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与謝野らいちょうの部屋

87%-私の5年生存率

1月12日に始まったドラマです

実は、私の母は、私が19歳のときに乳がんが見つかり、私の記憶が確かなら、左乳房を全摘出、加えて左腋下リンパ節を摘出しました。
その時、その後5年生存したら、癌でない人と同じくらいの生存率になると、言われたそうです。

今回のドラマは、主人公は、ステージ1で、5年後の生存率が87%。 私的には、すごい生存率だと思うのですが、主人公はそうは思っていないみたいで、「10人いたら、1人以上死ぬ?100人いたら13人死ぬの?!」とお怒りでした。普通に生きても、事故で死んだりすることを思えば、確率的にどうなんでしょ?

話を戻して、この乳がん事件があってから、母は父に対して言いたいことを言うようになりました。
今まで、父の言うなりだった母が、言いたい放題!
父は父で、「自分は彼女が死んでしまったら、一人で生きていけない」と強く思ったようで今までのように強くは出れなかった。
・・・まぁ、その後の夫婦生活といったら、喧嘩ばかりですよ。

母は、いつ自分が死ぬかわからない不安をかかえ、これまでの生き方も含め、“これでいいのか?”
と思っていたかは知りませんが、不満があるんでしょうね。父に対して言う時の言い方にね“棘”があるんですよ。
そりゃ、そんな風に言えば誰でも怒るだろう?!と言うような言い方をするんです。

で、当然、喧嘩になる・・・と。・・・・あれ?家の恥を曝しています?(笑)

あまりに、母の言い方がひどいので、父は自分の思いを告げたわけです。
「お前が病気になってよくわかった。わしは、お前がいないと生きていけない。お前が死んだら、わしも死ぬ」と・・・・※
でも、結局、全然変わりませんでしたね(笑)。
(この状態が、今でも続いているのが、非常に問題なんですけど(^^ゞ・・・実際、両親と同居していた心優しい妹も逃げだすくらい・・・)

退院後、母は、色々な方々から心配していただいて、「癌にはレイシが効くらしい」とサルノコシカケをもらい、毎晩、煎じて飲んでおりました。
サルノコシカケのせいかどうかはわかりませんが、おかげさまで、その後5年どころか、20年以上も生きて、昨年はペースメーカーを入れることに・・・

その後、私は大学に入り、「母が乳がんでね」と言うと、「私の母もよ」と言う人が結構いてビックリしました(@_@;)
手術して、治癒した人たちだけならいいのですが、やはり、若い人は亡くなることもあるみたいなので女性の方は検診をしていただきたいと思います。

私は、働いているので、婦人科検診も受けやすいのですが、姉は専業主婦をしているので婦人科検診を受けたことが無いと言っていました。やはり、一番には「面倒くさい」というのがあるみたいです。市民検診でも安く受けれるし、旦那の会社の補助で無料で受けれても、「面倒くさい」そうです。
私は姉に「私は検診で子宮筋腫があるのがわかったし、やはり、 母親が乳がんになったから、受けた方がいいんじゃない?」と言ったので、やっと受診する気になったようです。(番組では「乳癌は遺伝しない」ときっぱり言っていましたね)

専業主婦の方々は、なかなか受診しにくい部分があると思うので、パートナーの方が積極的に受診を勧めないといけないかなと思います。
大事なパートナーを、本当は守れたのに失ってしまったら、そっちの方が悲しいと思います。

なんだかTV番組の話から、身の上話になったみたいで、恐縮です<(_ _)>

私は今はあまり生きることに固執をしていないので、87%という数字が高いものに思われるのかもしれません。
今、私が死んでも誰も困らないし(彼は家に帰ればいいわけだし)、親兄弟は悲しんでくれるかもしれないけど・・・・
実際問題、生きがい的なものはないし、なんとなく生きていて、これじゃぁダメだなぁ・・・・とは思ってはいますが。じゃあどうしたらいいんだという解決策が見つからない。
ただ、なんとなく生きて、なんとなく年を取っていると言わざるを得ません。

もしも、癌になって告知を受けたら、それでもやはりショックを受けるのかなぁ・・・・

※の部分・・・両親は、子供たちは寝ていると思い、喧嘩を始めるのですが、私は寝ていてもすぐ目が覚める体質なので、ふと目を覚ますと、夫婦喧嘩をしていたので気になって、親に気づかれないように近づいて様子を伺ったわけです。(ちなみに、これが初めてではありません)
・・・皆さんも、夫婦喧嘩をする際はお気をつけあそばせ(笑)



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