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QBスニーク

◆拒絶反応(急性GVHD)との闘い◆

 移植後29日目.移植後の一般病棟の個室での始めての朝を向かえる.個室は居心地が良かった.トイレのときのみ個室から出ることを許可されていたが,トイレのついでに移植前に居た病室に立ち寄って,闘病仲間や小児科のママさん達と長話をしていて,担当の看護婦さんにひどく叱られた.少し元気になると,調子に乗ってしまう性分は移植後でも変わらなかった.夜には日勤明けの仲の良い看護婦さんが話をしに来てくれてまた癒された.

 移植後30日目.排尿が順調な所為か,前日よりも体重が1kg以上減っていた.移植前の体重に比べて,-7kgの約71kgであった.この日から,免疫抑制剤(サイエー)の内服が始まった.カプセルに液状の薬を詰めるのが面倒だったので,カプセルなしで内服することに決めた.たまにはこういう変わった患者がいるという程度で,普通の患者さんはカプセルに詰めて服用するようであった.実際に,そのまま服用してみると,その意味が良くわかった.なんともいえない強烈な匂いが口中に広がり,なかなか取れないのであった.それでも,カプセルに入れないで内服を続けることにした.

 移植後31日目.白血球数3200.体重はさらに約1kg減った.移植前の体重に比べて8kg減であった.この日,母が帰郷した.日記には「孫たちのためにたくさんお金を使ったことでしょう.ありがとう.お疲れ様」と感謝の気持ちが書かれていた.言葉にしたかどうかは定かでない.この日の昼食に市販されているカップ雑炊を食してみた.粘膜の炎症が治まっていないため,時間はかなり掛かったが,全て平らげてしまった.気の合う看護婦さんが来ると,ついつい長話をしてしまう癖がついてしまった.

 移植後32日目.白血球数3000.この日移植前に同室だった小学生の男の子とママさんが退院の挨拶のために,来室してくれた.妻と同じ歳のままさんは「元気で出てきてくれて本当に嬉しかったよ」と涙しながら話してくれた.思わずもらい泣きしそうになった.「本当にお世話になりました.ありがとう」と日記に記した.消灯後にトイレに行こうと起き上がったときに,急に嘔吐した.これも急性のGVHDの一つなのか?

 移植後33日目.朝目覚めると,大好きな看護婦さんが目の前に居て驚いた.「素晴らしい目覚め」と日記には記した.体重は僅かながら減り続けていた.この日から,お粥を出してもらった.おかゆはふりかけをかけてほぼ完食.赤だしも飲みたかったが,粘膜の炎症部分にひどく沁みるので断念した.粘膜炎症もなかなか治まらない.食べたいのに食べられないものが多くて少し苛立っていた.内服時には相変わらずスムーズに薬が喉を通らず,嘔吐しそうになった.婦長さんから,明後日に大部屋(6人床)に移るように依頼された.居心地の良い個室とも僅か一週間でお別れである.

 移植後34日目.白血球数2800.下痢が治まった.お粥の効果が出始めたように感じた.ベッド上で起き上がっている時間を増やしたことが良かったのか,体のだるさが軽減したような気がした.明日から内服が減るとのことであった.精神的負担が減る思いがして,嬉しかった.

 移植後35日目.この日から新人の看護婦さんの実習が始まった.朝食後に移植前に居た大部屋に移動した.さっそく,小児の子供たちの襲撃を受け,体力を消耗した.その反面,元気をもらったような気がした.移植後初めて,会社の元上司と先輩が顔を出してくれた.10日後には大学のフットボール仲間で東海地方に居る面々が顔を出してくれるとの連絡が入った.嬉しい知らせであった.消灯後,いつもの嘔吐を催した.

 移植後36日目.白血球数2500.体重は維持できているようだ.週末ということで,外泊の患者さんが多く,静かな一日になりそうな予感がした.あさから吐き気がひどかった.会社関係の面会が1件あった.この日の夜から免疫抑制剤の内服量が1ccから0.8ccに減った.相変わらず,消灯後嘔吐を催した.

 移植後37日目.静かな週末であった.会社関係の面会が1件あった.この夜は嘔吐を催さなかった.この日で吸入が終わった.大分楽になると感じた.

 移植後38日目.パソコンでゲームをする元気が出てきた.

 移植後39日目.白血球数1700.週が開け,朝から可愛い子供たちの襲撃に会い,ゆっくりしていられなかった.粘膜の炎症が少し改善しているのか,赤出汁を飲むことができた.昼から,寒気を感じたので,布団を掛けて眠った.この頃になると,度々原因不明の寒気に襲われたが,発熱はなかった.夕方には会社の部下が面会に来て,さっそく仕事の相談であった.なかなかゆっくりさせてもらえないものだと感じた.消灯後,嘔吐しそうになったが我慢した.

 移植後40日目.食事が並食に戻った.順調に回復しているように感じた.自分よりも少し早く移植した女性(主婦)は移植後65日で退院予定とのことであった.自分も早期退院記録を作ろうと心に誓った.何日振りかで消灯後に嘔吐した.両隣のベッドが小児科の子供であるため,嘔吐していることを悟られないように気を使った.音をたてずに嘔吐する方法を開発した.

 退院後41日目.今週から採血が週2回に減った.小児の小学生の男の子が退院していった.その子の別れの涙に,もらい泣きしてしまった.サイトメガロウィルスが消えた.デノシンの投与はあと3日で終了することになった.

 退院後42日目.白血球数6200.急に白血球数が増え始めたように感じた.明日移植予定の仲間が高密度無菌病棟に入った.

 退院後43日目.主治医から「DAY100(移植後100日)以内の退院を目指してがんばりましょう」という言葉があった.うれしかった.順調に回復することを願った.炭酸ジュースにトライし,粘膜に沁みるものの,飲める状態になったことを確認した.

 退院後44日目.会社の同期の一人が見舞いに来てくれた.超多忙な部署にいるため,健康状態が気掛かりであったが,元気な様子であった.この日は疲れが出たのか夕方に長い仮眠を取った.

 退院後45日目.この頃は6時には起床していた.起きてしばらくすると疲れから横になることが多かった.口内炎はまだまだ痛いが,日々改善しているように感じた.午後から大学時代のアメリカンフットボール部の仲間4人が面会に来てくれた.忙しい中を自分のために集まってくれたことに感謝した.彼らと話していると,あの頃に戻った気がして,元気が出た.退屈なはずの一日が活気あるものになった.
 同時期に移植した女性(主婦)が亡くなった.高密度無菌室内では,早い時期から食事をとりはじめていて,順調に回復しているように見えていた.私が外に出るときには「お先に」「おめでとう.私もがんばります」と言葉を交わしただけに,ショックは大きかった.移植のリスクの大きさを改めて実感した.

 移植後46日目.順調に回復しているが,暇で仕方がなかった.仕事(報告書作成)でも始めようかと考えていた.デノシンの投与が終わった.

 移植後47日目.向かいのベッドの小児の患者さん親子が気になった.かなり重傷のように見えた.なかなか他の仲間と馴染めないでいるようだった.

 移植後48日目.白血球数3500.元患者仲間が外来診察の合間を縫って面会に来てくれた.話しているだけで元気が出た.主治医から,「この状態だと早く外泊に行きたいでしょう?」という嬉しい言葉があった.主治医が外泊を考え始めていることが嬉しかった.

 移植後49日目.体重は移植前に比べて9kg減っていた.免疫抑制剤の内服量が0.7ccに減った.体重は増えないが,順調であった.子供たちとの面会が明日実現できることになった.2ヶ月以上会っていないので楽しみであった.「病院から出られない患者にとって,ゴールデンウィークは“魔の黄金週間”である」と日記には記されていた.暇をもてあましていた.

 移植後50日目.体重の低下が止まらないようだった.白血球数3500.この頃はいくら寝ても眠気が取れない状態が続いていた.パソコンで田舎の実家の設計を試みた.午後には,予定通り,子供たちとの面会が実現した.妻の母が随伴してくれていた.他の患者さんへの影響を考慮して,病棟外での面会となった.最初に娘を抱き上げた.筋力が落ちている所為か大分重くなっているように感じた.続いて,息子を抱き上げた.こっちは石の様に重かった.でも,可愛くてしかたがなかった.来週は外泊できそうであることを告げた.
 食事は,食べたいものを食べる努力をしたが,味覚が戻っていないのか,記憶している味とのギャップが大きかった.色々食べた所為か下痢をしてしまった.

 移植後51日目.状態が良いために余裕が出てきたのか,怠惰な生活を送るようになった.横になってテレビを観ていると一日が終わってしまう感じがした.退院前には病棟を移る噂が聞こえてきた.

 移植後52日目.ゴールデンウィーク最後の日曜日.職場の部長さんと室長さんが面会に来てくれた.「会社復帰よりも,しっかり病気を治すことを考えて欲しい」と言われた.病欠による給与カットがこの月から始まることが告げられた.

 移植後53日目.白血球数3500.相変わらず良く眠れた.明らかに過剰な睡眠と思われたが,体が欲しているのだから仕方ないと思った.主治医から明後日にマルクを実施する旨の説明があった.この日から院内歩行が許可された.さっそく売店に行き,色々なものを買い漁った.

 移植後54日目.眠くてしかたがない状況を主治医に説明した.「眠りたいだけ眠って構わない」とのことであったので,気がねなく眠ることにした.また闘病仲間が移植を終えて個室に戻ってきた.予想以上に元気そうであった.「おめでとう」.甘いものを間食した所為か,夜には明らかに下痢の症状が出た.食べすぎにも気をつけようと思った.

 移植後55日目.体重は増えないどころか減っていた.午後からマルクを実施した.久々に痛かった.麻酔が上手く効いていなかったようだ.マルクを終えて部屋に戻ると,先日涙を流しながら退院していった小学生の男の子が顔を見せているとのことなので,病棟の外まで会いに行った.相変わらずコロコロとして可愛かった.わき腹の肉をつまんでやると例の可愛い声でケタケタと笑っていた.ママさんも元気そうであった.「退院したら,カラオケでも行きましょう」といって別れた.

 移植後56日目.白血球数3100.寝すぎた所為か,頭が重いし,身体もだるかった.週末の外泊のみを楽しみに過ごすことにした.
 午後になって,主治医から呼び出しを受けた.嫌な予感がした.マルクの結果が思わしくなかったようだ.悪性細胞と見られる異常細胞が10%ほど出現しているとのことだった.目の前が一瞬真っ暗になる思いがした.免疫抑制剤を0.5ccまで減量して,ドナーの免疫作用により覚醒細胞の撲滅を図ることとなった.当然,GVHDがひどくなる可能性が高かったが,生き抜くためには乗り越えなければならない試練だった.
[2002.07.20更新]
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