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ダメダメパンツァー駐屯基地

ダメダメパンツァー駐屯基地

02:狂信レヴァイヴ

02 狂信レヴァイヴ


薄暗い闇が広がる。
何処ともつかない空間に広がる闇に、何処からか生まれた僅かな明かりが降りかかって影が生まれる。

それは人影。
何人もの人間が闇の中で奇妙に、それでいて激しい挙動で蠢いている。三十人や四十人どころではない。広い空間の中に敷き詰められた人間達は、百人を超す人間達が闇の中いっぱいに蠢いているのだ。

オオオオオ……
アー、アー、アー、アー…
ギグガガガ…ギギギ……
ガークガークズファイッ! キリューキリュートギアーッ!!


ある者は呻き声にも似た音を口から発し、またある者は呪文のように規則性を帯びた声を叫んでいる。闇の中の者達はこぞって皆、奇妙極まりない声を発してはいたが、そのあたかも揺られる海草の如きくねくねした動きだけは共通していた。
百人は超えるであろう人間達のおぞましい声が響き渡り、僅かな光の中で異常としか思えない挙動で踊る影――その誰もが白い衣服を着込んでいた。

カ…ア………スー…スー
ス……スー……ストゥ………ストゥッ……………ストゥー……


ふと、つい数秒前までバラバラに発声されていた呻き声達が、次第に統率の取れた群唱へと変わり始めた。一つ一つの声が段々と似た音声へと絡み合い始め、そしてその声らはやがて一つの単語を形成し始めた。

ス………………ストゥーパー…………――

声がシンクロした刹那、まるで世界が開けたかのように辺りは光に包まれた。
四方八方から向けられた照明が、今の今まで闇の中で蠢いていた人々を照らし出したのだ。人々は白い服を着込み、膝立ちの状態で両腕を高く伸ばして皆同じ一方向を見ていた。それは、一種の敬服を示す姿勢にも見える。何よりも奇妙だったのは、人々が頭を覆う形で被っている黒子の頭巾――無論これも白色だ――であった。
暗闇の中では分からなかったが、この場所は一種のアリーナや体育館のような構造をしており、人々が視線を向けた先には演台に相当するステージが存在していた。一見何の変哲も無い広大なスペースなのだが、それが異質であると感じるのは、この建造物内の色素のほぼ全てが白色であるということだった。天井も壁も床も。何もかもが白いその空間は、最早一つの“世界”を構築しているとも思えた。
「マーベラス! 皆さん、よく出来ました!」
ステージ上に一人の男が居る。
白いスーツ、白いネクタイ、白い革靴。全てを白色に染め上げたスキンヘッドの年若い男は、マイク片手に高らかな声を上げた。ステージ下に敷き詰められた人の波に歓声が起こる。何かの喜びに湧き上がる人々の声は、やがてまた“ストゥーパ”の単語へと重なり始める。

ストゥーパ! ストゥーパ! ストゥーパ! ストゥーパ! ストゥーパ! ストゥーパ!

溢れんばかりの“ストゥーパ”コールを受けながら、男は朗らかな笑顔を浮かべ、空いた左手に拳を握って高く掲げた。
「皆さーんっ! 最強ですかぁーっ!?」

さいきょうでぇぇぇぇす!!

百人を超す人間が返答する。耳をつんざくような大音量。浴びせかけられる声に満足げな笑みを浮かべ、男は観衆へと再び話しかける。
「皆さんの熱い信仰心と活動に拠って、我々は遂に此処までの復興へと辿り着くことが出来ました! 神童たる我々が生み出したこの結果に、教祖様もたいへん喜ばれております!」
再び歓声が起こる。信者達は既に敬服のポーズをやめ、自由に動いて喜びを表現している。
「しかしながら、我らが教祖様の教えは未だ、世界の人々に届いてはおりません」
喜びを労う男は一転、落胆の色で表情を染め上げて右方へと首を向けた。さも残念そうに、そして悲しげな雰囲気を演出する見事な挙動だ。
「それは不幸なことです。ですが、ですがッ! 私達は救われました! 教祖様という強大な免罪符の加護を得、我らは幸福を掴んだのです! 幸福なる者である我らに与えられた使命はそう、ただ一つのみ!」
声に覇気が漲り、男は手を信者達へと翳す。
「この幸福を、世界へと分け与えて差し上げること――世界は口にしないだけで、我々の救済を待ち望んでいるのです」
信者達が口々に「ストゥーパ!」と叫びを上げる。
「ようやくここまでの道のりを歩めたのです。それが何を意味するのか」
男はすぅと息を吸うと、脳へと血流が昇り行く心地良い感触にぞくりと身震いをした。
「我々に不可能は無いと言うことなのです。さぁ、共に歩んでいこうではありませんか! 私、マテラッツィは教祖様第一の“代弁者”として、皆さんと共に歩みたい!」

ストゥーパ!
ストゥーパ!
ストゥーパ!


「復興と、そして復権の時はもうそこまで来ています! 教祖様の御力の下で修行に励み、この試練の時代を乗り越えましょう。この楽園、“卒塔婆ストゥーパ”で――この楽園っ! 卒塔婆ストゥーパで!」
男は一際明朗な笑みを顔に貼り付け、同じ台詞を異なる語調で繰り返した。無数とも錯覚するような信者達の歓声が、広大な施設の天井へと高らかに反響する。
マテラッツィ――そう名乗った男は、演説する政治家よろしくゆっくりと胸へ手を置いた。
「教祖様の御力が完全になったその時の為にも、誓いましょう! 常に我々は最強であることを! 皆さーん! 最強ですかぁー!?」

さいきょうでぇぇぇぇす!!

自分へと降り注ぐ歓声に満足げな笑みを浮かべ、マテラッツィは無言で頷く。
「今、この時空で皆さんと過ごせる幸福に感謝を!」
彼は空いた左手を素早く動かして幾つかの形に変え、最終的に人差し指と中指を忍者よろしく立てて構え、胸へと引き寄せそして、
「――ストゥーパ!」
と叫んだ。

ストゥーパ!
ストゥーパ!
ストゥーパ!
ストゥーパ!
ストゥーパ!


高らかな歓声に背を向けて、マテラッツィはステージの袖幕の中へと入った。
余りにも明るい、彼の言葉を借りるならば“楽園”を演出したかのような強烈な光とは対照的に、舞台袖の中は言わば“虚無”とでも言おうか。床の数箇所に青白いライトが存在するだけの、暗い空間が広がっていた。
「いやはや、緊張しますねぇ。しかしながらやり甲斐があります、この立場でのお仕事は。後は教祖様さえいらっしゃれば完璧なのですが」
ククッ、と喉を鳴らすマテラッツィ。先程ステージの上で見せたような明朗な表情は既に無く、代わりに在るのは何処か陰湿な笑みだ。
「教祖様が居れば信者らのコントロールがより容易になるから、ですか?」
「人聞きの悪いことを言わないで下さいな」
ふと上がった声。苦笑と共にマテラッツィが視線を向けた先には、黒い布に身を包んだ四人の人間が立っていた。フードを目深に被っているため、その表情は窺い知れない。
「あくまでも、私は信者の皆さんと共に歩みたい……ただそれだけですよ、Oさん」
アルファベットの“O”と、そう呼ばれたのは四人の中でも一際背の高い人物だ。彼はゆっくりと背中を壁から放すとマテラッツィへと近付いた。170cm強だろうか。黒いローブの上からでもがっしりとした体格が見て取れる。
「教えの異なる我々の力を借りてでも、ですか?」
「ええ、宗派こそ違えど我々は己が信じる道を歩む者同士。私は私の信じる道の通りに、貴方がたと手を繋ぎたいと思ったまで」
いなすようにOの傍から離れ、両手を腰で組むマテラッツィ。
「何より、分かっていらっしゃるでしょう? 教祖様のいない現状では、卒塔婆ストゥーパは直ぐにでも空中分解だ。数年前の壊滅事件から立ち直ったとは言え、我々はまだ立ち上がった赤子に過ぎない……それでは多くの人を救えない。苦しくなったその時、友人に救いを請うのはいけないことでしょうか?」
「それを聞いて安心しました」
Oがその背へと一歩を踏み出すと、離れていた残りの三人もまた一歩を踏み出した。四人とも、未だにその顔は隠したままだが。
「貴方は仰った、友であると。救いを請うと。我らは我らの教えに基づき、向けられたる救いの声に対して手を差し伸べる……」
四人の黒衣は、ゆっくりと右手をそれぞれの左胸にあてがった。
「申し訳ありません。今一度、貴方の心を確かめて置きたかった故に」
「いいえ、そのような心情は分からなくもありません。遥かな昔から、人は教えの違いで戦いを続けて来た。我々はそのような愚行は犯しません」
マテラッツィは四人の前に歩み寄ると、深々と頭を下げた。
「どうか宜しくお願いします」
四人の黒衣は、ゆっくりとその手を下げた。
「頭をお上げ下さい、マテラッツィ神官長」
「O……」
「このような話の後に言うのは気が引けますが……実は貴方がたの危機は、直ぐそこまで迫っているのです」
「危機?」
黒衣の下、伝道師Oは静かに頷いた。
「N、説明を」
Oは四人の内、最も小柄な黒衣の方を向いてその名を呼んだ。
「この教団内に入り込み、その存在を荒らす者達の夢を見ました」
「予知夢というものですね。なんと、このストゥーパをですか?」
「ええ」
伝道師Nは黒衣の中から手を伸ばし、マテラッツィへと四枚の写真を手渡した。小柄だが、Nの声は男性のものであり、何処か爽やかさを感じさせるような誠実さに満ち満ちていた。
「俺の念写で出しました。そこに映っている四人の男が、何らかの手段を講じてこの施設に入り込み何らかの破壊活動を行おうとしている……そんなヴィジョンが俺には見える」
「この男たちが?」
「悪いことは言いません、即刻見つけ出して消すべきかと。このままこれを放逐すれば、マテラッツィさんが現在進めていらっしゃる計画にも支障が出るかとも思いますし。下手をすれば、計画自体が瓦解してしまうかも……」
マテラッツィの表情、その額へとみるみる内に血管が浮き上がっていく。それは、己が愛するものを消し去ろうとする者達への憎悪と、そして怒りの証だった。
Nは黒衣のフードを取った。刈り込んだ短髪の下には、V字を思わせる形で顔の半分を覆った銀色の鉄仮面が在った。眼の部分に当たる箇所には穴が空いており、その奥には彼の瞳を垣間見ることが出来る。
「コイツらの悪さは筋金入りです。ここはこの伝道師Nにお任せ下さい。必ずやその悪行を阻止して御覧に入れましょう」
マテラッツィは長く息を吐いて、Nへと向き直った。
「どうぞ宜しくお願いします。この悪人どもへの、鉄槌を――」
「必ずや……O、良いよね?」
Oは何も言わず、一度だけこくりと頷いた。彼はN達四人のリーダーに当たるらしい。
「我が愛する信者をお貸しいたします。あの方法で強化された彼らならば、優秀な兵士として機能するはずです……必ずや、この下賎な輩を葬り、地獄の業火へと突き落としてやって下さい」
マテラッツィの顔には笑顔が在った。
だがその笑みは明朗なものでも、陰湿なそれとも違っていた。目を大きく見開き、口には剥き出しにした歯をありありと見せる、言うなれば狂気の沙汰に属するものであった。
Nはフッと一笑いすると、黒衣を翻して踵を返した。
「お願いします、お願いしますよ……もう二度と、我々は地に落ちる訳にはいかないのです――お願いします、お願いします、お願いします……!」
虚空を見つめ、マテラッツィは気を違えたようにブツブツと呟き続ける。残された三人の伝道師達は彼を見つめ、ただただ沈黙の暗闇に身を置くのみであった。
「我々卒塔婆ストゥーパは、天に昇る為の道を示すのです! そうでしょうOさん!」
その名を呼ばれたOは、靴音と共にマテラッツィの隣へと立った。ちらりと明かりに浮かび上がった口元には唇が弧を描いている。彼もまた、笑んでいた。
「勿論ですとも」
その返答に満足したのか、神官長は勢い良く両手を振り上げて四枚の写真をバラ撒いた。不規則に動きながら床へと落ちた写真には、四人の男の姿が鮮明に映し出されていた。

紫のサングラスに、青いチェックのシャツを着た男。
前髪で目元を隠した、黒いコートに身を包んだ男。
青白くも紫にも見える肌に、鮮やかな白髪と真紅の眼をした男。
赤茶色の作業着を着た、気だるげに欠伸をしている男。

「誰も! 我々の信仰を邪魔することは出来ない! 誰一人として! 誰! 一人として!」
暗闇に、マテラッツィの笑いが響き渡った。
「この信仰を止めることは、不可能なのだ!!」




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