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ダメダメパンツァー駐屯基地

ダメダメパンツァー駐屯基地

05:奇襲戦デパートメント Part2

05 奇襲戦デパートメント Part2


地下一階。
大時計の上から移動していた伝道師Nは、エスカレーターの前で歩を止めた。指示通り、既に電力の供給はストップしている。此処には無いが、恐らく何処かに設けられているエレベーターもまた同様のはずだ。
「ククク……足掻くねぇ、相変わらず見苦しいですよ、小笠原さん」
Nは顎に手を遣りながら、懐の無線機を取り出して口に宛がう。
「C班とD班はそのまま追い、E班は階段の上から追い詰めて完全に通路を遮断……二階に燻り出すんだ――」
口元に笑みを湛えたNは顎に遣っていた左手を己の頭部に宛がう。仮面に開いた一対の平行四辺形――目の部分に当たる空洞の奥で、黄色い瞳が僅かに輝きを増す。
「見えてる、見えてるよ……」
Nの視界がぼやけ、別の映像が液体のように入り込んでくる。そこに見えるのは、エスカレーターの通路で信者と戦う村田達。ショッピングカートに入っている小笠原の姿。
「上に行けなくなった連中は、右側の通路を伝ってエスカレーターを昇ろうとする。敢えて入り口にスペースを作っておびき出し、そこに入り込んだ瞬間を狙い、H班とJ班でカートを下り側のエスカレーターに突き落とせ。いいね、あくまでカートだけを狙うんだ」
『ストゥーパ!』
映像が消え、更に別の映像がNの視界に映し出される。
映っているのは小笠原だった。ボロボロになった顔と身体、顔や手の到る所に血を滲ませながら走る姿。そして、Nと二人の信者によって攻撃され、水着のマネキンに激突する姿。
「見えてる、見えてるよ小笠原。俺にボコボコにやられるアンタの姿が……この未来、アンタの死は決まりだ」
頭から手を離すと、彼は肩を震わせて喉を鳴らし、クククと笑った。誰も居ない地下フロアに、その声はやたらと大きく響いた。


二又に分かれた階段を右に曲がり、工藤が信者達を次々と打ち倒していく。その冴えない外見からは全く想像もつかないほど力強く、また流麗なアクションだ。その後ろをカートを頭上に抱えた城石が登り、最後にエアガンを下に連射しつつの村田が続く。勿論、小笠原は相変わらずカートの荷台を定位置としていた。
「貴様、横着をした借りは後で返してもらうからな」
「どうもすいませんね、えっへへ」
「笑うな、貴様の笑いは見ていて虫唾が走る」
愚痴を垂れながら不機嫌そうな顔で登る城石は、二階に到着するなり乱雑にカートを置いた。ガシャ! と音が立ち、中の小笠原がうげっと悲鳴を上げた。
「サン・キリキリソワカ! カイ・ジョウ!」
右手に二本指を立てて呪文を発し、工藤は緑色の光と共に銀色の棒を現出させる。くるりくるりと回転するそれを掴み、右、左と迫りくる信者の顔面や急所を狙って次々と打ち倒していく。
「ダメです! 人が詰まっててここから先は行けません!」
一人の信者を蹴り飛ばしながら、工藤が後方の村田に叫ぶ。後方、中二階の踊り場から追ってくる信者を射撃で打ち倒し、村田もようやく合流して周囲を見渡す。見れば、駐車場側の棟に続く通路に信者達はおらず、その先にはエスカレーターが見える。
「右の通路! あそこのエスカレーターで上がれる!」
「よっしゃ! 城石押して!」
「黙れ! 足手まといの事実を自覚しろ!」
「まぁまぁそう言わずにぅおわ!」
村田がカートを押して走り出した。身を乗り出していた小笠原は、荷台の縁に背中を激突させる破目になった。
「ちゃんと隠れてて!」
「村田っち、出るときは言ってよ……」
疾走する三人の足音と、そしてカートの車輪の音。
「城石さん、悪いけどもう一回コレ持ち上げて下さいね」
「おのれ、こんな屈辱は初めてだ。絶対に後で呪ってやるからな」
「まぁまぁそう言わずに、僕じゃ持ち上げられないんだから」
「ふざけおって……!」
工藤に宥められ、城石はギリリと奥歯を噛んだ。悪霊を説得する霊能者という妙な光景に、カートに詰められた小笠原は楽しげに笑った。
「けど、さっきの仮面野郎は何で俺の名前を知ってたんだろ……」
「知り合いなんだったら話し合いで解決出来るものじゃないですかね」
「バカヤロ、虐殺なんて物騒なこと言ってる奴が話で事を解決しようと思うか?」
工藤の見解に対して「現実を見ろ」と返した小笠原は、現在の自分を取り巻く現実が、かなりの非現実で構成されていることに気付いた。
「俺も慣れつつあるのか……」
「頭を引っ込めていろ、天井にぶつける破目になるぞ」
安全姿勢を促す城石が顎で示した先には、エスカレーターの乗降口がある。もうほんの数メートル、目と鼻の先だ。小笠原は内側から荷台の格子を掴み、体育座りの姿勢をより強固なものにした。
「ストゥゥーパッ!!」
声が起きたのはその直ぐ刹那。エスカレーターの向こう側にある塀を飛び越え、数人の信者達が飛び出したのだ。
「危ないっ!」
「チィィッ!」
工藤と城石が前方に躍り出る。全部で六人だ。工藤は棒を掴まれ、一気に床へと押し倒される格好となる。
「このくらいでやられる僕ではっ!」
「おい! おい! 誰かカートつかんで!」
倒れつつ右脚を振り上げ、巴投げの要領で信者の身体を後方へ放り投げる。宙を舞った信者は直ぐ近くの塀を越え、デパートの中心部を貫く吹き抜けを落下していった。
飛んできた信者を捕まえながら床を転がった城石は、後頭部と背中を強打しながらも信者の両足を掴み、身体を起こしながら自らに旋回をかける。
「るァァァァァーッ! 制裁ッ!」
「ひえええ! 村田っち! 俺一人じゃ止められ――」
起き上がると、その格好はいわゆるジャイアントスイングへと変化を遂げていた。高速で数回ターンした後に、吹き抜けへの落下を阻止する塀へと信者を激突させる。鈍く重い音と共に塀が変形した。
「こ……のっ!」
「助けて! ちょっ、助けろオメーら! あっ! あああああぁぁぁぁぁ……!」
二人の信者に前方から襲い掛かられた村田は、敢えて組み合わずに大きく開けた通路を横に走った。距離が出来ている内に狙いを定め、信者の頭部目掛けて三点バーストの硬質BB弾を四回、それぞれに六発ずつ炸裂させた。衝撃によろめいて転倒する信者二人。
瞬く間に信者四人を退治した工藤、城石、村田はふうと息をつき、同時に向かうべき三階へのエスカレーターを見上げ、そしてお互いを見遣った。
訪れる、沈黙。
「………ああああ!! 小笠原さんがいない!!」
村田と工藤が同時に声を上げた。二人の信者は動力にあたる人物を失ったカートを狙い、一気に強奪して行ったのだった。必死に記憶を辿りながら、三人は最後に声が聞こえた方向、一階に繋がっているエスカレーターを覗き込む。
見れば、一階のエスカレーター乗降口にて、信者の生き残り二人が地下一階に繋がるエスカレーターにショッピングカート(小笠原と購入物入り)を蹴り落とした所だった。
「助けてええええ!」
悲鳴と共に響く落下音。段差に車輪をぶつけながら、何とかカートは上下の位置を保っていた。信者ら二人がそれを追い、ストゥーパ! ストゥーパ! ポア! ポア! と謎の奇声を上げながら地下へと消えて行く。
「どどどどうしましょう! 小笠原さんが!」
「さして尊くも無い犠牲だ、先を急ぐぞ」
「何てこと言うんだお前! 悪霊だからって言っていいことと悪いことがあるぞ!」
「奴はまさに文字通りの荷物だっただろうが、いない方がいい」
「仕方ないだろ、一番戦えるのは僕とお前だけで……っておい! 何上手いこと言ったって顔してんだよ! 全然上手く無いんだよ!」
「とにかくだ、奴を助けるのは時間の無駄だ、早く行くぞ」
「いや! ダメだ!」
口論を交わす二人を止める村田の声。息が上がっているのもそうだが、人道的な理由と戦術的な理由で、彼はこのデパートで銃を引き抜いて以来、初めて焦燥を表情に滲ませた。
「……俺らン中で車動かせるの、小笠原さんだけだ」
工藤はショッキングに、城石は苛立ちに顔を歪める。
「第一、キーを持ってるのもあの人です」
デパートの中には、まだ数十名を超える信者が残っているはずだ。例えそれを振り切って逃走できたとしても、車が無ければ直ぐに追いつかれてしまうのは明らかだ。それに、村田が突き止めた敵の目的地に行くためには、車が必要不可欠だったのだ。
そういう意味では、小笠原は城石の言うようにお荷物などではなく、案外しっかりと役に立っていたと言える。
「……もういい、貴様らは先に行け」
「ちょっ、城石さん、単独行動は」
「奴を連れてくれば良いんだろう?」
一歩を踏み出し、一階へのエスカレーターに足を進めながら城石が言った。慌てて工藤もそれに続く。
「だったら僕も……」
「この低脳が」
「低脳だとぉ!」
「貴様まで来たら誰がその小僧を守るのだ。第一、貴様はかご車を持ち上げられないだろうが」
「あ、そうか」
白髪を片手で持ち上げながら、城石はフンと鼻を鳴らす。
「勘違いするんじゃないぞ。オレの復讐が少しでも完璧に行くためだ。分かったならさっさと行け、あの色眼鏡は必ず連れて来てやる」
「ちゃんと五体満足で連れてこないとダメですからね」
「……分かった」
沈黙が入った辺り、ちょっとくらい怪我してても大丈夫だろうと思っていたようだ。言うなり、城石は一階へのエスカレーターを一気に降りて行った。
「工藤さん、行きましょう」
「で、でも村田君」
「何です?」
「いいんですか? あんな悪霊を信用してしまって……」
違法エアガン・ベレッタM93Rから空のマガジンを引き抜き、予備マガジンと交換しつつ村田は工藤を見上げた。
「大丈夫、彼は多分ああ見えてクソ真面目なタイプだ」
「ホントですかぁ……? ああ心配だ」
「行きますよ、何とかして逃げ道を作りましょう」
二人の青年は、三階へのエスカレーターへと足を踏み入れた。


エスカレーターの段差で危険な跳躍を何回も強要された後、小笠原を乗せたショッピングカートは地下一階・食品売り場へ到着すると、凄まじい勢いでスピンした後にぐらりと傾いて転倒した。
「ぐえっ!」
積載していたビニール袋と共に転がる小笠原。カートから放り出された時に打ちつけたのか、右手で必死に尻をさすっている。
「ああもう、いってぇな……うっ!?」
視界を開いた小笠原は驚愕した。周囲を見渡せば先ほどカートを突き落とした白装束の男が二人。その両者が自らを取り囲み、周囲をゆっくりと回っていたのだ。前傾姿勢で奇妙な挙動をしており、ふうふうと荒い呼吸がマスクの下から聞こえてくる。そして彼は悟った。逃げ道が無いことを。
「ヤベ……」
一体何故こんなことになっているのだろうか。自分はただ、卒塔婆ストゥーパを取材して、ちょっとばかし危ない質問をして、軽く挑発して怒らせて団体の本音を引き出し、それをネタに芝居を打とうとしていたはず。だが、どう言う訳か接触するより先に襲われて、問答無用でブッ殺されそうになっている。
訳が分からない。頭がどうにかなりそうになるのを、彼は必死に留めるので精一杯だった。
「よぉーこそ、ようこそお出で下さいました、小笠原さま」
声の方向に振り向くと、そこには黒衣を纏った鉄仮面の男――伝道師Nだ。
「見えてました……見えてましたよ。アンタがこの階に転がり落ちてくるのは」
「どういうことだ。っつか、どうして俺達を待ち伏せすることが出来たんだ」
「さっきから何度も言ってるじゃないですか、見えてたってさぁ」
さっぱり意味が分からない。見えてた……つまり、予測していたってことか? 必死に思考を巡らせるも、結論にはもう一つ何かが足りなかった。
「それにもうそんなことはどうでもいい、これから死んでくアンタには関係の無いことですし」
ヤバイ、死んでくとか言ってる。
小笠原は戦慄していた。
面倒だが、こうなった以上は何とか切り抜ける方法を考えなければならん。
まず、このテの展開だと大抵の場合、こういう偉そうにふんぞり返ってる奴がボスだ。現に、二人の白装束も膝を突いて敬礼の姿勢を取っている……となると、魔王と戦う主人公は自分か?
小笠原は頭を振った。
自分は主役を張るタイプではない。自分が演じた正義側の役で割かし多いのは、“仲間を先に進ませるために犠牲になる”タイプだ。アレ? と言うことは何か? 俺死ぬしかないじゃんってことか?
小笠原は泣きそうになった。一向に助けに来る様子は無い。
こんなことなら、もっと殊勝な態度を心がければ良かった、と心中で呟いた。同時に、買い物中にトイレに行っといて良かったも思った。失禁だけはしたくなかった。
「楽しみで楽しみで仕方なかったんですよぉ? アンタを叩きのめせる日をどれほど心待ちにしてたことか……さて、では早速虐殺と行きましょうか」
「ちょ、ちょっと待て! そんなこと言われても、俺にはお前みたいな変態マスクの知り合いなんていねーんだけど。つか、お前誰よ? 」
パニックに成りかけた脳を鎮めるべく、小笠原は意識的に頭を使うように心がけていた。先ずはコミュニケーションから実践だ、と兼ねてよりの疑問を質問に変えて投げる。
「おぉやおや、俺の声を聞いても思い出せないのか。はたまた、無意識に思い出さないようにしてるんですかねぇ? 恐怖は人間の機能を麻痺させると言うし」
「だから知らねーから聞いてんじゃんか、アホかお前」
「アホじゃねーよ! 何様だお前! 自分の立場が分かってないのか! ……まぁいい、これを見たら直ぐに思い出すだろうし、な――」
言うなり、Nは自分の目元を覆う鉄仮面に手をかける。カチ、とロックらしきものの外れる音がして、仮面は彼の顔から離れた。床にぽいと捨てた仮面が、長く虚空に響く金属音を立てた。
小笠原が驚愕の表情を浮かべる。ハッキリと、彼はそこでその男に関する全てを思い出した。
「お、お前……西浦か?」
仮面を外したN――西浦の素顔は精悍さに満ち溢れ、たいへん整ったいわゆる美形とでも言うべきそれだった。自信と威厳に満ち溢れた口元には笑みを湛え、金色に輝く瞳は異質さを醸し出している。
「ようやく思い出しました? 小笠原センパぁイ。そうです、あの西浦ですよ、海神大学演劇部の後輩の西浦ですよ」
「何だって宗教なんかに……お前、就職したんじゃないのか?」
「ククク……アハハハハ! アーッハハハハハハ!!」
「な、何笑ってんだ?」
笑い声を止めると、西浦ことNはゆっくりと顔を持ち上げた。
「覚えてますか? ホラ、俺が卒業する年の文化祭……あの時、部長が居なくなって練習出来なくなって、みーんなバラバラになってあわや上演中止の危機に陥ったあの時ですよ」
「ああ、覚えてっけど、それがどうかしたのか?」
「あの時のセンパイはカッコよかったですよねー。バラバラに成りかけてた部員達に働きかけて、何とかまとめ上げて、一週間しか無いってのに上演まで行き着いて……OBの分際で、随分とまぁしゃしゃり出てくれましたよねぇ――人のことをクビにしといてさぁ!」
小笠原は目を剥いた。まったく身に覚えが無かったからだ。
「待てよおい! そいつはどういうことだ?」
「アンタ、俺が文化祭サボって女と旅行に行ったからって、俺をクビにしたじゃねぇか! 覚えてねーとは言わせねえぞ! えぇ!?」
凄まじい剣幕に、小笠原は思わず後ずさってしまった。
「おい待てよ、俺は「ほっとけ」とは言ったがクビになんてした覚えは……」
「うるせぇ! 部長がいない状況での主導者はテメェだったろーが! だったら責任は全部お前にあるんだよぉ!」
何てこった。小笠原は心中でそう呟いた。これは……完全な逆恨みじゃないか。と顔も歪めた。
「晴らさせてもらうぞ、恨みをねぇ! 捕まえろ!」
「おあっ!? 離せ! 離せコラ!」
先刻、自分をエスカレーターから突き落とした信者二人が小笠原の腕を掴んで動きを封じていた。ゆっくり歩いたNはその至近まで近づくと、強烈な蹴りの一撃を小笠原の腹へと見舞った。
「ぶぐふっ!」
「アーッハハハハハ!! そら、もう一発!」
Nは右手に拳を握り、今度は小笠原の左額目掛けて一撃を炸裂させた。


自動ドアのガラスに触れた村田は、一つの事実に驚愕していた。
「普通のガラスじゃない……これは多分、特殊な耐圧ガラスだ」
「え! 何ですって!?」
工藤は襲い来る信者達を相手をたった一人で足止めしている。銀色の棒を巧みに使い、次々と白装束を捌いて行く。対集団の戦いにも慣れているのか、苦戦こそしているもののピンチの雰囲気は感じられない。
このデパートは中心部に吹き抜けが設けられ、その周囲をなぞる形で四角形に通路が走っている。二人が居るこの場所はその内の一角に位置しており、連絡通路へ続く自動ドアの所で村田が策を講じ、工藤はその手前で戦っていた。
「どうする……どうする……!」
工藤の背中を見遣る村田。だいぶ焦っている表情であったが、殆どの信者は三階に集まっているらしいこの様子をみれば無理もない。
(壊せない自動ドア……シャッターに電子制御されたロック……待てよ? 電子制御?)
心中で考えをめぐらせる村田の目に、有るものが留まった。壁に設けられた小さな金属扉。そこには「自動ドア制御」の表記があった。
「これだ!」
「ぐわあっ!」
攻撃を食らい、床に背中から突っ伏す工藤。それでもすぐさま立ち上がり、走り込んで来た信者達を棒で薙ぎ払って吹っ飛ばす。
「ダメだ村田くん、このままじゃ持たな……」
肩越しに村田を見た工藤は動きを止めた。見れば、村田は何やら壁に設けられた小さな金属扉を開いて覗き込みながら、カタカタと愛用のノートパソコンをいじっているではないか。
「こ、こんな時に何をしてるんだ君は! ヤフーで自動ドアの開け方なんて……」
「違う! これでドアを開けるんス!」
「そのパソコンで!?」
信じられない、と言った表情で顔を歪める村田。言っている間に村田は扉の内部を確認し終え、基盤と制御用のケーブル挿入口の存在を確かめた。村田は思ったとおりだと呟き、リュックの中から数種類のケーブルを取り出して接合させていく。
「このドアは全部遠隔操作になってる。この店全体が一つのネットワークみたいなモンです。壊すことが出来ないなら、端末からアクセスして、開くようにシステムを作り変えてやればいい」
「どういうことですか!?」
作ったケーブルを片方は扉内部へ、もう片方はパソコンに繋ぎ、タッチパネルを使って一つのあるアイコンをダブルクリックする。
「プログラムを書き換える」
モニターに黒い背景のウインドウが立ち上がり、銀色の文字で“ZEONG”と表示される。
「本当にそんなこと出来るんですか!」
肉薄した信者の鉄パイプ攻撃を防御しつつ、工藤は反撃の蹴撃を見舞った。吹っ飛んで仲間に激突する信者。
「大丈夫、“ジオング様”はいつだって俺達を助けてくれる」
膝に置いたキーボードを高速で操作しながら、村田は額の汗を拭った。ディスプレイには処理動作を完了するバーが表示され、その下には「12%完了」の文字がある。
「工藤さん、あと五分だけ……五分だけ持たせてください」
「分かりましたけど、お願いしますよ!? ちょっともう、キツイんですから!」
愚痴を垂れながら、村田は三人の信者を棒で突き倒し、そして薙ぎ払った。


『西浦と金森は?』
『アイツら旅行行くから来れないって』
『はぁ? しゃーねーなー……』
『どうすんの?』
『ほっとけほっとけ、無理にやらせたってしょーがーねーべよ』

二年前の文化祭直前。OBとして訪れていた小笠原は、部長の行方不明をきっかけにバラバラになっていた部活動の面倒を見ていた。
Nこと西浦は4年生で就職活動の真っ最中。だが、彼は当時付き合っていた女部長を手酷い方法で捨て、彼女を強い心神喪失状態まで追いやったのだった。
しかし、小笠原と部員達の尽力もあり彼女は何とか前日に復帰。公演も辛うじて成功に至ったのだった。
だが、その後。
部を辞めていったという西浦のことを人伝に聞いて以来、小笠原は彼とのコンタクトを完全に寸断された状況にあった。
だが、世界というのは案外狭い。
その西浦は今、怪しげな黒衣を纏って宗教に身を置き、瞳を金色に染め、羽交い絞めにされて成す術の無い自分を一方的に殴打していた。
「そぉら!」
「がはッ!」
ぐったりと項垂れた小笠原の髪を、Nが掴んで持ち上げる。頬が赤く腫れ上がり、口の横からも赤い筋が伝っている。そんな状態に成りながらも、小笠原は必死で己の過去を探っていた。どうして彼が宗教に身を落とすまでに至ったのか、そのキッカケが分からなかったからだ。Nはその姿勢のままで、彼の腹に膝蹴りを入れた。
「かっ……は……」
「あれぇ、もうダウンですか。いっつもOB面して偉そうなことばっか言ってた割に、案外ケンカは弱かったんですねぇ」
依然として身体の自由を奪われたままの小笠原を甚振り続けていたNは、満足そうに喉を鳴らして笑みを浮かべた。自由を奪って一方的に甚振り、ケンカもクソも有るか――小笠原は心中でそう悪態をつくが、口に出す余裕は無かった。
更にもう一発小笠原の頬を殴り、西浦は背を向ける。ゆっくりと両手を広げると、彼は天井を見上げて語り始めた。
「俺が演劇部をクビにされた後どうなったと思います?」
「何……?」
「酷かったんですよぉ? 誰だか分からないが部の内情をぜぇんぶバラした奴が居たらしくて。俺がヤリチンだとか、部長を一方的に捨てたとか、しょっちゅう女を食い物にしてるだとか手酷く噂にされて……もう友達は一人も居なくなるし、先生達にも変な目で見られるし――まぁ、全部事実だから仕方ないんですがね」
少なくともそれは自分ではないし、誰が犯人かも分からない。小笠原が関与したのは文化祭当日までで、その後のことはノータッチだった。
「……だがなんと、俺と一緒にそこに受かった同僚が、社内で同じ噂を流したんですよ!」
振り向いたNの表情は恍惚と喜びに満ち溢れている。首を傾けて狂気を演出しながら彼は続ける。
「誰も俺に話しかけなくなりました。最初のうちは大丈夫だったんですけど、上司からのイヤガラセも始まってから遂にキレてしまって……暴力事件起こして免職。そこから後は落ちに落ちて――何もやる気が起こらなくなってしまいましてね……いつの間にか宗教に入っていましたよ」
Nはがくりと首を垂れ、すうと深呼吸を行う。同時に背をぐっと反らし、戻すと同時に小笠原を指差した。
「お前はあん時部の建て直しをやってヒーロー! 部長を捨てた俺は悪人! バカな部員連中は誰かを糾弾するしか能が無かったから……だから俺が悪者にされたんだ! あのまま上演が無くなってれば、俺が悪人扱いなんてされなかった!」
Nが信者二名に命令を顎で離せ、と合図をした。自由になった小笠原は、糸が切れた人形のように床へと倒れ伏せる。
「お前のせいだ小笠原。あのキッカケが原因で、俺は人生滅茶苦茶にされたも同然……だが、アンタは更に手酷い仕打ちをした」
「何……?」
「そう、アンタは俺から最も大切なものを奪ったんだよ」
「大切なものだと……」
Nは小笠原の眼前まで歩み寄った。コツ、と鼻先で革靴が止まる。
「俺は頭が良くて成績も良かった。ノーミスの人生だった。ルックスも有った。何より女にモテた。告白されることもあれば、関係を切るのはいつでも俺の方だった」
Nの靴がゆっくり持ち上がると、目前の男の頭を容赦なく踏み躙る。痺れるような痛みに、小笠原は呻き声を漏らした。
「俺にとっての女ってのはね、俺を賞賛する良い材料なんだ。それさえあればどんなに辛くても生きていける。けど、アンタの作ったキッカケはそれすらも奪った……環境ごとだ!」
「部長も、そうだってのか……」
「ああその通り。だけどしつこく俺に見返りを求めた。見返りを求める女なんて、卑しくて汚いだけでしょ? だから捨ててあげたんだよ。これ以上悲しい目を見る前にね、俺なりの優しさって奴ですよ……けど、アンタだけは許せんね、俺の最低限の玩具を奪ったんだから」
怒りに拳が震えた。コイツは腐ってやがる。女を道具だとそう言い放ったこの目の前の男へ、小笠原はいつしか激しい怒りを覚えていた。
脳裏に浮かぶのは、哀しみに沈んだ“部長”の顔だ。あの顔の理由を明確に知ったことが、ますます怒りを倍増させてゆく。
小笠原は歯を食い縛り、サングラス越しにNを睨みつけ、雄叫びを上げた。
「てめぇ……それで宗教だと……! ふざけやがって、女を、他人をなんだと思ってんだ! 罪悪感とかねーのか!」
「無いよ! 全然! 第一俺は何も後悔なんてしてなぁい! “幸福の竜”に拾われたお陰で、こんなにも素晴らしい力を俺は手に入れたのだから! 未来も遠くも全て見られるこの力を!」
「力……」
「そう、こういう言葉を聞いたことはありませんか? 予知能力、ってのを! 俺は最早西浦じゃない、偉大なる力を持った“幸福の竜”伝道師・Nだ!」
「何……!」
「さぁ、ケンカをしましょうよセンパイ!」
四つん這いで立ち上がろうとしていた小笠原を蹴り上げんとするN。小笠原は何とかそれを腕で防ぐと、一目散に別方向へ走り始めた。
「あぁれぇ? 逃げるんですか先輩! 待って下さいよぉ!」
舌打ちをしながら必死になって食品売り場の棚の間を走る小笠原。息を吐く度に身体中の打撲が悲鳴を上げる。
「ちっくしょ……しこたま殴りやがって……!」
正面から殴りあって負ける気はしない。だが、それはあくまで一対一の話だ。あの屈強な信者をどうにかして退けなければならない。
「予知能力ってのもウソじゃなさそうだしな……うっ!」
棚の角を曲がり、雑貨用品売り場へ続く通路へ差し掛かった所で小笠原は足を止めた。Nが立って進路を塞いでいたからだ。まるで、幾つもある棚の切れ目の何処から出るかが分かっていたかのように。片手を頭に宛て、瞳には僅かな光が宿っている。
「逃げても無駄ですよ!」
黒衣を退けて腕を振り上げたN。その手には金槌が握られている。
「おああっ!」
寸での所でそれを避けると、小笠原はその勢いそのままに、Nの腹目掛けてタックルを激突させた。床に転がる二人。
「俺に触るな!」
「ぐああ!」
仰向けのままで小笠原の脇腹目掛けて蹴りを食らわすN。防ぐことが叶わなかった小笠原は床を転がり、水着のマネキンにぶつかった。反射的に咳き込み、身体にズキリと痛覚の電撃が走る。
「ストゥーパァァ!」
そこへ二人の信者が走りこんでくる。手にはそれぞれ鋸と鉈。値札が貼られて居る所から見て、やはり何処からかかっぱらって来た凶器なようだ。何処で売っていたかを思い出す余裕は無い。
「やめてええええ!」
絶叫しながら必死に起き上がって走り出す小笠原。一秒の後にマネキンの首と腹とが音を立ててへし折れた。今は逃げるしか選択肢が無い。どうにか、どうにかしてこの場を切り抜けなければ。このまま真っ直ぐ行けば、もう一つのエスカレーターが有る。そこを登れば――そこまで考えた所で、小笠原は足を止めた。
(……俺が、もしアイツなら)
気付けばそこはスポーツ用品店の前。目を細め、彼はその中へと走りこんだ。
「何してるんだ! 早く追うぞ!」
床に刺さって抜けなくなった得物をようやく引き抜いて、Nと信者二人は小笠原の後を追った。
「ククク……もうすぐですよ小笠原さぁん、もうすぐグシャグシャにしてあげますからねぇ!」
歪んだ笑みを浮かべながら小笠原の後を追うN。頭部に手を宛がうと、小笠原の居場所を見つけようと精神を集中する。
「そいつは無理だ! 西浦!」
響いた小笠原の声。その方角に振り向くと、スポーツ用品店の入り口に小笠原が立っていた。顔の至る所に血を滲ませながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべている。
「どうせ逃げても予知能力で先回りされんだ、だったらもう逃げも隠れもしやしねえ!」
「へえー、中退した割にはよく分かってるじゃないですか、潔いってカぁッコいいー」
「このアホンダラが」
「……なに? 今、アホって言いました? アホって言いましたぁ?」
「ああ、アホって言ったんだ。誰がおとなしくやられるなんて言ったよ」
にいっと笑う小笠原。心中の恐怖心を抑えるために余裕のフリをかましているのだ。同時に彼は軽いデジャヴを感じていた。これと似たような感覚を、過去に何度も感じたことがある気がする。それも一回や二回ではない、何度も味わったことのある感覚。
一歩だけ前に踏み出した所で彼は気付いた。

――そうだ、これは芝居の本番前の感覚だ、と。

同時に、身体の後ろに隠していた物を取り出して見せる。その手には、綺麗な曲線を描いた木刀がしっかりと握られていた。
「逃げても無駄ならもう逃げねえ、テメーら全員ブッ倒す!」
言いながら小笠原は、木刀を中段に構えて腰を屈めた。しっかりと歯を食い縛りながら、三人の敵を睨む。
「かかって来いよ!」
「何をするのかと思いきや。これだからバカはイヤなんだ。やれ、お前達」
「ストゥーパァァァァ!」
突進する二人の信者。逞しい肩幅を揺らしながら、大きく得物を振り被る。向かってくる敵を見据えながら、両足に力を溜めて小笠原は踏ん張り、次の瞬間
前方へと突進した。

「ふッ――!」

一瞬だった。
信者の右側面へ突進した小笠原は、一文字を描く形で信者の顔面へと木刀を叩きつけた。みしっ、という鈍い音と共に強い衝撃を顔面に受けた信者は、それに抗うことなく後方へ浮く格好となった。
「りぃやあっ!」
そのまま木刀を振り切ると、続く二人目の手首を狙って逆水平に木刀を払う。得物の鉈が弾かれた信者が怯む様子を見せる。
「ストゥッ!?」
「オラァァッ!」
その隙を逃さず、小笠原は素早い挙動で一歩を踏み込みながら大上段へ木刀を持ち上げ、怒号と共にそのまま振り下ろして信者の脳天へを一撃をお見舞いした。
身体にぞくりと妙な感覚が走る。身体が一瞬の安堵をしたのだ。笑みを浮かべる。
「やったぜ……! 見たかオラァ!」
「なんだと!」
驚愕するN。昏倒する二人の白装束から視線を外し、中段へと木刀を構え、小笠原は口内に溜まっていた唾をようやく飲み込んだ。息が荒い。体中が痛い。だが幸いにも、まだ立ち上がって喧嘩は出来る。
「な、何だそれは……何だこのヴィジョンはぁ!」
「見えてなかったのか? 俺がコレ持って戦ってる姿は」
Nが精神を集中して予知を行う。そこに浮かんだ映像は、今まさに自分が見ている小笠原の姿と一致していた。
「バカな……さっきの俺の予知にこんな映像は無かった!」
「細かな予知になると精度が狂うってか。うわー、ビミョーだな」
Nの顔が再び憎悪で歪んでいく。くいっとサングラスの位置を直す相手の姿すら、彼にとっては余計に気に障る対象となっていた。彼は近くにあったゴルフクラブを手に取ると、絶叫しながら小笠原へと襲い掛かった。
「コケにしやがってぇぇぇあああ!!」
ブンッ! ブンッ!と空気を切る音と共に振るわれるゴルフクラブ。一撃、二撃とそれを避けると、小笠原は木刀を斜めに立てて三撃目を防いだ。図らずも鍔迫り合いの形だ。
「あっぶねぇ……! けどやっぱ思った通りだ。お前、身体はそんな鍛えてないだろ……!」
「なんだとぉ!?」
「お前は昔からそうだったな。エチュードとかアドリブとか、演技のセンスはズバ抜けてるクセに、基礎トレはめんどくさがって……やらなかったっけな!」
「ごはっ!?」
木刀を返してクラブを払い、Nの肩口を蹴り飛ばした小笠原。怯むNに出来た隙を逃さず、小笠原は突進する――!
「せああああーっ!」
「や、やめろぉおっ!」
Nの額を木刀で殴りつける小笠原。衝撃にふわりと浮いたNの身体は、暫くの間床上数十センチを滞空してどさりと落下した。
「バ…カな……本当は、こんな……未来だった……なんて……」
「こいつは俺の一発じゃねぇ。お前に捨てられたあの部長の一発だ」
「ち……くしょ……」
Nの意識が途切れ、がくりと首から力が抜けた。
同時に、小笠原が片膝を突いて数回咳を吐く。勝ち名乗りなどは必要ない。彼の頭にあるのは、これから上層階までの長い長い道のりを想像した結果だった。
「クソッタレ、ついてねぇな……!」
息を大きく吐く度に肩を上下させ、小笠原は木刀を杖代わりにして歩き出す。出来れば、直ぐにでも家に帰って布団に入りたい心境だった。
「早く、アイツらに合流しねぇと……うぅクソ、タクシーを呼んでくれ」
直後、何かが爆発したかのような音が彼の真正面で起き、天井が落ちて瓦礫と砂埃が舞い上がった。
「おあああ!? 何だこらァ! 来るなら来いやァ!」
咄嗟に顔を腕で覆う小笠原。もうもうと巻き上がる煙に数回咳き込むと、呼応するかのように身体中の打撲が叫びを上げた。小笠原自身も「オゥ痛てぇ!」と呼応の叫びを上げる。
「無事だったか」
聞き覚えのある声。見れば、天井に大穴が開いており、その穴の下に城石が立っていた。両手には既に気絶した信者の頭を掴んでおり、崩れた天井の瓦礫の中にもKOされた信者が数人。どうやら集団で襲い掛かられていたらしい。
「……遅えタクシーだな、えぇ城石さんよ」
「コイツらに道を塞がれたんでな、どかすのに手間取った」
「良いから早く連れて行ってくれ、もう死にそうだ」
「死人の前でそういうことを言うな。零能力者と言い貴様と言い、もうちょっと気の遣い方を学んだらどうなのだ」
「ああはい、ごめんなさいよ……取り敢えず……三階まで頼む……わ……」
がくりと膝を突く小笠原。信者を捨てて駆け寄った城石は、彼が倒れそうになるのを片手で抱えた。
「……オレを何だと思っているのか」
城石が面倒そうに小笠原を背負った。


「オンキリサレングーレイソワカ! 行けぇッ! 先勝ブラスター!!」
ビリヤードを思わせる構えで棒を身体の左側面に構えると、バシュウッ! と音を立てて前方の先端から信者達へと光の弾丸を発射した。
「ストゥーパァァァ!」
弾丸の着弾と共に閃光が上がり、数人の信者らが爆発したように吹き飛ぶ。
「まだまだ!」
二発、三発と光の大砲を発射する工藤。着弾と共に信者達が吹き飛んで宙を舞う。
「まだですか村田くん!」
「もう少しです! あともう少しだけ!」
高速でキーを叩き続ける村田。険しい表情でディスプレイを覗き込みながら、数千の英数字を次々と入力していく。
「出来た!」
ピリオドを打つようにエンターキーを叩く村田。ウインドウの中に“Complete”の文字が表示され、自動ドアのロックが外れる。更に一秒と待たずにシャッターも開き始めた。
「工藤さん! 二人は!?」
「いえ、まだ来てません! それらしき姿も見当たらない!」
手早くケーブルとパソコンをリュックサックに仕舞い込んだ村田は、工藤の居る位置まで近づくと、狙いを定めずエアガンによる斉射をかけた。
「やっぱり、城石の奴は逃げたんじゃ……」
「来る」
「来なかったら?」
「困るッスね」
「そんなぁ!」
直後、迫り来る信者の壁の向こう側、数字にして6mほど先で悲鳴が上がり、群れていた信者が宙へと吹き飛んだ。工藤と村田が同時にその方向に視線を向けた。見れば、ショッピングカートを両手で抱えた城石が、信者達を蹴りで次々と打ち倒しているではないか。
「ギャアアア! 安全運転してえええ!」
カートの荷台には小笠原の姿も見える。村田の顔がぱっと明るくなった。
「工藤さん! 二人の援護を!」
「は、はいっ!」
工藤の棒と村田の銃が同時に火を噴く。信者の群れに出来た道をショッピングカートを床に置きながら城石は疾走する。
「連れてきたぞ! どうすればいい!」
「そのまま駐車場へ!」
あっという間に工藤と村田の間を抜け、開いたままの自動ドアを城石が抜ける。村田と工藤も信者達にダメ押しの射撃を放ちながら、追う形で駐車場への扉をくぐった。
駐車場の愛車に着いた城石は、既に小笠原のミニバン、その収納スペースに買い物袋を積み込んでいた。運転席には小笠原だ。
「なんかもう……痛みと気持ち悪さでどーにかなりそうなんだけど……」
「ならばオレが代わってやろうか」
「いい、俺のイプーを悪霊なんかに触らせる訳にはいかねーし……つかお前、さては運転したいのか?」
「……そんなことはない」
「そう」
全身の痛みを我慢しながら、小笠原はハンドルを握ってキーを挿し込み、エンジンをスタートさせた。バックさせながら進行方向を定め、停止させる。ダメージが有っても運転技術にまで影響が及んでいないことを彼は感謝した。
「ドア開けろ!」
小笠原が助手席の、城石が後部座席左側のドアを開く。走り込んで来た工藤が助手席へ、村田が後部座席へと転がり込む。
「出すぞオラ! しっかり捕まってろ!」
ドアが閉まるやいないや、小笠原はアクセルを踏み込んだ。駐車場内の制限速度などそ知らぬ顔でアクセルを踏み込み、立体駐車場の下り坂を降り切った小笠原の愛車は、駐車場内入り口を塞ぐ遮断機をバキっとヘシ折り、そのまま公道へと飛び出した。
「…………………………はぁ」
暫しの沈黙の後に、四人が同時に息を着いた。小笠原は歯を食い縛りいてて、と声を漏らしつつシートベルトを引き抜いてロックした。
「皆さん大丈夫スか」
「もうな、全身痛ェよ」
「うわ! 小笠原さん酷いケガ! どうしたんですかそれ!」
「気付くの遅ぇよ! このヘボ霊能者が!」
「とりあえず、一旦俺の家まで戻りましょう。まずは体勢を立て直さないと」
後部座席から運転席と助手席の間に顔を出した村田に、小笠原は一言
「アイアイサー」
とだけ答えてハンドルを切った。ちらりとバックミラー越しに離れていくデパートの姿が見える。逆恨みとは恐ろしい、そんなことを心中で呟きながら、彼は痛む左肩をさすった。
「西浦、か……」
窓から見える空は、相変わらず曇天のままだった。


「くそぉ……ちくしょう……やってくれたなあの野郎……!」
信者達が倒れたままの床を匍匐前進でゆっくりと進みながら、伝道師Nは前を見上げた。
「ちくしょう……中退者のくせに…ブッ殺してやる……ちくしょう……!」
「その様子だと失敗したのね、N」
声が響いた。Nが見上げれば、其処にはNと同様の黒衣を纏った者が立っている。声の質から、それは女性であることが分かった。
「え、M……来てくれたのか。丁度良かった、力を貸してくれ、君と二人だったら今度こそはうぐええぇぇぇえ!?」
“M”と呼ばれた女は、有無を言わさずにハイヒールブーツの脚でNを踏みつけた。背を反り返らせて放たれたNの悲鳴から察するに、とても重い衝撃のようだ。
「お断りよ、どんな戦法を取るのかと思ったら、ただ単に個人的な恨みを晴らそうとしてただけなんてね」
「ち、違う! 俺はリーダーを潰した方が手っ取り早いと……!」
「リーダーはサングラスじゃないわ、赤いジャージの奴よ」
「な、何……! くそ、まさか撹乱されたってのか、この俺がうぐぇ!?」
ぐい、と踏みつける足にMが力を入れる。
「な、何をするんだ! 俺達は仲間同士じゃないか!」
「貴方のような負け犬は仲間なんかじゃないわ。そもそも、一つの異能を極めたからって、半端な覚悟で他のにまで手を出すからそうなるのよ。分かってるでしょ、貴方の元来の力は“千里眼”……“予知”はSクラスの能力よ、貴方如きが手を出せる代物ではない――」
みしり。更に重量を増したMの踏みつけに、いよいよNの顔に酷い焦燥が現れる。
「や、やめてくれ! 頼む、今度は協力して奴らを倒そうじゃ……」
Nの身体は顎を蹴り上げられて宙を舞った。
次の瞬間、床上数メートルの所にあるNの視界は、突然目の前に現れたMの姿を映した。Nが驚くより先に、Mは滞空したままでかかと落としをその胴体に炸裂させる。下方への突然の加重で、Nの身体は床でバウンドする格好となった。
「ごはっ!」
嗚咽するN。一瞬でNの横に現れたMが既に腹を踏みつけていたのだ。Mが纏う黒衣のフードが捲れ、茶色のロングヘアと目元を覆う一文字の鉄仮面が露わとなった。
「う……う……!」
「Oからの伝言よ。“惨めな敗北者は、我ら幸福の竜には必要ない、顔を潰して去るがいい”ですって」
「そんな、頼む! 許してくれM! 俺はまだ死にたくない! チャンスをくれ!」
「……そうやって、私も利用しようというの?」
「へ?」
Nはゾッとした。僅かに見えるMの口元が、余りにも無表情だったからだ。
「しかと聞かせてもらったわ、貴方の女性論」
「あ……!」
Nは、先刻自分が小笠原に語ったことを思い出した。Mは踏みつける足をそのままに天井を見上げた。
「プラセンテ、サムエル、居る?」
「はーい、はいはい! 居ますよーっ!」
「お呼びに成られましたか、伝道師M」
天井より声が響き、更に頭へ白マスクを被った頭が浮き出た。ストゥーパの信者のようだ。逆さまの状態でMへと顔を向けている。マスクの隙間から見える目はやはり赤色をしていた。
「奴らの車を追うのよ。やり方は任せるから、機を見て仕掛けなさい」
「お任せあれーっ! やっと出番だね、サムエル!」
「プラセンテ、嬉しいのは分かるが少し抑えろよ。それでは、行って参ります」
現れた時と同様、白マスクは天井へと吸い込まれるように消えていった。プラセンテ、サムエル、そう呼ばれた二人の信者の居た天井から視線を下ろすと、Mは今一度足元のNを眺めた。びくりと肩を竦めるN。
「“女ってのは、俺を賞賛する良い材料”“見返りを求める女なんて、卑しくて汚いだけ”“俺の最低限の玩具”……失敗したら見逃してあげようかと思ってたけど、貴方の持論を聞いていて気が変わったわ」
疲弊し切ったNの顔が固まる。恐怖の表情だ。MのヒールがぴたりとNの顎に宛がわれる。
「貴方の自慢は顔だっけ?」
「た、助けてくれぇ! 何でもする! 何でもするから!」
ぴたりと挙動が止まる。Nの顔に光が満ちる。もしや、気が変わったのか? と。だが、Mが次に呟いた言葉は、更に冷たい宣告だった。
「顔だけじゃ整形出来ちゃうから、そうね……先に股間の汚いのを潰してあげるわ」
足を移動させ、一気に力を込めて踏み降ろしたM。男のものとは思えない高音の悲鳴が上がった。





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