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QBスニーク

◆再発の疑いとの葛藤◆

 移植後57日目.体重は確実に減っていた.移植間に比べて10kg以上減ったことになる.万一のために,自己血(リンパ球)輸注用の採血を実施した.右腕だけでは全量採取できず,左腕からも採血した.心・腹部エコーも実施した.
不安が募っているにも関わらず,現実から目を逸らすと負けてしまうと感じたのであろうか.日記には再発のメカニズムに関する考察が書き込まれていた.①自分由来の骨髄が生き残っていて,血液を作り始めてたために,悪性細胞が増加し始めた段階である・・・免疫抑制剤を着実に減量してきた事実と照らし合わせると矛盾する.②移植後のマルクから40日程度経過していることから,その間に自分由来の骨髄が悪性細胞を発生したが,免疫抑制剤の減量により,その割合が減少している段階にある・・・最近,白血球数の増加傾向が鈍化し,減少に転じた事実と照らし合わせると合理的である.
 夕方には,今後の治療方針についての説明が行われた.要点は以下の通りであった.①最強の抗癌剤治療および前治療を施したにも関わらず,通常移植後100日程度で見られる再発がこの時期に見られるということは,白血病細胞が相当に強力であることが考えられる.②これに対応するには,思い切った免疫抑制剤の減量が必要である.3日後に第一段の減量を実施し,一週間後には免疫抑制剤の投与を中断する.③免疫抑制剤の減量および中断により発生するであろうGVHDは,ほとんどが急性GVHD(皮膚の異常や下痢など)である.④現状では退院の目処が立たないため,可能な限り外泊をしてリフレッシュを図って欲しい.⑤M6は治癒に至るまでのハードルが元来高い白血病であり,未寛解でであることを考慮すれば,通常の病院の血液内科では骨髄移植を断念するケースと考えられる.これまでの経過はこれ以上無いほど良好であっただけに,再発の気配があることは残念であるが,できる限りのことはするつもりである.
 最後に,主治医の先生(女性)が「血液内科医はしつこいですからね」と微笑んで下さったのはせめてもの救いであった.自分の病気が如何に治癒率の低い病気であったかということを再認識させられた.

 移植後58日目.体重は少し戻った.白血球数3800.いよいよ移植後初の外泊である.本来ならば飛び上がるほど嬉しかったはずであるが,ここ数日のことを考えると心から喜ぶことはできなかった.日記には「最悪のことも考えて,子供たちの思い出作りが出来るような外泊にしたい」と書き込んだ.

 移植後59日目.自宅で誕生日を迎えられた.状況が状況だけに嬉しさは半分であった.体調は悪くないが,精神的に落ち込んでいるためか,半分寝て過ごしてしまった.

 移植後60日目.白血球数3200.自分の落ち込んだ状況とは関係無しに会社の関係者が面会に来てくれた.仕事の話をしている間は,再発のことは忘れることができた.

 移植後61日目.胸・腹部CT実施.明後日のマルク実施と週末の外泊許可の話が主治医からあった.筋肉痛のような痛みが体中にあり,寝て過ごすことが多くなった.会社の先輩が“信長の野望9”を買って来てくれた.少しは気晴らしになるだろうと思った.

 移植後62日目.白血球数3300.夕方から妻を交えての治療方針変更の説明が行われた.GVHDが出ずに効果が上がることはまず無いであろうというコメントには正直ショックを受けた.

 移植後63日目.午前中にマルクを実施.前回に比べれば痛くなかった.前任の主治医が補助についてくれた.

 移植後64日目.体重はその後維持しているようだ.白血球数3700.外泊前に主治医から悪性細胞が半減しているとの報告を受けた.とりあえずベストな方向に動き出したことを確認できて嬉しかった.

 移植後65日目.自宅で一日のんびり過ごした.
 
 移植後66日目.少し体重が減った.関東に住む姉から心配の電話が入った.心配掛けて済まない気持ちであった.夕食後病院に戻った.

 移植後67日目.白血球数4200.外泊疲れか,良く眠った.ヘパロックは自由度が高いので,院内を散策した.

 移植後68日目.再発の疑い以外には何も無い平和な一日が過ぎて行った.

 移植後69日目.白血球数4300.午後から週末の外泊許可および一週間後のマルク実施の話が主治医からあった.ゲームがないと退屈な日々であった.

 移植後70日目.いつもと変わらぬ一日が過ぎていった.深夜にナースセンターに呼び出され,DLT(ドナーリンパ球輸注)の説明を受け,同意・依頼書にサインした.本人としては次回のマルクで悪性細胞が消えるものと信じていたが,念のために用意しておく必要があるのであろう.

 移植後71日目.体重を維持できない.白血球数4400.朝食もキャンセルして,外泊へ出発した.東北に住む従兄弟が遊びに来てくれた.全快したら,地元で飲む約束をして別れた.本当に感謝の気持ちで一杯であった.

 移植後72日目.何となく一日が過ぎていった.

 移植後73日目.疲れが出たのか,昼間も眠ってしまった.夕食後に妻の運転する車で病院へ戻った.

 移植後74日目.白血球数5100.平和な一日.夜の回診で,末梢血液には異常が無いことを確認した.

 移植後75日目.夕方,会社の営業の先輩と久し振りに面会できた.

 移植後76日目.白血球数4600.午後からマルクを実施した.

 移植後77日目.マルクの結果では,悪性細胞の割合は減っていなかった.すこし残念な思いがしたが,体調が悪くなる兆候も見られないので,のんびり構えることにした.

 移植後78日目.体重減少が止まらない.白血球数5100.予定通り,外泊に出かけた.

 移植後79日目.ゲーム三昧の一日.サッカーの試合(日本×カメルーン)は最高に興奮した.

 移植後80日目.夏を思わせる日差しと暑さで外出する気になれなかった.夕食後に病院に戻った.

 移植後81日目.白血球数4000.同室だった小児科の男の子の容態が急変した.厳しい状態とのことであった.夕方,元上司夫妻が面会に来てくれた.退院の目処が立たなくなったことを伝えた.「とにかく元気になるまで見守るから,早く元気になって欲しい」と優しい言葉をいただいた.

 移植後82日目.外出許可が出た.消灯直前まで十分に楽しんだ.

 移植後83日目.白血球数4400.外出の疲れが顕著に出ていた.しかし,心地良い疲れであった.午後から,闘病仲間が面会に来てくれた.自分も早く退院したいと願った.

 移植後84日目.夕方の回診で,主治医から「一旦退院も検討する」とのコメントをもらった.どうなることやら・・・.明日から外泊である.

 移植後85日目.白血球数4300.帰宅前に少し身体を動かすために,寄り道をした.

 移植後86日目.外食にショッピングに忙しい一日を過ごした.疲れてはいたが楽しかった.

 移植後87日目.久々にマクドナルドへ出掛けた.本来の味ではなかったが,何とか一人前を平らげることができた.コンフェデレーションカップの決勝を観戦するために,いつもより早めに病院に戻った.

 移植後88日目.白血球数4200.一時退院は色々制約条件(退院期間1か月,週2回採血通院)があって,素直に受け入れられないことを認識した.

 移植後89日目.無性に眠い一日であった.体重は移植前に比べて12kg減っていた.

 移植後90日目.白血球数3900.一週間ぶりの外出許可が降りた.遊び過ぎが祟ったのか,帰ってから微熱が出てしまった.外出中に会社の営業の同期が面会にきてくれていた.名刺が置いてあった.

 移植後91日目.看護婦さんたちが度々話し相手になってくれた.気を使ってくれているのが良く解った.

 移植後92日目.白血球数4400.午後から,主治医による病状説明があった.①病状についての考え方は医師によって異なっている.②少数意見ではあるが,再発ではないと見る向きもある.というような内容であった.通常,再発した場合は,間髪入れずに末梢血液にも異常細胞が現れ,リンパ球輸注する段階ではほとんどが手遅れの状態であるということであった.現状における自分の病状が如何に特殊なものであるかが良く理解できた.免疫抑制剤を切っても,激しいGVHDが見られなかったことから,リンパ球輸注に際しても重篤なGVHDは出ないであろうという意見が大多数とのことであり,少し楽な気持ちになれた.
 話し合いの後,会社の元同僚の女性が立て続けに面会に来てくれて,外来のロビーでゆっくり話をすることができた.病室に戻ると,ダブルブッキング疑惑が出ていて,大騒ぎになっていた.事実は小説よりも奇なり.偶然の出来事であった.夜には微熱が出た.

 移植後93日目.外泊に出掛けた.例のごとく,帰宅前に寄り道をした.夕食は外食に出かけたが,帰宅後少し喉が痛かった.

 移植後94日目.父の日ということで,娘と一緒に万華鏡を作った.一日中家の中で過ごした.夜になると,咳がひどくなり,胆が絡むようになった.嗽の回数を増やした.

 移植後95日目.白血球数5300.嗽の効果はほとんど見られなかった.昼食後に予定より早く病院に戻った.

 移植後96日目.昨夜は咳が減った感じがしたが,風邪自体はあまり良くなっていないようであった.心電図と胸部レントゲンを実施した.

 移植後97日目.発熱は無いが,頭が重かった.午後の回診で,①末梢血には異常細胞が出ていないこと,②骨髄中の異常細胞が減っていること,③来週からDAY100検査を実施すること,④来週中に内科病棟に移動する予定であること,などの話があった.病棟の移動は予測していなかっただけに,少し驚いた.

 移植後98日目.白血球数3900.前日のレントゲン写真に気になる影が写っているとのことであったが,結論はCTを見てから出すとのことであった.炎症反応も出ていないのに,肺が炎症を起こすとは考えられなかった.
 夕方,主治医から明日内科病棟に移ってほしい旨の依頼があった.朝から外泊の予定が入っているので,荷物だけまとめておくことにした.

 移植後99日目.引越しの準備が気になって,いつもより早く目覚めてしまった.少しだるいのが気掛かりであった.無菌病棟最後のヘパロックをして8時には外泊へ出掛けた.昼食は外食に出掛けた.

 移植後100日目.風邪の具合はよろしくなかったが,妻が留守にしていたため,久々にキッチンに立ち,子供たちの食事を作ってやった.夜には疲れが出たのか,38℃以上の発熱があった.病院には内緒で解熱剤を服用した.

 移植後101日目.朝方は解熱剤の効果により平熱に戻っていたが,昼過ぎからまた37℃台をキープする状態となった.夕食後病院に戻り,無菌病棟に預かり物を取りに寄ってから,内科病棟に向った.体温は37.9℃であった.採血後に解熱剤を服用して,新病棟最初の夜が更けて行った.また,新たなステージの始まりであった.
[2002.07.27更新]
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