第10話

 『第10話』 作:KAW0RUさん



マエルは、微動だにせず、現れたときと同じ姿勢で鉄アレイを掌中で転がしていた。

返答がないことに痺れを切らした俺が、もう一度口を開こうとしたとき、

漸くマエルは大儀そうに、自慢の髭を撫でながら言った。


「お主も遠慮がないのう。ちぃとは病み上がりの老体を労って欲しいもんじゃ」


マエルは鉄アレイを両手で握り、胸の前に手を伸べると、

魔法には明るくない俺でも高等であると分かるような呪文を、

微塵の澱みもなく詠唱した。

すると、マエルを中心に紫の魔法陣が広がり、

円陣の外周に7つの玉が生成されたかと思うと、

次第に人型を為し、中心の人物―マエルと同じ形が出来上がった。


魔法陣が消滅すると、マエル達は中心のマエル同様、

お馴染みの鉄アレイを転がすマエルになっていた。

デジャビュ…?

いや、俺はやはり確かに目撃していたのだ。

マエルの大群を…!

疲労か、はたまた貰った薬湯が原因で見たと思っていたが…。

…って………


「おい、答えになってないだろう!俺は誰がアンタを狙ったかを訊いたんだ!」


「急くな、若いの」


今度はマエルが俺の言葉も終わらないうちに諫めた。


「発端から話そう」


マエルは、召還した7人の分身を、

まるで操り人形を糸で操作するように自分の背後に配した。

それから、俺のベッドの傍らにある椅子に腰を掛けると、

ぽつりぽつりと語り出した。





「儂は、この大陸で移動魔法を司っておる。

 お主も、何度も儂の力を介して、大陸を冒険してきたであろう」


俺は無言で頷いた。

ごく当たり前のことを言っているのだが、

余計な言葉を発することを、マエルの鋭い眼光に制されているようだった。


「儂のように、その身を各地に置いている者は数人おる。

 だが、何人も…となると、魔法の中でも階位が上なのだ。

 儂の場合、昔取った杵柄、つまり鍛錬により今の地位を為し得た訳じゃ」


そう言うと、マエルは遠い目で中空を見つめた。

数分マイメモリーにトリップした後、マエルは戻ってきた。

その数分間、俺は内心苛々しながらも、

悦に浸り紅潮した顔のマエルに水を差すのが怖くて黙っていた。


「しかし、その能力を安易に横取りする術を発見した者がおった」


マエルの表情は悲しげだった。

習得した術の違いはあっても、同じく術の修練に身を置く者が悪の道を辿るのは、

心穏やかではないだろう。


「一見すると、影武者を駆使し、他者を他所に飛ばすだけの術に見えるが、
 発展させれば、いくらでも悪用が可能となる」


確かに、その術そのものは地味かも知れないが、

元々他の分野で長けている者であれば、どんな能力に発展することか…。


「それが、今回の首謀者…と言えるかの」


遂に、話が核に迫った。

俺は待ちかねたように身を乗り出した。


「それは、誰なんだ?!そいつの所為でアンタは…そして俺も…!」


マエルはまたもや沈黙した。

無い眉毛を寄せ、蜂に刺されたような鼻を手で擦りながら言った。


「その答えを出すには先ず、相手との対峙を予測せねばならん。

 何故なら…首謀者と伏兵は、クロノス城におる」


俺はその言葉に戦慄した。

クロノス城。

あの平和な、冒険者達の住処に、そんなヤツが居るだなんて…。


「そいつの名も、言えないのか?」


俺は緊張で乾いた喉から、擦れた声を出した。


「お主とて、クロノス城の住人。

 名を知った途端、戦渦に身を置くことになろう。

 無防備に相手の照準を定めたとて、お主が危険になるだけじゃ」


俺は今までクロノス城で行き交い、すれ違ってきた人々のことを思う。

みんな、そのLVや職業にかかわらず、いい人達だ。

誰が「首謀者」だとしても、誰かを疑うことは厭だ。

俺がその「名」を聞いてしまった時、戦いは避けられないだろう。

その「悪意」を、これ以上クロノス城に野放しにしない為にも…。


「しかし、その能力を横取りするにしたって、どうやって…?

 犯人はどういうつもりで、アンタの命まで奪おうとしたんだ!」


被害者や目撃者を消すのは、犯人としては常套だが、

それにしても、今回は不自然すぎる。

ましてや、この大陸に欠かせない存在である術者を、

あんなに無計画に殺せるものだろうか?


「方法委細までは話せぬが、貴奴らにはその方法しかなかったのだ。

 儂を殺し、死骸から生成される薬を入手せねばならんからな…」


俺は口に手を当てた。

急速に頭部から血の気が失せる感じがした。


「お主の欲しかった答えは、これだけか?」


今度はマエルが俺を挑戦的な目で見つめる。

この目を見るのは、そう、

俺がLV40になり初めてカイヌゥスへ旅立とうとした時…。


―――「本当に行くのか?健闘することじゃ」


そう言って、ターラから直接移動魔法を掛けて貰った時以来か。


「いや」


俺は即答した。


「俺はその首謀者達を叩きたい」


マエルはにやりと笑んだ。

俺は首謀者ではなく、マエルの術中に嵌っているのかも知れない。

だが…


「俺だって、こんな目に遭っておいて、黙ってらんねー」


俺は横にある+5セルキスを手にした。

積もった埃を払うように、空を一薙ぎした。


「俺も冒険者だ」


マエルは、「結構結構」と笑った。


「マエル、次の質問だ。

 俺は、首謀者と戦うと決めた。

 俺に、次に出来ることは、何だ?」


首謀者が居るクロノス城に一刻も早く向かうことか?

それとも、戦いに向けて秘策を練ることか?

だが、マエルの返答は俺の心に灯った闘志を吹き消すようなものだった。


「パーティーを募集することじゃな」


「お、おいおい!俺はこれから狩りに行くわけじゃないんだぞ。

 それに、犯人連中だって、今もアンタを狙ってるに違いねえ!

 そんなのんびりしてる暇あるかよ!」


俺はこの期に及んでマイペースを貫く爺さんに、

何度目になるかわからないくらい苛々した。


「LV50や60の若造に何が出来る。お主、少しは自分の力量を理解せい」


マエルは言うと同時に、懐からワンドを抜き出し、

俺に向かって一閃した。

パラディンが得意とするショックウェーブのような波動が俺を襲い、

俺はベッドから転げ落ち、壁に背中を叩き付けられた。


「不意打ちなんて、卑怯だぞ!」


俺は腰をさすりながらも素早く立ち上がり、+5セルキスを構えた。


「ふん。儂のこんな魔法用の短剣で、しかも物理攻撃に耐えられんとは。

 先が思いやられるな」


マエルは、かっかと笑っている。

俺はその隙だらけの頭部にセルキスを振り下ろす。

が、マエルはあっさりとその剣を素手で止めた。

その手には傷一つついておらず、魔法を使っている様子も見えない。

マエルの顔には苦悶の表情一つ浮かんでおらず、

俺の額に一筋汗が伝っただけだった。


「遊びはここまでじゃ。

 お主も言うとおり、一刻とて猶予はない」


マエルは俺の剣を下に降ろすと、俺にパーティーの契約を求めた。

俺は従うしかなかった。


「儂が直接戦闘に赴くなんぞ、何年振りか…。

 有難く思えよ」


俺を巻き込んだのは誰だよ。

…と言いたいところであったが、マエルの力を見せつけられ、

俺の好奇心は既にこの先に待ち受ける冒険に向かっていた。

もう、後戻りはできないんだ。


マエルは、先ほど召還した7人の分身を、再び指先で操るように、

俺とマエルを囲ませた。

正直ちょっと、気味が悪い。


「心の準備は良いか?この里を出るぞ」


俺はセルキスを腰に納めると、力強く頷いた。


7人の分身は、同時に呪文を唱えだした。

俺とマエルを中心に魔法陣が広がる。


ああ、これは移動の魔法だ。

俺は目を閉じて、詠唱する声に耳を傾けた。

俺は移動魔法に身を委ね、マエルと共に魔法陣の中央に消えた。








― つづく ―


© Rakuten Group, Inc.