2015/11/11(水)01:03
ギャンブル依存症についてと〇〇の館
さてと・・・
一日遅れの更新になっているが・・・・
今日は二つ・・・
今週は絵里嬢に求愛する週だが・・・・・
そそらないんだよなあ・・・
ルージュバックにはとことん抗うつもりだけれども・・・・・
メンバー的にはどう考えても・・・
ラキシスかヌーヴォレコルトだろうけれども・・・・
もしくはフーラブライトか・・・・
まあ・・・
ラキシスは前走ー16kgで負けているので・・・
ここで10Kg以上プラスなら買ってもいい気がするが・・・・
増えてなければ抗いたい。
フーラブライトはいずれにせよ買うが・・・・
まあ・・・
ヌーボじゃないかな、普通に・・・・
さて・・・
そろそろタイトル・・・・
まずは館の方なのだが・・・・・
今日会社で独身で持ち家を買っている人がいたんだが・・・・
以前に一度だけその家に押しかけた事がある。
一人暮らしとは思えぬほど広くていい家だったんだが・・・
彼は独身のアニメ好きのスロット好き・・・・
なので・・・
彼の家をリア充の館と呼ぶ事にし・・・・
彼の家の表札としてダンボールに私の芸術的な文字で・・・
「リア充の館」とマジックで書いて貼りまくりたいと思ったのだ。
「リア充」の館と段ボールにマジックで殴り書きされた家って面白くないだろうか?
しかも結構いい一軒家・・・・
読者の方も身近な友人の家の表札に「リア充の館」と記載された手で乱雑に千切られた段ボールにマジックで殴り書きされている事を想像してみると良い。
なんとなく滑稽で面白い。
さて・・・
そんな事を思いながらも・・・・
そろそろ本題。
今日はギャンブル依存症についてだ。
まあ・・・
今更感が凄いんだが・・・・
ギャンブラーの視点としてギャンブル依存症を考察したい。
そもそも・・・・
ギャンブル依存症とは何かなんだが・・・・
ヤフーで検索すると・・・
ギャンブルを渇望する、ギャンブルをしたいという衝動を制御することができない、ギャンブルをするせいで借金など社会生活上の問題が生じているにもかかわらずやめられない、といった状態が繰り返され、身体的、心理的、社会的健康が害されたり、苦痛であったりすることらしい。
だとすると・・・・・
社会生活上の問題が生じなかったり・・・・・
健康が害されず、苦痛でなければ依存症ではないという事になる。
張りたいという衝動は私にも十二分にあるし・・・
そもそもその衝動を制御する気がない。
これがギャンブル依存症かどうかなんだが・・・・
ネットで検索する限り・・・
その行動によって問題が生じなければ依存症ではないという事になる。
まあ人の視点や認識によって変わるのだろうけれども・・・・
衝動にかられて抗えないってのは・・・
問題が起きようが起きまいが依存症だと言えるんだろうな。
だとすると・・・
大体のギャンブラーは依存症なんだけれども・・・・
このギャンブル依存症の克服法は何かを記載してみたい。
まあ・・・
克服には2パターンあって・・・・・
1つは勝つこと、勝ち続けることだ。
勝ち続ければ・・・・
問題が生じないし、実益がある以上・・・
止める理由はない。
むしろ・・・
止めてはならない。
だが・・・
もう一つは綺麗さっぱり止めることだが・・・・・
実は・・・
これが労力の割に物凄く難しい・・・・
ギャンブルを止めるってことは・・・・
一度辞めることではなく・・・
止め続ける継続した習慣だ。
これは禁煙などと同じで・・
誰でも禁煙の回数は結構多かったりすると思うが・・・・
禁煙を継続し続けている人は稀だろう。
ギャンブルも一緒で止め続けている人ってのは・・・・
それだけ強い意志を持って己を律しているわけだから・・・・
普通の人にはかなり難易度の高い難しいことなのだ。
メンタルを鍛え、セルフマネジメントをする。
それだけなんだが・・・
それが信じがたいほど難しいことである事は・・・
ギャンブラー達は皆理解していると思うのだ。
でもって・・
私が思うに・・・・
止め続けるだけのメンタルを手にした人は・・・・
ギャンブルでも勝てると思うんだよな。
つまり・・・
ギャンブル依存症を克服した前者と後者・・・
労力が一緒なら・・・・
まだ満足して張り続けるために・・・・
勝つための努力・・・
負けないための努力をした方がずっといいと思うのだ。
何度も記載するように・・・・
ギャンブルを止め続ける努力と勝ち続ける努力・・・
労力はさして変わらぬのに・・・
結果は現状を維持し続ける努力になるか・・・
前進になるかの差ができるのだ。
だったら・・・
精神衛生上も・・・・
勝つための努力をした方が前進感があっていい。
結局・・・・
勝てないまでも負けなければ問題が起きない。
なら負けない努力をすべきだと思うんだよな・・・・
依存症達は・・・
負けなければ張れているだけで満族ができるのだから・・・
まあ・・・
そもそも勝つための努力は忍耐であり、マネジメントであるから・・・
それができるならやめる事もできるんじゃないかと思うんだが・・・・
でも・・・
止めたくないと思うのだから・・・・・
それだったらもっと危機感を持って勝ちに徹した方がいい・・・・
すべての人は救われないのだから・・・・
せめて自分だけは・・・・
生き残るべきだとは思わないだろうか。
ギャンブル依存を克服するにはもう勝つしかないと答えを決めれば・・・
その目的に意識をもって臨めるし・・・
結局は・・・
危機感が足りないんだよな・・・
すべてを検証しようとしない事は・・・・
危機感の無さ・・・・
どこかで負けても仕方がないとか・・・
勝てないとか諦めているメンタルの弱さが・・・・
一撃で楽になりたくて・・・・・
無理な勝負をし、破滅を呼び寄せる。
負けられない理由、勝たなければいけない理由・・・・
それと・・・
危機感・・・
負け続けて、すべての退路が絶たれたことを想像しないのだろうか・・・
勝たない限り・・・
遅かれ早かれギャンブラーの破滅である「底つき」はやってくる。
そうなったときをリアルに想像し・・・・
それが嫌なら勝つしかないと己に刷り込むしかないと思うんだよな・・・
ギャンブル依存を克服するには・・・・
良いご飯を食べたり・・・
良い経験をしたり・・・
家康の言葉の身軽足軽では人はできぬではないが・・・・
そうしなければいけない理由や動機、つまりは勝つ必要性が希薄であればある程・・・・
危機感は薄まり・・・
本気になれない症候群の病状が進行する・・・・・
だからこそ・・・
理由づくり、動機作りが必要だと思うのだ。
それが・・・・
高価な良質の食事であったり・・・・
指圧であったり、温泉であったり、旅行であったりとするいい経験が背負う動機にそれぞれなるんじゃないかと思うのだ。
だから・・・
無理してでもいい経験をすべきだと最近の私は思う。
ギャンブル依存の人間は止め続ける事がそもそもできないのだから・・・
もうやり続けて生き残る方法を考えた方がよっぽど建設的で可能だと思うのだ。
もう張りたいという欲求に抗えない人間として生誕した以上・・・・
それを受け入れ・・・
そうであっても生き残れる方法の模索をすべきなんじゃないかと私は思うのだ。
例え10年止め続けたとしても・・・
ふとした瞬間に魔が差して・・・・
その10年が無為になるリスクだって抱えているのだ。
止め続けることがどれだけ難しいことか。
そしてそうすべきだと主張しているギャンブル依存症克服の内容はそもそも依存症と呼ばれる人間を理解できていない。
もう・・・
生まれながらにして身体的障害ではない精神的なハンデキャップを背負って生きていると受け入れて・・・・
斤量70kg背負って走っているんだと・・・・
そう思い前に進むしかないんじゃないかと私は思うのだ。
何度正答を見つけたと思って蜃気楼だったかはもう覚えてはいないが・・・・
どうにか・・・
私も答えを見つけ出し・・・
生き残る方法を手にしたと思うが・・・・・
他の危機的状況を抱えているギャンブラーも・・・・
もう負けない努力をした方がよっぽどいい。
ただ、その努力すらも面倒だと思ってしないようでは・・・
近付いている13階段の頂上に向かうのを抗う事はできない。
死にたくなければ・・・
滅したくなければ・・・・
人間は何かしらの対価(精神的だったり時間的だったり)を支払い、努力するしか生存が許されぬのだ。
そう、ギャンブルに魅入られた精神的ハンデキャップを背負った者は・・・・
普通じゃ生きられないし、生存を許されていない。
勝つしか・・・・
生存できる状態が許されていないのだ。
そのことを肝に銘じて・・・・・
勝つために、明日も生き残るために・・・・
どうすれば負けないか研究しよう・・・
止める方がよっぽどメンタルを必要としているのだから・・・
平静を保ちながら・・・・
ギャンブルに勝つことで依存症ギャンブラー達は依存症を克服するしかないと私は思うのだ・・・
さて・・・
いい時間なのでもう寝ます・・・