―――死
深い深い闇の底。 一片の光も届かない深淵の牢獄。
そこにある“彼”の命は、確実に死の影に蝕まれつつあった。
虜囚の命が続く限り解けることのない屍霊術の封印が頭上の監獄門を閉ざしている。
―――この封牢に囚われてどれだけの月日が流れたのだろう
辺りに漂う朽ち果てた空気は、生物がこの場に止まる事を拒んでいるようだった。
身体の至るところから蛆がわき、彼がこの瞬間まで生き永らえたこと自体が驚嘆の域に達しているといえた。 肉が削げ落ち痩せこけた骨格の大きさから、その年齢が未だ少年から青年期の狭間にあることがわかる。
―――俺は……ここで、死ぬのか?
屍族と人族の混血児たる彼にとって、安住の地など世界の何処にも存在しなかった。
ただ生きることさえ困難な日々。 “生”を憎悪し、いつの頃からか己に欠けた何かを満たす為に罪咎を重ねていった。
―――端から生きる意思などなかった
永い間、頭の中に居座っていた馬鹿げた妄執が、時間の経過と共に風化していく。 しかし、それは同時に心底に刻まれた決して消えることのない記憶をも浮き彫りにしていく。
―――ま、まだだ
肉体を浸食する冷気を拒絶するように、命の残照たる忌火が彼の両眼に宿る。
―――まだ……死ぬわけにはいかない
冥く歪みきった衝動が蘇り、彼の命を現世に繋ぎとめる。
―――た……全てに……復讐を……
穢れた魂が呪詛の咆哮を放つ。
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刹那、封牢の闇の中に漆黒よりも暗い“夜”の気配が生まれた。
一糸も纏わぬ蒼白い肢体が、骸となりつつある少年のもとに降り立つ。
少年の遥か頭上に位置する監獄門の封印が解かれた様子はない。 だが、“ソレ”は蜻蛉のように少女のカタチを象って少年の前に存在していた。
「やっとみつけた」
少女の口唇が小さく震え、目の前の少年を愛しげに見下ろす。
少年の両眼も掴みきれなかったナニかを求めるが如く、少女を見上げていた。
「……」
夜に咲く華が音もなく揺らぐように少女が少年に身を寄せる。
「還ってきて……そこは貴方の在るべき場所じゃない」
まるで、あらかじめ定められていた儀式を遂行するかのように、骸になりつつある少年にそっと口付けをする。
「貴方はアタシのモノなのだから」
詠うように呟く。
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「そして……アタシも貴方のモノになる」
―――長い夢をみていた。 この夢は覚めることがあるだろうか?
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