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らーむうのあそブログ

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食道癌日記

2006.09.10
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テーマ:癌(3426)
カテゴリ:食道癌日記
父が息を引き取りました。
最期は静かに、眠るように息を引き取ったそうです。

最後の1週間、義母に子供を任せて毎日見舞いに行きました。

9月4日月曜日、新聞・雑誌を差し入れに持っていきました。
「他にも欲しいものはない?」と優しく問いかけたら
「もう何もいらねえ!」と、怒ったように言われました。
相手は先の短い病人だというのに、「ムカッ」ときました。
父親なりの遠慮だったんだと思います。

9月5日、お見舞いに言ってみると寝ていました。
深夜2時ごろから激しい痛みに襲われて痛み止めの点滴を足して朝方ようやく寝付けたということで、1時間ほど待ってみましたが結局目が覚めず、起こすのもかわいそうなのでこの日は帰りました。

9月6日水曜日は幼稚園が午前保育だったので、午後娘を連れて行きました。
丁度起きていて意識もありましたが、ほとんどしゃべりませんでした。
それでも帰りにはバイバイをしてくれました。

9月7日は赤ん坊を連れて行きました。
かなり意識がはっきりしていて、息子の顔を見たら非常におだやかな表情になり、手を伸ばして手を握ってくれたりしました。
「ずいぶん髪の毛が増えたな」と、はっきりとしゃべっていました。
息子もバイバイの時声をたてて笑ってくれました。
この日の様子ではまだまだ大丈夫かな?と思えました。

翌9月8日、午前中に病院に行くと主治医の先生から呼ばれて少し話をしました。
「もう輸血を止めてもいいでしょうか?」
かなりの出血が続いており、輸血してもスルーしていくだけで処置する意味がもう無い状態になったということでしょう。
「はい、分かりました。結構です。」と私が答えると、
「多分、今日明日だと思います。」とのことでした。
先生からの話の後、父の所へ戻り色々話しかけました。

「お父さん、もうすぐ退院できるって。
今までがんばってきてくれてどうもありがとう。
あともう少しだからね・・・」

目は開いていましたが、話しかけても返事はありませんでした。
だんだんと意識がはっきりしている時間が少なくなっているということでした。

9月8日の夜は呼び出されることなく、9月9日の朝を迎えました。
昼前から姉と一緒に病院に行き、病室がせまいのでずっとそばにいることはできなかったので、様子を見に来てはまた外で時間をつぶし・・・を繰り返していました。
昨日から今日にかけては脈拍や血圧が下がっているというような変化は見られないという話だったので、病院を後にし姉は帰宅し私は弟と落ち合ってお茶をして時間をつぶし、再度6時ごろ病室に行きました。
その時は目を開けていて意識がしっかりしている状態のようでした。
弟と私が父の手を取りながら話しかけると、父も一生懸命手や口を動かし何かを伝えようとしてきているように感じました。
時折、言葉にならない言葉を話してくれましたが、残念ながら聞き取ってあげることは出来ませんでした。
握った父の手は血の気が無く真っ白で冷たくなってきていました。
「また明日くるからね」
と言って帰宅し、夜の呼び出しに備えて早めに床に就いたのですが、なかなか寝付けないでいると夜11時前に病院から電話がきました。

「今容態が急変して、ほとんど呼吸をしていない状態です。まもなく心臓も止まると思います。」

姉と弟に連絡をして、急いで車で駆け付けましたが、残念ながらそのときにはもう息を引き取った後でした。
一応、お医者さんは私の到着を待ってから確認をしてくれました。
「23時31分、ご臨終です」
記録の上ではなくなった時刻はこうなりますが、実際には電話をもらった直後に心拍が止まったようで、結局だれも息を引き取る瞬間に立ち会うことは出来ませんでした。

悲しむ間もなく、遺体は葬儀屋さんが引き取りに来て通夜を行う地元の寺に運ばれ、その後は葬儀の打ち合わせ。
忙しく現実を突きつけられて、ほとんど寝ることも出来ず、まだ父がなくなったという実感が湧いてきません。

父の肉体がこの世に在るのもあと24時間弱となりました。
お父さん、お疲れ様でした。
天国で30年ぶりにお母さんに再会して、いつまでも仲良く暮らしてね。






Last updated  2006.09.10 11:22:32
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2006.09.03
テーマ:癌(3426)
カテゴリ:食道癌日記
8月末から義母が来てくれているので、この1週間は2日とあけずに見舞いに行けました。

2日前に見舞いに行った時には、ちょうどシーツの交換があって、その時は自力でベッドから立って歩いてベッドサイドの椅子まで移動していました。
差し入れで持っていった新聞を読んだりしていて、比較的状態は良かったです。
しかし昨日の夕方、また下血して貧血が進み輸血をする、と病院から連絡がありました。
ただ輸血するだけなら今までも連絡無しで行っていたのですが、その日の状態はかなり悪かったようで、もしかすると・・・ということでしたがなんとか持ち直しました。

今日も午前中に行きましたが、着く少し前にやはり多めに下血してちょうど輸血を始めたところでした。
その時の父は、目も口も開く力が無いようで、呼びかけには辛うじてうなずけるのですが、目を開けて返事をすることもできませんでした。
そんな状態の父が何かをつかもうとするように右手をすーっと上げました。
意識が朦朧としていて何か幻覚でも見ていたのか、力を振り絞ってなんとか私に何かを伝えようとしたのか定かではありませんが、私は思わずその手を握りました。
今までは、この期におよんでも照れくさいというか性に合わないと思って、手を握るなんて絶対しないと思っていたのに、父の手を取ってしまいました。
そんなドラマとかで死ぬ直前の人がするような事をしないで!という気持ちで、上げた手を取ってすぐに胸元に置きました。
その時、弱弱しかったけど父が握り返してきたように感じました。
さすがに涙が出そうになってきましたが、そこで泣いたところを見せてしまってはいけないと思いなんとかこらえて、また明日来るからと伝えて退室しました。

午前中の父の状態を伝えて急遽姉が昼過ぎに見舞いに来るというので、午後もまた病院に行ってみると大分持ち直していて、目を開けて話もできていました。

なんとかまた1日生き長らえることができました。
でももう本当にあと数日というところまで来ているようです。
「昨日行ってあげられなかった」という後悔をしないように、これからは毎日顔を出そうと思います。






Last updated  2006.09.03 22:52:13
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2006.08.26
テーマ:癌(3426)
カテゴリ:食道癌日記
今日見舞いに行ったら病室がナースステーションの近くに移動していました。
先週、トイレに立ったところ転倒してケガをしてしまったし、病状が悪化しているから看護師さんから目が届く場所に移したということです。

今日は気分が良かったということで、起き上がって話をしてくれました。
しかし、何やら言動がおかしい・・・。
会話がかみ合っていないし、突然点滴のチューブをくるくる巻いてみたり、明らかにおかしなことを言うのです。
部屋を移動したこともよく覚えていないようで、いつどのように移されたのか分かっていない様子でした。

面会の後担当の看護師さんにお話を伺うことができましたが、痛みが増してきているようで麻薬の量も増やしているそうです。
麻薬を使うようになると、意識が朦朧としたり幻覚をみたりするらしいということなので、まさにその症状が出てきたのでしょう。

しかしそうかと思うとまた意識がはっきりして“素"に戻り、自分の状態を冷静に話してくれたりしました。
麻薬のせいなのでしょう、朝起きるとボーっとしていて昨日何をしたのか全く分からないことがあるとか、

「俺はもうこんな状態だからいつどうなるか分からないから、そのつもりでいてくれ」

初めて自分の口から死を意識した言葉を発しました。

その通りです。
もう、確実に、快方に向かう可能性は無いです。
でも、
「何言ってるの。これだけ意識がしっかりしてるんだからまだ大丈夫だよ」
と答えてしまいました。
後からこう答えて良かったのだろうかと考えました。
ある意味ごまかしたような回答をするより、余命わずかだと感じている父が残された時間で何をして欲しいかとか聞いたほうが良かったかな・・・、と。

来週からしばらく父のことが片付くまで義母に来てもらうことにしました。
葬儀うんぬんの間、子供の面倒を見てもらうためです。
なので義母が来てからはもっと頻繁に見舞いに行こうと思っています。
残りわずかな時間、私自身が「もっと会いにいっておけばよかった」と後悔しないために、出来るかぎりのことをしたいと思います。






Last updated  2006.08.26 23:41:37
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2006.08.22
テーマ:癌(3426)
カテゴリ:食道癌日記
お盆前の10日に主治医の先生から呼び出しがありました。
話の内容は事実上『最後通告』とも言える内容でした。

「私の経験から」という前提でしたが、向こう2週間がヤマ(要するに余命あと2週間程度では?)という話でした。
幸か不幸か先生の読みははずれて、お盆を過ぎた今もまだ生きています。
しかし、確実に終焉の時が近づいて来ている感じです。

日曜日の午前中に見舞いに行ったときには酸素マスクを付けていました。
看護師さんに話を聞いてみたところ、早朝にチアノーゼが出ていたそうです。
今回が初めてではなく、少し前にも同じようなことがあったそうです。
さらに患部からと思われる出血も続いているため、また輸血をしました。

2週間前までは腸に直接流動状の栄養点滴を流し込んでいましたが、貧血で動けなくなって以降は栄養補給はユニカリックという透明な液体の点滴に戻り、腸の管のところには別のチューブが付けられていて、どうやらそこからは排泄物?と一緒に器官内から出血している血液もどんどん出ているようです。

ここ2週間の大きな変化といえば、大量に汗をかくようになったことです。
14日ごろに39度くらいまで熱を出して、3日ほどで高熱は治まりましたが1週間以上熱があったらしいです。
そのあたりから大量に汗をかいています。
看護師さん曰く、冷や汗みたいな、決して'いい汗’ではないものらしいです。

お話を伺った看護師さんは、一生懸命言葉を選んで説明してくださっているという印象を受けました。
それくらいシビアに話さないといけないほど悪い状態だということなんだろうと思います。

父の葬儀の話も出始めました。
良い話ではないけれど、やはり準備とか心構えとかしておかなくてはいけないので仕方のないことです。。。






Last updated  2006.08.22 17:21:14
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2006.08.07
テーマ:癌(3426)
カテゴリ:食道癌日記
この頃父の具合が目に見えて悪化してきているように感じます。

4日に子供二人を連れて見舞いに行った時、いつものように赤ん坊を抱っこさせていたのですが、10分ほどでおもむろに子供を下ろして体を横にしてしまいました。
ちょうどその時上の子がおしっこしたいというので、赤ん坊を置いてトイレに行った所泣き出してしまったのですが、抱き上げることもできずなにやら苦しそうにしていました。
今までは面会中に苦しそうな様子を見せたことはなかったのに・・・。
もしかしたら辛いのに起き上がっていたこともあったと思います。
でも人が居る間はがんばっていたと思うのですが、とうとうなりふりかまっていられないほどの痛みが襲ってくるようになったのか・・・。

最近は朝・昼・夕に流動状の栄養点滴をしてその後錠剤の痛み止めを服用していますが、その日は夕方4時ごろだったのにまだ昼食後の痛み止めを飲んでいませんでした。
そのせいで苦しくなったのかもしれませんが、もう痛み止めを常用しないといけないくらいに悪いってことですかね。

そして2日前、夜に下血して貧血でうずくまっているところを看護師に保護されました。
翌日の昼すぎには会話が出来るくらいに回復したそうですが、血圧はかなり下がっていて回復してきても横ばい状態のままだそうです。
出血が続けばまた輸血するかもしれません。

一時帰宅でも、と考えていましたが現状ではそれすらも難しくなってきたのかなぁ。。。






Last updated  2006.08.08 00:20:50
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2006.07.26
テーマ:癌(3426)
カテゴリ:食道癌日記
先日、父の担当医と面談がありました。
一度2週間前にある予定でしたが医師の都合で延期になっていました。

父はさらにおなか(腹膜?)にも転移が認められたようで、2週間ほどまえから「おなかが痛い」と言い出しました。
この痛みが強くなってきたり痛みの間隔が短くなり、本人もどうにかしてくれと言うようになったら麻薬を使うことになります、麻薬を使った場合の副作用はこういうものがありますので、承知して置いてくださいという再確認の話でした。
今のところは痛みが強かった翌日に痛みがほとんど無いという日もあるので、近々に薬を使うことはなさそうです。

抗がん剤がはっきりと効いているという感じではないものの、癌の進行は思いのほか遅いそうなので、一応今後も急な病状の変化がない限り月に1度の抗がん剤治療はやっていくということです。
病院での治療の方針も、「がんの根治に向けての治療」ではなく、「がんの進行の遅延・がんによる痛みの緩和」になっています。

3週間ほど前には看護師さんから、流動状の栄養点滴だけで足りるようなら退院できるかも、と言われたこともありましたが、退院は事実上できないようです。
もちろん全く不可能ではないですが、家族の(というか結局自分の)負担とかを考えるとかなり実現が困難そう。

入院した時点でステージ4の進行がんだったので、根治はないだろうと覚悟はしていましたが、病院から出ることすらできなくなるとは・・・。
退院して在宅ケアが難しいなら、せめて1日だけでも一時帰宅とかできないかな、と思っています。
このままでは悪くなっていくだけなので、まだ意識もしっかりしていて歩ける今のうちにしておかないと、本当に一度も病院から出られずに人生が終ってしまうかも・・・
本人が希望するなら早いうちに医師・看護師に相談してみようと思います。

そして面談の最後に出たのは「延命」の話。
「いずれ、本当に手の施しようがなくなった時には、延命措置をするかどうか確認しますのでご家族でよく話し合っておいて下さい」ととのことでした。
私も家族も基本的には「延命」は希望しない方向で意見が一致しています。
もし本当に延命措置が必要な状況になったとすると、それはきっと本人も痛みがかなりひどくて辛い状態になっている時だと思います。
そんな苦痛な状態を引き伸ばすことには何のメリットも感じません。

ただ、息を引き取る瞬間に立ち合わせてもらうための延命措置なら意味はあるかな・・・

自分は父親が息を引き取る瞬間を見届けたいかそうでないか、
見ておくべきか見ないほうがいいのか、
見たとき自分はどう思うのだろうか、

少し考えてみようかと思います。






Last updated  2006.07.26 11:58:09
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2006.07.06
テーマ:癌(3426)
カテゴリ:食道癌日記
先週の月曜日に父は開腹手術をしました。
5センチほど切って小腸にカテーテルを挿入する手術です。
今までは腕や首から点滴をしていたのですが、腕からの点滴では一日に摂取できる栄養が少ないし、首からでは近くのリンパ節に転移して腫れてしまって液漏れするので、腸に直接点滴を入れるようにしました。

手術のあとは普通だと抗生剤とか鎮痛剤とか飲むのでしょうが、腫瘍が食道を完全にふさいでしまっていて薬を飲めないので、術後1週間ずっと傷口が痛んで食事は全く摂れなかったそうです。
一時は外れた栄養点滴も今は24時間休みなくつけています。
さらに下痢もひどいそうで、おなかの傷口はいたいし下痢はひどいしでかなりぐったり気味です。







Last updated  2006.07.06 10:02:34
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2006.06.23
テーマ:癌(3426)
カテゴリ:食道癌日記
昨夕、父の病院から話があると呼び出され弟が行ってきてくれました。
先週末見舞いに行ったときに看護師さんに病状を聞いていて、主治医との面談の時間を作ってくれたんだろうと思っていましたが、それは甘い考えでした。

メインの話は、流動状の食事もあまり食べられていないし、栄養点滴も首からでは液漏れしてしまい、安定的に栄養の摂取が出来ないので、開腹して管を入れて直接腸に栄養を入れる処置をする、という説明でした。
父本人には説明済みで、父ものほうが辛く無いからということで納得したそうです。

そもそもなんで首からだと液漏れするかというと、その辺に転移していているからなんだそうです。最初は無かったのに今では触って分かるようになったと先生はおっしゃっていたそうです。
転移したがん細胞のせいでただでさえ細くなっている血管が圧迫されてしまい、薬液がつまって漏れていたということなのかな。

つまり悪化しているってことです。
見舞いに行ってたまに調子がよさそうに見えていた時は、何かしらの楽になるクスリが入っていた時らしいのです。
先生に言わせれば今の状態で「調子が良い」ということはありえない、と。。。
モルヒネ投与もそろそろ検討するらしいです。

2回目の抗がん剤投与後CTを撮った結果、がんの腫瘍は小さくなっていないそうです。
クスリが効いてないということなので今後クスリを代えることも含め、これからの治療の方針についてまた近いうちに呼び出しがあるかもしれないです。

また明日見舞いに行く予定です。
生まれたばかりの息子を連れて行くのは控えようと思っていたけど、もうあと数ヶ月くらいなのかも知れないと思うと、なるべく連れて行って抱っこさせてあげたいと思います。






Last updated  2006.06.23 12:01:49
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2006.06.20
テーマ:癌(3426)
カテゴリ:食道癌日記
日曜日に父の見舞いに行きました。
今回は大分具合が悪そうにして寝ていました。
話を聞いてみたら、2日前の金曜日に抗がん剤の点滴をしたそうで、どうやらその副作用とまたしても首から挿入したカテーテルから薬液が漏れたそうで、漏れると痛いらしく、ダブルでぐったりしていました。
液がもれてしまって入った薬の量が少なかったみたいで、翌日にまた抗がん剤の点滴をするらしいと言っていました。
輸液がもれたのはこれで3回目。父はかなり不満のようです。
これって挿すのがヘタってことなのかしら???

この日はやっと部屋担当の看護士さんを捕まえて話を聞くことができました。
1回目の化学療法の後、胸部レントゲンは撮ったそうですが、胃カメラで中を見たりはしていないということでした。
あと聞けた話は、見舞いに来ていて本人から話を聞いたりして分かっている範囲のことしかありませんでした。
今朝弟から連絡があって、22日の夕方に話があると病院から呼び出された、と言っていました。
多分先日私が看護士さんに、希望すれば面談の時間をとりますよ、といわれたので向こうで時間を作ってくれたのかもしれません。
さすがに平日の夕方に幼稚園児と2ヶ月の赤ん坊を連れて行けないので、今回は弟にお任せです。

ゆやたまさんのアドバイスのおかげで詳しい話が聞けることになりました。
ありがとうございました!
また何か分からないこととかあったら教えてくださいね。






Last updated  2006.06.20 13:25:46
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2006.06.13
テーマ:癌(3426)
カテゴリ:食道癌日記
先週は2回お見舞いにいけました。
1回目に行った日には栄養点滴も取れていて、流動食でしたが食事も出ていて少し食べられていました。
医者からの勧めでゼリーやヨーグルト以外の食事も摂ってみたらどうかということで食事に切り替わったそうです。
全がゆも出ていましたが、まだ少しでも粒状のものが残っているものはのどを通らないそうで、おかゆは1度しか食べられなかったと言っていました。

2回目に行ったときにはまた腕から点滴をしていました。
やはり食事があまり喉を通らず、飲み物もつまるような感じがすると言ってあまり摂れていないらしく、水分不足にならないように、ということで再度点滴になったそうです。

それでも、ゼリーなども全く食べなかった時にくらべれば、下痢も良くなったし(※食事を摂らず点滴のみだったときは胃酸の出すぎを抑える薬が入っていて、そのために下痢気味だった)ずいぶん顔色は良くなってきたように思います。

それに、先週ついにうまれたばかりの孫を連れていってあげました。
ずっと抱っこしてあやしていました。
チビすけもおりこうで、ぐずったりせずに起きてパッチリお目目が開いているお顔を見せてあげることができました。
嬉しかったようで、後日看護士さんに写真を見せたり話したりしていたみたいです。


もうそろそろ2回目の抗がん剤治療が施される頃合のはず。
副作用で体調が崩れることを考えると、治療が始まるまでにもう少し良い状態になっていてくれればなー、と思います。







Last updated  2006.06.13 10:49:54
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