特別な中秋節 in デンマーク
大変ご無沙汰してしまいましたm(__)mおかげさまでコペンハーゲンでも少しずつ活動をしています。そして今年の秋は特別な出来事が!なんと、あのティファニー(Tiffany & Co.)💎コペンハーゲン店様から月餅をオーダーいただきました!中秋といえばの月餅は通常オーブンで焼いたものですが、私の薬膳コースでのスペシャリティーはスノースキン月餅。【美しくサーブしてくださいました】皆さまの美と長寿への願いを込めて、丁寧に練り上げた蓮の実餡には真珠のパウダーを配合。ふんわりもちもちの皮には植物由来の3種の色を取り入れました。ゲストの皆さまにも喜んでいただけたとのこと...一足お先に素敵な中秋節のお祝いを体験させていただきました。【今年移転オープン💎ロイヤルコペンハーゲンのお隣です✨】【中秋のまとめ🌕】起源(古代中国の祭祀)中秋節のルーツは約3000年前の周(しゅう)王朝までさかのぼります。農耕社会の古代中国では、秋は収穫の季節であり、満月は「豊穣」の象徴。自然や天体に対する崇拝の一環として、月を祭る儀式「月祭」が行われていました。周代には既に、秋の満月を観賞し、感謝や願いを込めて月に祈る風習もあったとされます。歴史的な発展中秋節が現在のような形で定着したのは唐代(618-907年)の頃です。文化が非常に栄えた時代でもあり、月見は貴族や詩人たちの間で盛んになりました。有名な中秋節の逸話 "嫦娥の月への飛翔"最も有名な中秋節の伝説です。古代、中国には十個の太陽が空に現れて地上を焦がしていたため英雄 后羿(こうげい)が9つの太陽を射落として民を救います。その功績により不老不死の薬を授かりますが、悲劇が……強欲な部下から薬を守ろうとした妻の嫦娥(じょうが)が薬を飲むと体がどんどん軽くなり、遂には月に昇ってしまいました。妻を想う后羿は、毎年8月15日に月を見て祈りを捧げたといわれます。この伝説にちなんで、中秋節には月を見上げて嫦娥を思う風習があります。中国の月探査計画と探査機の名前も「嫦娥」です。月餅の由来月餅が中秋節に食べられるようになったのは中国がモンゴル民族西肺されていた元代の末期(13世紀末~14世紀)とされています。漢民族による反乱(朱元璋などが起こした明建国運動)の中で、月餅の中に反乱のメッセージを隠して配ったという話があります。この作戦が成功し、元を倒して明王朝が成立したことにちなみ、中秋節に月餅を食べる風習が定着していったとされます。現代の中秋節丸い満月や月餅にはさまざまな象徴的意味があります。家族の再会や団欒、円満、幸せなど…そのため現代でも中秋節には帰省する人がたくさん。皆で月餅を分け合って食べたりとかけがえのない時間を過ごします。漢詩の世界中秋節にちなんだ詩は、有名な李白など多くの詩人が残しています。その中でも私が好きなのは、蘇軾(そしょく)の<水調歌頭>(すいちょうかとう)。物理的(距離的)に離れたことの「別れ」を悲しむのではなく、遠く離れていても、同じ月を見て思いを重ねられる、繋がっている、という前向きな祈りで締めくくられている素敵な詩だと感じます。『水調歌頭』 by 蘇軾 原文 (一部抜粋):明月幾時有?把酒問青天。不知天上宮闕,今夕是何年。人有悲歡離合,月有陰晴圓缺,此事古難全。但願人長久,千里共嬋娟。読み下し(「人有...」から):人に悲歓離合あり、月に陰晴円欠あり、この事、古より全うし難し。ただ願う、人の長く久しくあらんことを。千里を隔てども、嬋(せんけん)を共にせんことを。意味:人には悲しみや喜び、出会いと別れがあり、月にも満ち欠けがある。それが古来から変わらぬ世の常だ。全てが思い通りにはならない世の中だけれど願わくは、人々が長く健やかでありますように。遠く離れていても、美しい月を共に眺められますように。解説:約1,000年前、北末の文豪・蘇軾が弟と離れて過ごす中秋の夜に書いた詩。中秋節の最も有名な漢詩とされていて、「遠く離れた人とも、同じ月を見て心を通わせる」想いが込められています。中秋の今日、ちょうど私の実家には、ウイーンからのザッハトルテが届いたようです。ホールでオーダーしているのでこれも月餅形状。いつまでも元気でいてほしいと願います。#北欧薬膳ライフ