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楽珍人生

お地蔵さん24005



願掛け地蔵
                          
                  (4)
願掛け2
ご利益:長寿福楽、来世安穏

願掛け1



近くにあるご本尊が地蔵菩薩の清谷寺 (住職の根本師範)


清谷寺
沼袋三丁目






禅定院の六地蔵(中野区沼袋二丁目)

zennjyouin
 
 
禅定院は南北朝時代の中期、貞治元年(1362)の開創と伝えられる寺院です。開創の地は、後世の新橋村(多摩郡野方領下沼袋村から枝分かれした村)でありましたが、後に現在の寺地に移りました。草創期のご本尊は、薬師瑠璃光如来(ヤクシルリコウニョライ)であり、山号と寺号はこのことに由来しています。現在のご本尊は鎌倉時代後期の作とされる不動明王立像です。旧上沼袋村の伊藤家とその一族の菩提寺としての特色を持っていたことから、伊藤寺とも呼ばれていました。
明治16年、霊場巡拝の信仰の一つ、「御府内八十八カ所 」の第48番霊場( 林松院 )の弘法大師像が奉安されたことから、第48番霊場となりました。
また、檀信徒や地域の方々の要望により、幼児期の教育の場として、昭和29年に沼袋幼稚園を設立し、また「牡丹の寺」としても中野区民に親しまれています。(http://www.zenjouin.com)








北向地蔵
                                             (5)

北向地蔵
ご利益:いろいろ(野方一丁目)

北を向いたお地蔵さまは珍しく、ご利益があるというので
遠くからお参りにくる人もいます。毎年6月24日は、
午後5時30分から供養が行われます。


南向地蔵
縁日の南向地蔵









環 七 地 蔵                               
(6)
地蔵
環七沿いにひっそり佇むお地蔵さん 

地蔵1
地蔵2
今日も環七通りの交通安全運転を見守ります(野方二丁目)







妻恋稲荷の境内にあるお小さな地蔵さん
                                                    (7)
嬬恋稲荷
妻恋稲荷2
ご利益:妻恋
洞窟の中にあるお稲荷さんの狐

妻恋八幡
野方一丁目(早稲田通り)




                                               


    南 向 地 蔵
(8)
野方の地蔵


野方町内
keisatu
中野駅西にある地蔵会館(石材屋)        警察病院がオープンし付近は整地されました





功運寺地蔵 (上高田四丁目)
功運寺地蔵
功運寺には、吉良上野介義央のお墓があります。





育英地蔵                               
(9)
育英地蔵
ご利益:子育て、利子育て


延享3年(1746年)の造立。村人の子が大病になったとき、 夢の中に
地蔵尊が現われて祈願すれば治ると告げられ、この地蔵尊を参詣した
ところ病いが治ったと伝えられています。 また、堂宇の中には、元禄、
宝暦の庚申塔も二体安置されています。(gm2000.co.jp/tiiki/meisho)

すぐ隣に祀られている厄除不動尊
ご利益:厄払い、役払い

厄除け
大和町二丁目







福蔵院13仏                             
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福蔵院2
冥界で生前の審判を受ける死者の救済を願ってまつられた(右から5体目が地蔵菩薩)

福蔵院5
白鷺一丁目






交 通 安 全 地 蔵
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交通安全
ご利益:乗り物全般承ります(白鷺二丁目:西武鷺ノ宮駅南)

石仏
近くにある石仏(地蔵尊、庚申塔2基、馬頭観音、聖観音)
日本で最初の交通地蔵尊として昭和12年に、近くの福蔵院29世住職故星野大僧正の発意により、1470名の有志の浄財で建立されました。その横には数体の石仏と庚申塔が建立されています。これらは妙正寺川を改修するときに周辺から集められたと云われています。昭和58年に地蔵建立40周年の記念事業として交通事故死亡者のご冥福と交通安全の無事祈る供養塔観音像が横の敷地に建立されました。西武鷺宮駅の南側、中杉通りのこの辺りは、道が狭いのに交通量が多い所です。お地蔵さんは道路の方に向き歩行者・運転者の安全を何時も見守っています








首つぎ地蔵
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首つぎ地蔵
ご利益:リストラ(練馬区中村南3丁目)
八幡神社裏の一角に首つぎ地蔵があります。昭和の初め、首と体が別々にあった地蔵尊が自分の姿を不便に思い、ある夜、信心深い2人の人の夢枕に立ち、思いが通じ、地域の人々の力でようやく首と体がつながったと伝えられています。その名にちなみ、当時の不況期は「首切り」をまぬがれようと、参詣者でにぎわったそうです。しかし平成のリストラ時代でのご利益はあまり聞かない。

近くの南蔵院境内の日川地蔵
日川地蔵
ご利益:自然災害

旧千川上水、清戸道(現・目白通~千川通)で水死した子供たちの供養のための日川地蔵(昭和15年頃・1940)は、元々は豊玉北6付近に安置されていましたが、暗渠工事と道路拡幅にともない現在の千川通り北側に南向きに移され、さらに昭和61年(1986)、マンション建設時に南蔵院へ再移設されました。(練馬区、歴史と文化財HP)







蕎麦喰地蔵

蕎麦喰い地蔵
ご利益:一家の諸難退散 (練馬4丁目 九品院)






親 子 地 蔵
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上鷺宮2

上鷺宮1
ご利益:願いごと全て(上鷺宮一丁目)

親子地蔵:- この地蔵に祈願する人は、白装束で真夜中に祈りながら右側の小さい地蔵を倒します。
すると大きい地蔵は、倒された地蔵を起こして欲しいために願い事を聞き届けてくれるといわれ、願いが叶ったら、自分の手で小さい地蔵を起こしに行くというものです。-
と上の案内板に書かれています。
右画像は、倒された小さい方のお地蔵さんです。優しく枕が敷かれ、ブリッジ状態になっています。
親子地蔵3







つげの木地蔵
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つげの木地蔵
ご利益:三角関係(上鷺宮2丁目)
つげの木地蔵は、1791年に鷺宮念仏講によって建立されました。1945年頃まで、大きなつげの木(柘植)が地蔵を覆い、ほこらのようになっていたので、いつとはなく「つげの木地蔵」とよばれるようになったそうです。終戦まもないころに、何者かに盗まれ、1954年に再建されたものです。三角形の狭い敷地を利用し建立されています。








子育地蔵と御岳神社
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庚申地蔵
ご利益:少子化(鷺宮5丁目)
宝暦9年(1759)このあたり上鷺宮村施主であった大野弥三郎に子供がなかなか育たないので、ここにお地蔵さんを建てたといわれている。
隣の御岳神社は、武州(今の青梅市)の分社で、元亀3年(1572)悪疫が流行し、上鷺宮では、どこの家でも病人がでた。そこで、村民相談の上、病気平癒を御岳神社に祈願したところ悪疫がおさまった。このことがあって、村内に御岳神社の観請が行われたと伝えられている。





                         




寛政の地蔵尊
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地蔵さん
ご利益:疫病魔払い
江原町3丁目(石井さんに教えて頂きました)

寛政年間にこの地で疫病がはやり、その祈願のために建てられました。
昭和初期の区画整理で今は、マンションの片隅にひっそりと佇んでいます。













経 塚 地 蔵
(17)
経塚地蔵
ご利益:伝染病追放(江古田2目)
このあたりは、文明11年(1479)太田道灌が豊島一族と戦った古戦場跡で豊島区史によるとこの江古田激戦地跡に住む家に伝染病が続出するので、土地の有志者が旧き昔の戦死者の冥福を祈るため、地蔵菩薩を祀ったと記されている。(中野区史跡散歩)





マンション地蔵
(18)
身代地蔵
沼袋4丁目


マンション地蔵
ご利益:不幸追い出し




近くの密蔵院の本尊は地蔵菩薩と大日如来です
密蔵院





                                           (19)
地蔵10
ご利益:震災逃れ
松ヶ丘1丁目バス通りのお地蔵さん(お堂は鉄筋ブロック耐震建築)




豆 腐 地 蔵
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豆腐地蔵
ご利益:ごまかし無用(高円寺南2丁目)
このお地蔵さんが安置されている長龍寺は、文禄2年(1593年)玄室宗頓禅師により、「徳川家の旗本寺」として麹町四番町に創設、その後元和2年(1616年)に市ヶ谷左内坂に移転、更に明治42年現在地に移転してきた寺です。ご本尊は釈迦如来坐像で、静かな境内の地蔵堂にお祀りされている”豆腐地蔵”は区指定文化財です。
豆腐地蔵の由来は、元文(1726-41)の頃、市ヶ谷の豆腐屋に、地蔵が小僧に変化して豆腐を買いに来ましたが、木の葉の銭を使った事から怪しまれ、寺社奉行輩下の役人に、斬りつけられたという伝説が当寺の「長龍縁起」に記されています。本地蔵の右耳はその際斬られたものだと言われています。
と案内板(画像右側)に記されています。





鳳林寺延命地蔵
                                                 (21)
延命地蔵
ご利益:家庭和合、厄除け、子育て




お隣の松応寺の日限開運地蔵
開運地蔵
松応寺
ご利益:お願い事は一日限り

松応寺
松応寺本堂前の桜



近くの福寿院の水子地蔵尊
福寿院水子地蔵
高円寺南2丁目






高円寺子育地蔵
(21)-1
高円寺

地蔵堂高円寺
地蔵堂
高円寺2
本 堂

ご利益:子供の健やかな成長(高円寺南2丁目)
宿鳳山高円寺は弘治元年(1555)中野成願寺三世建室宗正が、開山した曹洞宗の寺で、本尊は観音菩薩像で室町期の作と伝えられ阿弥陀如来坐像も安置されている。第五世耕岳益道の時、徳川家光の知遇を得た事で広く名が知られるようになった。
中央線JR高円寺駅の駅名は、この寺と地域に由来する。





                                   


ぼ た も ち 地 蔵
(22)
牡丹餅地蔵
ご利益:母乳の出が良くなる(杉並区和田1丁目)
長延寺がまだ市谷にあったころ、門前に長七という桶屋がいた。長七夫婦は寺の地蔵尊に祈願して男の子を授かったが、妻は産後の肥立ちが悪く乳が出ず赤子は日に日に痩せ衰えていった。長七は悩み、地蔵尊に願をかけ、妻子をお助けくださいと熱心に祈願した。するとある夜、夢枕に見たことも無い小僧が現れ、「これをおかみさんにあげて下さい。きっと丈夫になります」と竹の皮の包みを差し出した。長七が目を覚ますと枕元に竹皮に包んだ牡丹餅が置いてあった。・・・・・(民話:牡丹餅地蔵より)





十貫坂地蔵
(22)
十貫坂
ご利益:悪病退散、住民安全(和田1町目)

十貫坂とは、江戸時代の末頃、付近の畑から古銭十貫文の入った壷が掘り出され
その壷が中野長者鈴木九郎の埋めたものだと伝えられる他、長者が坂上から見渡
す限りの土地を十貫文で買い取ったという伝承も坂名の由来のひとつのようです。










秋津子育地蔵(通称:指差地蔵)
(23)
指指地蔵
ご利益:今後の正しい指針(本町4丁目)
指差し地蔵とは、手差し図法(方向を人差し指で示した図法)により制作されたという珍しいお地蔵さん。境内の一隅に、殆ど崩れてしまって石に戻った地蔵があるが、文字も像体も摩滅してしまい、まるで原形を偲ぶことが出来ない状態だ。現在のものはこの地蔵を再現したもので、その古型像のあらましを知ることが出来る。区は「指さし地蔵」と案内し、この場所は「秋津子育地蔵」としか描いてないし、指さし地蔵なんて近所の人に聞いても「知らない」と答る。区の説明に「指さし地蔵=秋津子育地蔵」とは謳っていない。(geocities.jp/pccwm336/sub20.html)


近くにある和田帝釈天
和田帝釈天






川 嶋 地 蔵
                                                 (24)
川島1

川島2




同じ町内にある向台地蔵
(25)
向台地蔵
ご利益:安産、子育て(弥生町1丁目)




隣の町内、宝福寺の林に囲まれた南台地蔵
(24-2)
宝福寺

南台5丁目







安寿と厨子王地蔵
                                             (24)3釜地蔵
ご利益:オカマ防止
方南2丁目(釜寺)







酒 呑 地 蔵
                                                 (26)
酒呑地蔵
ご利益:アル中退散(渋谷区本町4丁目)







パール地蔵
                                             (27)パール地蔵
ご利益:時代の正しい見方
阿佐ヶ谷南1丁目(パール商店街)







関 口 地 蔵
                                             (28)関口地蔵
ご利益:子供の成長(成田東4丁目)







清 見 寺 地 蔵
(29)
清見寺地蔵
ご利益:学業優秀(梅里2丁目)
清見寺は寛永元開創、本尊は千手観音。明治8年には桃園学校第一番分校(杉一小)が置かれ、杉並近代教育発祥の地の一つにもなっている。馬橋村、阿佐ヶ谷村の村民が奉納した地蔵は、保存されている江戸期につくられた風鐸とともに、区文化財であり、青梅街道に面し、大きな門柱を配している。







白 幡 地 蔵
(30)
白幡地蔵
ご利益:現世での幸福と来世での往生安楽(成田西3丁目)








宝昌寺延命地蔵
(31)
宝昌寺地蔵
成田東3丁目
宝昌寺の本尊は釈迦如来、文禄3年頃改宗開創。多くの板碑を所蔵する。寛文3年の庚申供養塔、延命地蔵は区指定文化財になっている。








阿佐ヶ谷村地蔵
(32)
阿佐ヶ谷村地蔵
ご利益:(悪病退散、村民安全)阿佐ヶ谷北5丁目
ここに建立されている石塔は、元禄10年(1697)銘の庚申塔及び宝永7年(1710)、享保7年(1722)銘の地蔵塔並びに正徳5年(1715)銘の阿弥陀塔の計4基です。
これらの石塔は、この辺りが武州多摩郡阿佐ヶ谷村と称された頃、この地域の講中の人びとによって、悪病退散、村民安全などを祈願して建立されたものといわれています。現在でも12月23日には、旧阿佐ヶ谷村の人びとが中心になり祭礼が行われています。
また、石塔の前の道は、かっての所沢道、左は青梅街道に通じる旧道でこの辺りは村の中心でした。






天沼地蔵
天沼村地蔵(天沼1丁目)







意安地蔵





井草地蔵
井草地蔵(井草2丁目)




丸山地蔵.jpg
練馬:丸山地蔵





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