が無い」野になんとなく不満を覚えるのです。
夫婦間でもそうですね、どこかに「してやった・してやったのに」「どうしてあんたは・・・」そんな思いがふつふつと涌いてくるチャンスが有るのでしょう。
無償の愛・無償の行為、これを下に据えない行為・愛は、偽物かもしれません、いや、きっと偽物に違いありません。
今回スミスからの「謝辞」が届く事で、ほっとしたり嬉しかったり、それは心底ではなくて、やや表層の流れのような気がします。
「無償」これこそが愛の真髄でしょう。
スミスが居る事、ひいてはテイラーが居る事、それに感謝していける存在に、ミヒャエルの魂も昇格させねばなりません。
アリスを送った時に、「シルビアを生んでくれて、シルビアを与えてくれてありがとう!」と送りました。
その気持ちをそっくり弟達にも投げかけねばならないようです。
とは言え、今朝ショートステーに出かけたテイラー、迎えが来る直前になってシャワーを使い出し、長々と遣っていた為、早く早くと催促したのに間に合わず、スタッフを待たせました。
今日は予定より10分ほど早い出迎えでしたから、余計待たせる結果に・・・。
スミスもやきもき、こういう状態に接するにつけ、「居てくれて有難う!」との想いを発するのは本当に難しい物です。
基本は、人類の発祥に関し、ルーツをたどるなら、遥か(といっても地球規模での距離想いの世界では直ぐそこ・隣ですが)アフリカの地と言うことのようですが、旧約聖書が示す1カップルと元の元はなるのかもしれません。
元の一つから派生してきた人類、いつの間にか肌の色・骨格・顔立ち・原語・衣装・生活(衣食住)も分岐してとてつもなく膨れ上がり、元の一つがいつか忘れられて薄れきってまいりました。
でも、元は一つ、お前も俺もありません、皆一つ、そこに原点を求めれば、妙な現象は皆雲散霧消、平和が望めます。
せめて親族の間だけでも、とは思うものの、それが既に難しいがりがり(我利我利)亡者の集団と貸した人間の集まりは、その最小単位の家族と言う集まりの中にも、ひずみを来たしました。
親殺し子殺し、且つ手から重罪のこの尊属殺人、なんと頻繁日常化していることでしょう。愛などどこへ・・・?。
原初回帰が酷く間違って、凶悪な存在を原初としてしまっているようです。
魂の回帰は、矢張り「清廉潔白・純真無垢」を根源・原初としたい物です。
テイラーを送り出して、先ずはのんびりタイムとなりました。先ずはコーヒータイムです。
その後、一挙に昼食と夕食の準備に進みました。この地を後に出立の算段も頭の隅に。
アリスに供えたいと言ってぜんざいの為の小豆を買ってきたシルビア、初回は彼女がしつらえましたが、ここの頭数には3回分に匹敵した小豆、その後一度ミヒャエルが、今日も残りの最終回を準備しました。
間もなく昼食、その後又コーヒータイムと進みます。
昨日来、すっきりした心で望むミヒャエルにはもう障害はありません。心からあれこれと行動しています。「気付き」とそれを確り後押ししてくれる結果を招来した、スミスの言動にも感謝です。