ディスグラフィアという言葉ご存知ですか?息子が不登校になるまで
ディスグラフィア文字が書けないせめて名前が書ければいいその他に望んではいけないどうしてあげられるんだろう未来を考え泣くしかない母先の見えない未来 暗い未来になるのだろうか涙が止まらない泣くしかないどんな道を示してあげたらいいのだろうどんな選択肢を広げてあげたらいいのだろう皆様ディスグラフィアという言葉をご存知ですか?書字障害のことです。息子は文字を書くのが苦手でした。マスに収まらない 漢字が左右別になる 漢字の形を認識できない 習字はひどい物です。数字さえ何とか読めるレベル幼稚園の年少から公文に通っていました。算数だけですがその頃は何も思わず、何も言われず。小学校に上がりあまりの字の汚さに担任の先生に相談しましたが、男の子ならこのくらい大丈夫と言われ様子見をしていました。しかし、二年生になりノートは常に赤で直され、連絡帳に至っては赤で二重線をひかれ書き直される始末。常にプリントには 丁寧に 綺麗に 正しく書く事 など書かれていない日はないのです。通知表も毎回同じで丁寧に文字を書きましょうと。。。小学生になりお友達とのトラブルも増え心配していました。通級教室で情緒教室があるのを知り先生に頼んで入れてもらいました。2年生の1月のことです。そこでは担当の先生がとても良くしてくださり、息子も心を開き楽しい!と毎週楽しみに行っておりました。その通級の先生と文字についてお話をして ディスグラフィア かも知れないと言われたのです。急いで病院を調べ連絡をして見てもらえるまでに半年待ちと言われました。この時は3年生の9月ごろでした。学校からも担任の先生が病院に連絡して下さったりしたお陰で、1月から受診できました。1回目の検査の後にこの子は重度のディスグラフィアですよ。とっても、大変だったと思います。お母さん息子さんを褒めてあげて下さいね。息子さんが今よりも生きやすい生活を作ってあげましょうね。と担当心理士さんに言われました。泣きました。とにかくどうしていいかわからなくて泣いて泣いて泣いて。親としてどうしてあげればいいのかをひたすら模索する毎日が始まりました。図書館やインターネットで情報を集め、ひたすら勉強して学校の先生と相談しました。三年生の担任の先生がとても親身になってくださる本当に良い先生だったので救われました。令和になっても小学校という場所は昭和と同じ事を繰り返しているように思えます。学校生活の中で文字が書けない事は致命的です。何事にも板書やプリント提出。パソコンも一人一台配られましたがあまり機能しておらず、使っているのかいないのか程度。宿題を少なくしてもらったりの配慮は受けれるようになり、漢字1ページの宿題をするのに2時間かかってしまう息子には有り難かったです。話し合いをしているうちに進学して、四年生になりました。三年生の担任の先生は隣のクラスで担任から離れても力になりますと言ってくださり本当に感謝しております。四年生の担任は2年目の若い先生でした。4回にも渡る検査をして四年生の5月に 自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症(ADHD)、学習症(学習障害)ディスグラフィア と診断名が付きました。 ディスグラフィアについては重度で学校生活は拷問してるのと同じくらい息子に負担がかかっていると言われました。何回も学校へ足を運び先生と話し合いをしました。多動なので教室の1番後ろの隅に席を置いて欲しいとお願いしました。これは落ち着きがないので毎年お願いしていた事です。前の方でがさがさ動いていると後ろの子から何してるの?邪魔だよ。などと言われてしまうのを防ぐためです。しかし、このお願いは聞き入れてもらえませんでした。担任の先生の考え方でクラスの1番前に席を置かれてしまいました。日直の仕事に今日の目標を黒板に書くという事がこのクラスのみあるそうです。文字の書けない息子には難しく、頑張って書いても1日晒し者になるから行きたくないと言い学校を休みました。その事で担任の先生に私が紙に書いて持って行かせるのでそれを貼っても大丈夫か確認しました。帰ってきた言葉は書けるだけ書いてみよう、どうしても書けなかったら学級委員に頼んで書いてもらうか先生に言えば書くよとの答えでした。愕然としました。字が書けないこにこんな事をいうのかと。多分ですが先生の中では ディスグラフィア=字が汚い子 くらいの認識なんだと思いました。ディスグラフィアについての説明をプリントにして配り、わかってもらいたい一心でひたすらはなしあってきたつもりてましたが、ああ、この先生には通じていなかったんだなとがっかりしました。晒し者になると泣いて嫌がった息子の気持ちがよく分かり辛かったです。理解してもらえない、頑張っても出来ないのを怠けていると思われてしまう。息子は頑張っているのです。そこだけは理解して欲しかったです。いろいろな事が積み重なり5月末から息子は不登校になりました。学校が大好きで楽しいと言っていた去年までの息子からは想像もしていなかった事です。集団の中に入る事ができなくなり、通級教室も習い事も何もかもいけなくなりました。学校の敷地にすら入れなくなりました。