MSU President McPherson
クラスもない今日は一日中、明日の仕事のための準備に費やした。仕事はこの地域にある日本人子弟のための補習授業校で週に一日日本語で国語と数学を教えるというもの。私は中2の担任なのだが、まだこの4月に教え始めたばかりなので教材などもイチからの研究。まだまだ準備に時間がかかる。まぁこれも、月曜日から金曜日までは現地の学校、そして土曜日はこの補習授業校で一日勉強する彼ら彼女らの大変さを思えば大人の私がツベコベ言えるようなことではない。親の都合で異国へやってきて、異国の学校へ飛び込む彼らの苦労は計り知れないものがある。この学校のことはまたそのうち書く日もあると思うが、そういうわけで今日は一日その準備をしていたのだ。夕方E-mailが入ってきた。差出人はMSUの学長・McPherson名である。巨大なキャンパスと膨大な学生及び教諭・スタッフをつなぐためMSUは独自サーバで管理するイントラネットを運営している。学生もスタッフもMSUに所属する人間は誰でもMSUのE-mailを持つことができる。学生にいたってはMailアカウントの所持は義務に等しくクラスの大事な案内でも、教授からの連絡もメールで届くのが基本。「見てない」は通用しないのである。近頃は日本でも似たような環境があるのだろうが、MSUはそういう環境なので、学長名のメールが届くのはそれほど不思議なことではない。9・11の後も、このイラク戦争が始まったときも、何か大変なことがあると大変に反応よく、かつスピーディに学長名のメールが届き、MSUの立場を表明したり、軽挙な学生の行動をいましめたり、世界への理解を促したりしている。これは私の専門であるPRの観点からいけば大変興味深く、タイムリーな対応だと思っているのだが、それはさておき、今回は普段と少し事情が違う。トピックは彼自身のことだからだ。先週、ホワイトハウスからの情報という形で、MSUの学長・McPhersonが戦後イラクの財政面を立て直すチームのリーダー格で起用されるとのニュースがAP通信で流れ、教職員はもちろん世相に関心のある学生を仰天させた。もちろん私など最初は信じなかったほど驚いたものだ。「なんでこんな田舎の大学の学長に・・・」というのが一般的な反応だが実は彼はMSUで政治を学び、Western Michigan大学でMBAをとったあとD.C.のアメリカン大学のLaw schoolを出て、その後はワシントンのホワイトハウスなどでも仕事をしたワシントンに縁のある人である。Peace Corpに参加して国際貢献やら開発関連を経験し、Agency for International DevelopmentやBank of Americaの南米部門などでもExecutiveをやっていた人である。McPhersonがこの戦争に賛成だったのか反対だったのか、彼がBush政権を助ける立場に回ったことで戦争反対を訴えていた学生たちの中には裏切られたように感じるむきもあるようだ。私の中では彼がこの戦争をどう考えていたのかは、直接聞いてみなければわからないことなので推測はやめておき、とにかくアメリカの愚行がどうあれ、どうにかはしなければいけないイラクの状況、特にイラクの人たちが食っていくために必要なお金の流れをなんとか整理する必要がある中でせめても他の人がやったよりはBetterで心ある采配を彼がしてくれたらと願うばかりである。彼のメールによれば、アイゼンハワー政権の時にも当時のMSU学長がホワイトハウスの要請で、学長業を休んで手伝いにいったそうである。それにしても火中の栗を拾うとはまさにこのこと。いつかこの決断の真相を聞ける日があればいいがと心ひそかに思っている。以下はMcPhersonのメールの転載==============Message to the MSU Community from President McPhersonApril 25, 2003Dear Members of the MSU Community:As you perhaps know, there has been official news regarding MSU's role in the recovery in Iraq. I have been asked to help restore the finances and economy of Iraq. I expect to return this fall.The Bush Administration has asked me to serve as Financial Coordinator for the Office of Reconstruction and Humanitarian Assistance (OHRA) in Iraq. In this role, I will serve as the principal financial and economy policy advisor to OHRA Director Jay Garner. The MSU Board of Trustees has granted me a 130-day unpaid leave of absence so that I might accept this assignment.I am honored to follow in the footsteps of John Hannah, who took a leave of absence from the MSU presidency to serve as Assistant Secretary of Defense for Manpower and Personnel in the early days of the Eisenhower admin- istration.I will do my best to live up to MSU's wonderful tradition of international engagement. MSU faculty, students, and staff always have responded when called to learn and serve abroad. Michigan State University is fortunate to have a strong leadership team and outstanding trustees. The trustees met late this afternoon and approved this special assignment. They named Dr. Lou Anna Simon Interim President, which carries with it the full authority and responsibility to act as MSU president until I return. I have every confidence in her ability to maintain our momentum and direction during my absence.Michigan State is a strong and vibrant institution because of the strength and quality of the many individuals who form the MSU community. Therefore, I answer this call to serve in Iraq with full confidence that Michigan State University will continue to prosper in my absence.Sincerely,Peter McPherson, MSU President